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【小説】【童話】の記事

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小説・童話の記事をまとめました。
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2020年8月の記事一覧

【小説】妻と花束

 身重の妻が、大きな花束を手に帰宅した。退職祝いとして贈られたはずのそれは、白、黄、赤、オレンジ、暖色系の花々である。 「おかえり。七年間お疲れ様」 「ありがとう」  涙ぐんで微笑む顔に、僕も幸せな気持ちになった。マタニティ用のふわりとしたスーツ姿も、ひとまず見納めである。  名残惜しそうに着替えた後、少し落ち着いてから、今日あったことを詳しく話してくれた。入社時の思い出を織り交ぜながら。僕は気の利いたことを言わず、そうか、良かったね、などと、短く相槌を打つばかりだったが、職

【小説】蕺草一家 -DOKUDAMI IKKA-

 蕺草と記す珍しい苗字の家族は、ドクダミという不吉な音韻にそぐわず、母子共々白く可憐で美しい容姿を備えている。二人の子は沙知子と小夜子、双子の姉妹である。彼女たちに父親はいない。誰か分からないと言った方が正しい。一見大人しそうな母親は、大層肝の据わった女である。かつて偽名を用い、紫煙を燻らせながら賭けていた金は、若き女帝と呼ばれるに相応しい額であった。  彼女は美貌と勘、そして奇妙な勝ち運を武器に、裏社会で名の知れた賭博師となり、その道の男たちを手玉に取った。だが、不用意に授

【小説】未来の純文学

 もとより国体とは、国の根本的な在り方や、国の特色を意味する言葉である。だが、大東亜戦争の後、国民体育大会という言葉を捻り出して、その略称をしれっと意味に付け加えた。報道機関を利用してそれを定着させた。結果、言葉の意味はすり替わり、国の在り方を考える国民は劇的に減った。言わずもがな、GHQの指導を受けてのことであり、敗戦国として牙を抜かれた訳である。  とはいえ、負の側面ばかりではない。戦後百三十年経った今も、あれから一度も戦争をしない平和な国である。一時の繁栄からすると、経