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ニッポンの最北端を走る " 旅先で『日常』を走る ~spin-off⑲~(前編) "


北に旅立ちました。失恋とか自殺志願者ではありませんのでご安心を。

2023年9月22日。羽田空港から新千歳空港を経由し、稚内空港に降り立ったのは11時頃だった。空港内にあるレンタカーのカウンターに「予約した者だが」と声を掛けると、しばらくして迎えの車が到着した。空港から車に揺られて3分ほどで営業所に着き、諸々の手続きを済ませると、車のキーを渡された。今日はレンタカーでここからさらに北へ向かうのだ。

ペーパードライバーの私でも、北海道の広くてまっすぐでほとんど人通りのない道なら問題なく運転できるだろう。そう高をくくってドライブを試みたが、レンタカー受付のお姉さんが放った一言が私の行く末に一抹の不安を与えた。
「とにかく鹿に気を付けてください。下手すると死にます。」 淡々と告げられた後、私の注意関心は「鹿に遭遇しませんように…」が脳の8割を占めるようになった。

しかし、いつも通りタイトなスケジュールを組んでしまった手前、ここで逡巡している暇はない。「鹿には遭遇しない、鹿には遭遇しない」と頭の中で繰り返し唱えながら、私はエンジンを掛けシフトレバーをドライブに入れた。さあ、北の大地を堪能する旅の始まりだ!

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40分ほど海沿いを横風にガンガン煽られながらドライブした末、最初の目的地に到着した。

ここは日本最北端の地、宗谷岬だ!

おそらく「最北端」という冠が外れた途端に観光地としての魅力が1/1000くらいになりそうな、何の変哲もない海沿いの港町のように見える。しかし、そんな平凡さがよいのかもしれない。いかにも昭和の観光地然としたギラついた感じはなく、のんびりとした雰囲気に満たされている。
ここが観光地なんだと分かる光景は、平日にも関わらず駐輪スペースにずらりと並んだオートバイの姿くらいだ。そう、ここはバイカーの聖地でもあるのだ。

一方で私はというと、ここ北限の地で走るという数年来の悲願を満たしにはるばるやってきたのだ。さっそく走ろう!  いや、その前に記念撮影を。

ひとり旅を常としていて普段は自撮りなどほぼしないのだが、せっかくの最北端だ。モニュメントと私の顔が両方入るように体をくねらせ首をよじりながら画角を調整していると、「私が撮りましょうか?」と後方から救いの手が差し伸べられた。振り向くとバイカーのおっさん。ありがとう!

無事に撮影が終わり、今度は私がバイカーのおっさんを撮影する。すると「私もいいですか?」とバイカーのおっさんB・C・Dと続々と撮影志願者が現れ、北限の地は一転ミニ撮影会の様相を呈したのであった。

観光要素を満たしたところで、改めて北限のランをしよう。

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モニュメントが建っている広場を抜け、海岸沿いの細い道を進んで行く。人気はない。快適だ。たしかに人の姿はない。しかし、視界の右側にかすかな違和感を感じるのだ。何?

鹿。しかも、すっかりくつろいでいる様子だ。日常に溶け込みすぎである。まあ、ここで体当たりされるような素振りもないので気にせず進んで行こう。北限の海岸沿いを。

しばらく道なりに進んでいくと、「てっぺんドーム」が眼前に現れた。上ってみよう。

視界が高くなった分、遠くまで見渡せるかと期待したが、そんなことはなくはるか対岸の樺太の存在をハッキリと肉眼でとらえることは叶わなかった

近代の樺太(特に南側)は日本になったりロシアになったり歴史に翻弄された。その存在によってここ宗谷岬も日本最北端と称されたり、単に北海道の最北端になったりと慌ただしかっただろう。それでも、そんな周囲の事情は関係ないよとでも言いたげに、宗谷岬は悠然とした空気感を醸し出しているのだ。

ドームの天井を駆け抜けた後、階段を下りて今度は下の部分を走る。

岸の上に、漁船が整然と並んでいる。ちらほらと釣人の姿もある。9月も下旬なのに、日本最北端の気温は20℃以上。2㎞も走っていないのに、すっかり身体が汗ばんでいる。海から運ばれてくる浜風が心地よい。

帰路は海沿いを離れ、街道に沿って進んで行くことにする。

こちらも人気がない。車の往来もあまりなく、寂しい。道路工事が行われていて、ドリルの音だけが響き渡っている。ペンション『斗夢ソーヤ』の看板が気になる。漢字にするなら「宗谷」の方ではないのか?

などと要らぬことに気を取られているうちに、スタート地点に戻ってきた。ここでゴールとしよう。

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時刻は12:30を過ぎたあたり。

土産物屋がある。もしかしたら札幌の時計台を雑にトレースしたような外観だが、そこには触れずにおいて、ちょっと中を覗いてみよう。
内部はごく普通のお土産販売スペースが広がっている。ここで記念の缶バッジや、今日明日の晩酌のお供となる干しホタテなどを調達した。

会計を済ませ顔を上げると、入り口とは正反対の角に別館に抜ける扉があることに気づいた。せっかくなので、行ってみよう。

流氷館! 9月に北海道に来て流氷を見ることができるとは、なんとラッキー。

ガンガンに冷房が効いた室内に流氷が積み上げられ、ペンギンやアシカの剥製が合い間に散りばめられている。

入室して5秒ほどですっかり満足し、流氷館を後にした。

不意に身体が冷えてしまったので、温かいものを食べたい。ランチを摂るのに丁度いい時間だ。『最北端食堂』と書かれた暖簾が下がっているお店に入ることにした。

注文したのはホタテラーメン。たしか1,000円くらいだった。北海道のホタテは中国への輸出がストップして大変だと聞くが、別に応援のために食べたわけではない。それにしても美味い。魚介×ラーメンの安定感を再認識した。

通りすがりにバス待合所にも寄り道を。

NHKで放映された『ドキュメント72時間』では、この中にカメラが取り付けられたのだった。

食後は散歩がてら丘に上った。階段の脇、草むらに生き物の気配を感じる。

また鹿かよ。ムダに貫禄があるな、しかし。観光客が寄ってきても悠然と構えている。

丘の上に到達し、あたりを見回す。周囲には様々なモニュメントがある。この地や宗谷海峡で起こったさまざまな出来事への鎮魂の碑が多いようだ。

海の方に目を向けると、これまた壮観な風景が広がっている。一面の青。

眺めを満喫したところで、駐車場に戻り次の目的地へと移動することにした。運転しなければならないので、昼から瓶ビールを飲めなかったことだけが心残りだ。

レンタカーの営業所でもらったドライブマップに掲載されているスポットの中から、面白そうなところをチョイスしてルートを組みカーナビに登録する。ペーパードライバーで四半期過ごし、はじめてまともに運転したのが真冬の長野の山道だった私にとって、こんなにも平和なドライブは生まれて初めてで感無量である。

まず向かったのは『白い道』。ホタテの貝殻を敷き詰めて作られた、観光客向けの道だ。細い山道をウネウネと上り、たまにカーナビに嘘をつかれてUターンを余儀なくされたりしながら、ようやく白い道にたどり着いた。

白い道をひとことで表現すると「悪路」。乗り心地は最悪だった。まるで貝殻が敷き詰められた道を走っているかのような。そら、そうなるわな。しかしまっすぐな道の先に海が見える、視覚的には最高のロケーションであった。

山道を下り国道を小一時間ほぼ道なりに進んだ先が、次の目的地になる。

ここは、『サロベツ湿原センター』。

1万年ほど前、サロベツ周辺は海とつながる大きな湖でした。 そこに生えた植物が枯れて、分解されないまま泥炭となって積み重なり、 6千年以上の年月をかけてできたのが今の湿原です。(中略)世界的にも重要な湿地(ラムサール条約湿地)として認められています。

「サロベツ湿原センター」HPより

北海道の南側にある釧路湿原に一度訪れてみたいと、私は高校時代からずっと熱望している。その願いは来年あたり叶えるとして、せっかく旅先に湿原があるのなら見学しない手はない、さっそく散策しよう。ちなみに入場無料だった。

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車内に積んでおいたノルディックポールを取り出して両手にセットする。四足歩行で湿原を進んで行こう。

泥炭を掬う船がいきなり目につく。かつて泥炭は燃料として重宝されていたとのことだ。

16時近いこともあってか、他に散策している人の姿は見られない。白木で整備された遊歩道はまっすぐ伸び、湿原の青々とした姿とのコントラストが際立っている。

「ここも白い道だ」。積雪のない季節にも大地に白の差し色を入れる美的感覚は、北海道に暮らす人々に培われたセンスの賜物なのであろうか。

視線を横にずらすと、湿原が一面に広がっている。こちらも壮観だ。

日もだいぶ陰ってきたので、そろそろ戻ろう。

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館内の展示が充実しているので、思わず見入ってしまった。樺太回りのシルクロードとか、存在をはじめて知った。

想像以上にサロベツ湿原を堪能し、稚内に戻る。小一時間ドライブしたところで、レンタカーを返却する営業所がある稚内駅前にたどり着いた。

返却を済ませ、すぐ近くにある本日の宿にチェックインすると、部屋に荷物を下ろしてすぐに宿を出た。これから、稚内の街を走るのだ。

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駅前広場を抜けて海岸に至ると、右手には『稚内港北防波堤ドーム』がある。

かつてこの先の埠頭から樺太行きの船が発着しており、雨風や雪から利用者を守るために設置されたものだ。稚内の観光名所として広く知られる建造物である。しかし、今日の目的地とは正反対に位置しているので、写真撮影だけにして足を運ぶのはやめにした。

突き当りを左に折れ、海岸沿いを進んでいく。

夕暮れどきで帰宅を急ぐ車の姿は目立つが、通行人はほとんどいない。土手に家族連れとおぼしき鹿の群れがいた。そういえば駅前広場にもいたな。すでに私にとって風景化されてしまい、今さら鹿の姿を撮影する気にもならなくなっていた。

気づくと、気温はまだそんなに下がってはいないが浜風が強い。身体がかなり冷えてきた。先の角を曲がり、内陸側の街道に入る。

あたりは徐々に暗くなっていく。「まずいな」 じつは急がなければならない理由が、私にはあるのだ。目的地はノシャップ岬。有名な『納沙布(ノサップ)岬』と名称は酷似しているが別の岬で、そこから眺める夕陽の美しさに定評があるのだ。

ペースを上げて進み、日没時刻の3分前に岬に到着した。

「夕陽はどこ?」

周囲を見渡すと右斜め前に岬の突端部があり、そこにモニュメントが設置されている。これ絶対にあそこがビューポイントだよ。

残された体力を振り絞って、モニュメントを目指す。そして、ついに到着!

雲に遮られてくっきりとした夕陽を眺めることはできなかったが、まさに海が太陽に溶けていく日没の刹那を瞳に焼き付けることができた。

目的を果たしたところで、寒さもより一層厳しくなってきた。宿に戻ろう。 帰り道は街道沿いをずっと進んでいくことにした。なにしろ海沿いは風が冷たすぎる。

車の往来が一層激しくなってきた。気を付けて進もう。

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稚内駅に戻った時には、あたりはすっかり夜の闇に包まれていた。

ディナーはどこか近場の居酒屋にでも入って摂ろうかと考えていたが、視界にあの北海道を代表するコンビニ『セイコーマート』が入ってきた。

「ここで買って部屋で食べるか」
方針を変え、部屋食のメニューを調達することにした。

酒やツマミにお惣菜、そして北海道限定の大人気商品『焼きそば弁当』を購入して、部屋で晩餐兼晩酌を繰り広げた。

今日の宿はドーミーインなので、食後には付属している大浴場でゆっくりと旅の疲れを癒やし、風呂上がりには夜鳴きそばをいただいた。

満腹。

一夜明け、朝6時過ぎにはドーミーインをチェックアウトした。稚内駅を6:36に発車する特急『サロベツ2号』に乗って、次の目的地に移動するのだ。

定刻通りに特急は動き出し、南へと伸びる線路に沿って進んでいく。

車窓には利尻富士が鎮座している。

今回は時間の都合で寄ることができなかったが、利尻島や礼文島にも次回はぜひ足を伸ばしたい。

ところで、言い忘れていたことがひとつある。 じつはこの旅の本来の目的地は、この特急の終着駅にあるのだった。

(続く)

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