雪の降る日に ~ショートショート410字~
雪化粧の庭は、取り澄ましたような顔をしていた。
母は、予定が書き込まれた壁掛けのカレンダーを指でなぞり、はたと思い出したらしい美容室に電話を入れた。
「俺が切ろうか?」
柄にもない提案をすると、母は照れ臭そうに微笑んだ。
板の間の窓辺に新聞紙を広げ、雪見席の美容室を即席でこしらえた。遠方の山並みは、どんよりと垂れ込める雲に閉ざされていた。
母を椅子に座らせると、痩せ細った首に大きな風呂敷を巻いた。マント代わりのそれを洗濯バサミで留めた時、母に同じことをしてもらった幼い日の記憶が蘇った。
「あんたは髪を切るのを嫌がってね。苦労したもんだよ」
「俺が暴れるから、床屋で切ってもらえなかったんだよな」
「いやあ、懐かしいね」
あの頃を偲び、ふいに重なり合った思いは、涙を誘った。母の記憶は、日を追うごとに失われてきた。
ばさっと垂り雪の音がして、襟足の辺りから慎重にハサミを入れた。ぱらぱらと乱れ落ちる髪は、溶けてしまいそうなほど白かった。
【あとがき】
本稿は、小牧幸助さんが主宰する「シロクマ文芸部」への参加作品です。唯一のルールは、今週のお題である「雪化粧」という言葉で始まることです。僅か3日の募集期間内に、ルビを除く410字(ショートの語呂合わせ)で仕上げました。