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小布施で『おもてなし』を走る " 旅先で『日常』を走る ~spin-off⑪~ "

蒲 公英


Tくらさん「熱!あつっ!!熱い!!!」
私 「ちょっと無理…… 水で埋めよう」
I川さん 「いや、もうちょっと頑張ってみる!」

30年ほど前に日曜日昼下がりのブラウン管の向こうで流れていた『熱湯風呂』のごとく、今ここで三人のおっさんたちが温泉を前にしてはしゃいでいる。

ここは長野県野沢温泉。

” 野沢温泉は雪国北信濃にこんこんと湧く、信州を代表する歴史ある古湯です。8世紀前半に僧の行基によって発見されたと伝わり、江戸時代には湯治場として発展しました。”

信州の山間部に位置しており人が住むには不便極まりないと思われるのだが、どうやら縄文時代から人々が定住していたらしい。そんな野沢温泉には、外湯が13か所ある

これらの外湯は「湯仲間」という制度によって地元の人たちによって管理されており、無料で利用することができる。

2022年7月18日、我々三人は朝早くからこの外湯を巡っているのだ。

源泉かけ流しの温泉はそれぞれの外湯ごとに温度こそ違うが、どこも熱々の湯がコンコンと流れている。

50℃近いお湯が貯められている浴槽に入り続けているうちに徐々におかしなテンションになっていった我々は前日のイベントを乗り切った充実感も相まって、庵治のダチョウ倶楽部のようなリアクションを取る楽しみを見出していた。

ところで、我々が長野県にやって来たのは『小布施見にマラソン』に参加しハーフマラソンを走るためである。


2022年7月16日、土曜日。I川さんと私を乗せた高速バスは、12時半すぎに長野駅前に到着した。

『小布施見にマラソン』のエントリーを済ませるために、我々は前日入りした。私が所属するランニング部の有志3名で参加するのだ。

長野駅で我々ふたりを出迎えてくれたのは、Tくらさん。東京と長野で二拠点生活をしている50代半ばの、人生の先輩だ。ちなみに私は49歳、I川さんはたしか今年で46歳になる。
今回の旅程はすべてTくらさんプロデュースとなる。私がリクエストしたのは「蕎麦をひたすら食べたい」という一点のみだ。この先はおっさん三人組による珍道中が繰り広げられるのだ。乞うご期待!

まずは腹ごしらえを済ませ、次に我々が向かったのは小布施町。レースのエントリーを前日に済ませないとならないのだ。Tくらさんが運転するベンツに同乗し、会場へ向かった。

小布施町に入ったところで、渋滞に巻き込まれる。Tくらさんの見立てによると、おそらくエントリーに向かう参加者の車列とのことだ。迂回して和菓子屋の竹風堂駐車場に車を停め、会場に向かった。

エントリー受付は地元の小学校が使われていた。敷地に足を踏み入れると、建物の中から「ようこそ小布施へ。マラソンがんばってください!」といった内容の檄が、小学生たちから我々参加者に飛ばされた。
エントリーは待つこともなくスムースに済み、会場内をひと通り散策する。

多くの出店がTシャツやらタオルやら食べ物やら、いろいろなものを販売したり無料配布したりしている。TVの取材クルーも撮影している。この地域にとっては一大イベントのようだ。例年は8,000人ほどの参加者がいるようだが、コロナ禍で2回の中止を経て再開する今回は、5,500人が参加する模様だ。

会場を出た我々は駐車場に戻る道すがら軽く街中を散策し、竹風堂で栗ようかんやどら焼きなどを各々購入した。

小布施を一旦後にして、次に向かうは信州中野。

井賀屋酒造だ。

" 夫婦二人のみで醸す 生産量 極少の蔵 "

井賀屋酒造場ホームページ

Tくらさんイチオシの蔵元だ。ここでは、杜氏兼店主みずからご案内いただいた。

明治初期に建てられた今では珍しいレンガ造りの丸型煙突の説明からはじまり、蔵の中では醸造の特徴について興味深い話を伺った。

この一帯で採れる水は黒曜石の地盤をくぐってきた「超軟水」であること。軟水で日本酒を作ることはとても困難なのだが、それを麹作りや最新機器の導入など様々な策を講じることで乗り越え、他に類を見ない独特のものを作り上げている。

さっそく4種類の銘柄を試飲させてもらった。Tくらさんは運転があるので飲むことができず、残念。

全般的にアルコール度を抑え(といっても加水は一切しない流儀)、フルーティーな香りと酸味が特徴だ。料理とのペアリングに力を入れており、濃厚さや風味が銘柄によって変えてある。
I川さんは親類への贈り物としていくつか購入し、発送手続きを行っている。私は『 EARTH 』を購入し、今日のディナーに備えた。

ほろ酔い気分になったところで、そろそろ宿に向かうことにする。今日の宿はTくらさんの別宅、木島平スキー場にほど近いリゾートマンションだ。震災直後に購入されたとのことだが、その金額を聞いてあまりのリーズナブルさに驚愕した。

部屋は1LDK。バストイレ別。1階に大浴場あり。別宅としては十分すぎるほどのキャパシティだ。我々はさっそく湯に浸かり旅の疲れを取り、Tくらさんの手料理に舌鼓を打った。

先ほど小布施で買ってきた栗おこわも美味だったが、横浜在住のI川さんが買ってきてくれた崎陽軒のシュウマイが最高だった。各々が地元の名産品を持ち寄ってワイワイと食卓を共にするなんて最高じゃないか、と手ぶらでこの宴に参加した私はひとり感動していた。

21時過ぎに宴は解散し、明日のレースに備えて我々は床に就いた。

じつは私、公式のレースに出場するのは今回がはじめてなのだ。けっこう緊張しているが、そこそこ飲酒していることもあり寝付きは良好だった。

一方、私とTくらさんに挟まれて寝ることになったI川さん曰く「いびきがステレオ状態だった」とのこと。


7月17日、日曜日。
レース当日は、朝3時にアラームに起こされた。Tくらさんが用意してくれた朝食を簡単に済ませ、手早く身支度を整えたらすぐに出発だ。

コンビニでゼリー飲料やスポーツドリンクを調達し、Tくらさんのクライアントであるリンゴ園の駐車場にベンツを停めさせてもらった。

そこから10分ほど歩いて、信州中野駅から臨時電車に乗って小布施駅に向かう。駅の電光掲示板では「団体」と表記されていたこの電車、レースの主催者がランナーのために用意してくれた臨時便で、誰でも無料で乗車できるのだ。

ランナーだけではなく、おそろいの青いTシャツに身を包んだ運営ボラティアの学生たちも多数乗車している。

慣れない早起きでしばらくボーっとしていたが、ようやく目が覚めてきた。車窓に視線を移してみる。

民家の先に山々がそびえている。頂上付近から見下ろせば雲海が広がっているのではないかと思ってしまうくらい、雲が山の中腹にまとわりついている。景色に見とれているうちに、電車は10分ちょっとで小布施駅に到着した。

朝5時だというのに、駅前はランナーたちで大賑わいだ。

撮影:Tくらさん

ONの道より、OFFの道
” この大会は、速さを競うだけではなく、時には立ち止まり、小布施を見て、楽しみながら走る見に(ミニ)マラソンです。 「土手を行く 野道を駆ける 路地を走る」というコンセプトでコースをめぐりながら、小布施の町の人とランナーのみなさん、 ボランティアのご縁をつなぐ「縁走=えんそう」を楽しみましょう。"

大会コンセプト」より抜粋

スタート地点のあたりまで移動すると、コスプレ姿のランナーたちがチラホラと目に付く。

撮影:Tくらさん

なんと、このレースでは「ベスト・コスチューム賞 (1〜12位を入賞とする)」なる表彰があるほど、コスプレ大歓迎なのだ。ジブリやらディズニーやらその他アニメやゲームのキャラクターを中心に多くのコスプレが展開され、あちこちで写真や動画を撮り合っている。
ふと横を見ると、Tくらさんがナウシカたちに頼まれて写真を撮ってあげていた。

そういえばI川さんの姿が見当たらないが。
Tくらさん曰く「I川さんはお手洗いに行きました」とのこと。しかし、すでに来賓あいさつなどは着々と進み、スタート時刻は目前に迫っている。はたしてI川さんはスタートに間に合うのだろうか?

「『第19回 小布施見にマラソン』スタートします!」「ドンッ」
無情にも、定刻通りスタートの号砲は鳴らされた。どうなる、I川さん。

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6:00ちょうどにレースはスタートしたが、ランナーたちはそれぞれの持ちタイムによってスタート地点を分けられている。我々はE地点からのスタートだ。実際のスタート地点まではやや早歩きくらいのペースで進んで行く。視界にスタート地点を示すゲートが入ったあたりで後方からI川さんが追い付き、なんとか合流できた。

ゲートを超えたらレース本番だ。幅が狭い道にランナーがごった返しているが、スピードを上げていく。身軽になりややすっきりした面持ちのI川さんがペースを上げていったので、私も付いていく。

早朝の低い日射しが逆光になって視界を奪われる。角を曲がると道路わきの植栽が日よけになり、幾分日射しが緩和される。周囲には民家が点在しており、こんなレースでもなければ余所者が入り込むことなどまずないだろう。

こんな早朝なのに、沿道にはここの住人であろう老若男女が立ち(中には椅子を持ち込んで腰掛けている方もいるが)、「がんばれー」「がんばって!」と手を振りながら激励してくれる。彼らにとって我々ランナーは、年に一度現れる見知らぬ客人なのだろうか?それとも遠い親戚くらいの距離感は持っているのだろうか?

などと考えているうちに3km地点、田んぼのあぜ道に踏み入った。

見渡す限りランナーの列がカラフルな一筆書きを描いている。ここでI川さんがスマホを取り出し、「撮りましょう」と私とのツーショットを撮影した。

撮影:I川さん

伝え忘れていたが、I川さんは自撮りが趣味なのだ。緊張感の高まるレース中でも自撮りは怠らない平常心の持ち主である。

あぜ道を抜けると緩やかな上りに差し掛かる。4㎞地点に最初の給水所が用意されていた。青Tシャツのボランティアの子どもや若者たちが大勢待ち構えていて、ランナーたちに水と勇気を分け与えてくれる。
給水所の近くではゴスペルの合唱隊が熱唱し、我々を鼓舞している。Tくらさんは踊りながら、彼らの歌声に聴き入っていた。さすがベテラン勢はやることが違う。

そのまま進んで行くと、今度の給水所では『小布施牛乳』が振舞われていた。ここでI川さんと言葉を交わしたのを最後に、各自別行動になった。
長い坂道を上り終えると、こんどは下りが続く。下りが得意な私はここで一気にスピードを上げ、先行のランナーをごぼう抜きにした。向かい風も心地よく、爽快な気分だ。

下りきった後は街道を緩やかに上って行く。道幅がだいぶ広くなったので、他のランナーを気にせずに進めるようになった。
その先の給水所では、ゆずシャーベット的なアイスが配給されていた。

火照った身体には、このシャリシャリ感と清涼感がたまらないご褒美だ。

この先はしばらく川沿いを進んで行くことになる。ここまでくるとランナーもだいぶバラけてきて、それぞれが思い思いのペースをキープして走るようになってきている。

私もこのレース自体に慣れてきて、前方を走るランナーが背中に付けているサブゼッケンに書かれている内容を読む余裕すら生まれてきた。このゼッケンには各自の在住地(都道府県。長野県民は市町村名)が印字されており、余白にはアピールやメッセージが書き込めるようになっている。

「〇〇ランニングクラブで参加」とか「今回で〇回目の参加」といった情報が主に書かれているが、中には「元ミス〇〇です」とか「この後槍ヶ岳に登ります」といった、知ってしまったからにはその先が気になるような情報も稀にまぎれている。

川沿いから緑道に入り、その先はまたのどかな住宅街に入った。沿道ではバンド演奏が行われている。
玄照寺の前に給水所がある。ぼちぼち10㎞地点だ。ここで野沢菜をいただいたのだが、たしかに塩分が必要になる頃合いだ。この先では塩分補給タブレットなども登場しはじめた。また、用意されている水分もスポーツドリンクが中心になってきた。

10㎞を越えたあたりでかなり気温も上昇してきた。まだ7時過ぎのはずだが…… ここで沿道から思わぬ援軍が登場した。
「シャワー!」
まるで庭に水を撒くがごとく、ホースの先のノズルから勢いよくランナーたちに降り注ぐ冷水。そして油断した頃に突如現れるオカリナの合奏隊などに励まされ、残り半分の道のりを進んで行く。

給水所では中に氷が敷き詰められたパックが配られるようになった。これを参加賞でもらったネッククーラーで挟んで首の後ろに当てておけば、体内を適切に冷やすことができるのだ。このやり方はあらかじめTくらさんから聞いていたので、スムースに行えた。

12㎞くらいの地点で、途中の給水所で受け取っておいたゼリー飲料を飲み、氷も何回か取り換えて、ここまではなんとか快調に進むことができた。そして「残り5㎞」の旗が目に入った。

ここからはしばらく土手を走行することになる。

ここで私の右膝に痛みが走った。どうやらどこかの下り道で着地に乱れが生じて筋を痛めたようだ。痛みは気になるが、強く踏み込まなければ走り続けることはできる。我慢して進もう。

給水所が現れる間隔もどんどん短くなっている。まるで「最後の力を振り絞れ」と励まされているようだ。しかし一旦立ち止まると右膝の痛みがぶり返してしまうので、立ち止まることなく水分を受け取るように気を遣いながら進んで行く。

そんな中、現れたのがこの給水所だ。

ここでは抹茶が振舞われる。一杯づつ丁寧にお茶をたてられるため、目の前で1分くらい待たなければならない。膝が気になってしかたないが、ここは一期一会の精神を大事にし、じっと時を待つ。けっこうなお点前でした。

思わぬタイムロスに見舞われてしまった。右足を引きづるように走り出し先を急いだ。土手を抜け切る手前では、棒アイスが配られている。『ガリガリ君』とか様々な銘柄が用意されているそうだが、こちらには選んでいる余裕がない。適当に手を伸ばすと『ぷにぷにバー』と書かれてあった。

さっそく噛り付く。口内にネッチョリと絡みつく食感。水分が欲しくなった。どうやらハズレを引いてしまったようだ。

悲しんでいる暇はない。土手を下り、橋桁の下を抜ける。
そこでは、ドラマーの爺さんがひとりで演奏していた。私と目が合うと演奏を一瞬止め、満面の笑みを見せた。よし、気分を切り替えていこう。残り1kmだ。

ゴール地点がある小布施総合公園に入った。木々に囲まれた道を進んで行く。「ペースを上げていこう」そう思った時、視界前方に人が倒れているのが見えた。何人かの救護班の人たちが介抱している。
一瞬このまま通り過ぎようかとも考えたのだが、私は上級救命講習を修了しており心臓マッサージやAED操作の心得がある。もし人手が必要ならば手伝わなければ。そう思って人の輪に近づいていった。

「立ち上がれますか?」「せーの、よいしょ!」
どうやら倒れたランナーに意識はあるようで、自力で立ち上がれるかどうかという状態らしい。私は安心して、コースに戻った。

先の方から会場アナウンスの音声が徐々に大きく聞こえてくる。この先を左に曲がればついにゴールだ。

スタート地点を通ってから2時間10分ほどで、無事にゴールした。

芝生に寝転んでしばらく息を整えつつ、達成感を噛みしめる。心地よい風が身体を撫でていく。気持ちがいい。

「そういえば、TくらさんとI川さんはどうなっただろう」身体を起こしてスマホに視線を落とす。「私もゴールしました。手荷物を受け取りに行きます」とI川さんからメッセージが入っていた。私もそちらに向かおう。

痛めた右ひざを庇いながら歩く道すがら、「次回はもう少しゆっくりと走ろう。もっと回りの景色や応援の人たちに意識を向けて、声を掛けられたらちゃんと返したりして。」などと考えていた。私もすっかり小布施町の関係人口に加わってしまったようだ。

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レース後の疲れきった身体を癒し汗を流すために、我々はひとまず温泉に向かった。行き先は馬曲温泉だ。

Tくらさんはどうやら常連のようで、ポイントカードを颯爽と受付に差出している。
内風呂もあるようだが、Tくらさんの案内で露天風呂に直行する。周辺の山々を一望できる見事な眺めだった。

風呂上りはおでんをアテに軽く一杯。

ランチを摂った後、Tくらさんの導きで稲泉寺まで大賀蓮の鑑賞に。

” 大賀蓮は、1951(昭和26)年に大賀一郎博士によって2000年前の泥炭層から発見されました。稲泉寺の大賀蓮は、松本市島内土地改良区と新潟県上越市高田公園の観達園から株分けされたものです。"

蓮の花なんて、生まれて初めて見た。キレイな花。

いつもの旅はすべて自分で段取りを組んで出発するのだが、今回のように他者のセッティングに身をまかせて旅するのもまた違った楽しみがある。AIによって用意されるレコメンドなんかとは違った、信頼できる友人のセレクトによって自分の視野を広げることは、他では得難い貴重な体験になるのだ。


ということで、野沢温泉に戻る。

前日に完走し肩の荷が降りた我々は野沢温泉で外湯巡りをしているのだ。朝っぱらから中学生のようなテンションではしゃぎ過ぎた我々おっさん三人組は、朝10時の時点ですでにバテ気味である。
休憩がてら足湯に浸かることにした。手には近くの売店で購入した温泉玉子を持って。

撮影:I川さん

しかしこの玉子、茹でた後に冷水で締めていないと思われ、どうにも皮が剥きづらい。
そういえば、この玉子を購入した店で奇妙な出来事があった。

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1個60円の温泉玉子を3個購入した。計180円。私は財布から100円玉2枚を取り出して支払った。10円玉2枚のお釣りをもらう。店員のおばちゃんの口からは「20万円のお返しです」と発せられた。最初は聞き間違いかと思った。しかし他の客にも同じようにお釣りを渡しているのだ。しかも真顔で。

「まあ、これはおそらくおばちゃんなりのコミュニケーションスタイルなのだろう。」私はそう結論付け、店頭に陳列されている野沢菜油炒めを手に取り、別のレジに並んだ。若い男性店員が会計をしてくれた。
「720万円のお返しです」
えっ? これもしかしてこの店のマニュアルなの?? しかも、また真顔ですか??? まさか野沢温泉まで来て、局地的なインフレジョークを浴びまくることになるとは思いもよらなかったのだ。

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閑話休題。

我々が足湯に浸かっている周囲に目をやると、昨日同じレースを走ったと思しき人々が目に付く。家族連れやグループでの参加が多いようだ。
マラソン大会を開催することによって集客し関係人口を増やしていくという取り組みは全国各地で見られるが、小布施見にマラソンは最も成功している中のひとつに数えられるであろう。

では、この後温泉まんじゅうを買い食いしたら何か所か外湯を巡って、
昼すぎの新幹線で飯山駅からI川さんと一緒に帰京するとしよう。

充実した3日間の長野旅だった。

もぎたての桃を食べたりトウモロコシ園に行ったりという案もTくらさんは考えてくれていたが、収穫時期の問題によって今回は叶わなかった。しかし、そんなことはどうでも良いのだ。
Tくらさんがここにいる限りは、私はこの地との縁が切れるわけではない。また来年にでも出直して、そこに行けばいいのだから。



【 追記 】

「蕎麦を食べた描写がないではないか」とお嘆きの諸兄。ここからまとめてレポートするので、ご安心を。

よこ亭(7/16 来訪)

初日に長野駅から直行した、飯綱町のお店。木下恵介監督の映画「野菊の如き君なりき」のロケ地だったらしい。

自家栽培したそば「信濃1号」を使っていることが売りだ。

蕎麦の歯ごたえは良く、鼻から香りが抜けていく。天ぷらも衣が薄くジューシーだ。ズッキーニを天ぷらにするとこんなに美味だとは知らなかった。


手打そば樽滝(7/17来訪)

木島平のあたりでは、「雄山火口(おやまぼくち)」というヤマゴボウをつなぎにつかった蕎麦が名物だ。

日曜日の昼飯時だけあって店内は混雑しており、入口に用意されていた台帳に名前を書き、しばし外で待つ。しばらくして店内に案内されるとお婆ちゃんスタッフがひとりでホールを回していて、「がんばれ!」と心中で応援しながらの食事になった。

二八蕎麦だが、蕎麦の風味と歯ごたえは満点。天ぷらも揚げたてで美味しかった。長野は新鮮な野菜がすぐそこで入手できるので、天ぷらそばといえば野菜天が主流とのこと。
個人的には、こちらの蕎麦が今回のMVPだ!

かじか亭(7/18来訪)

廃校となった元小学校の敷地内にあるお店。

ここでは、笹寿司とのセットを注文した。こちらの蕎麦も雄山火口を使用している。

そして、この店の売りはこれ。『天ぷらバー』。

一人300円で天ぷらが食べ放題になるという、素晴らしいシステムだ。

もっとも食欲減退気味のおっさんたちは、一回だけ軽めにお代わりをしただけで済んだのだが 笑。


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蒲 公英

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蒲 公英
PLANETS School 1期生 / 旅して走って書くひと / フリーエージェント飲食業(SV業務全般・出店サポート・スポットコンサル など) / https://twpf.jp/tanpopo1973