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あの扉の向こう

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再び風の中(エピローグ)

再び風の中(エピローグ)

もう一度この場所に来た。

風はいつでも吹いていて、木々は揺れ、草原もさわさわと揺れている。

頬に感じる優しい風は少しだけ甘い草の香りを含んでいて爽やかで心を優しくさせてくれる。

ここに来るのはいつぶりだろう?

もう随分長い間ここにいる。

今度ここで暮らす誰かと入れ替わるまでここは僕だけの世界だ。

風がここに来いっていうから今日はここにやって来た。

だからここで誰かが来るのを待っている

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鏡の向こう側のあなた

鏡の向こう側のあなた

鏡の向こうにあの人を見つけたのがいつだったのかもうわからなくなっている。

毎日会っているはずなのに心が通っているのかいないのかわからないあの人。

鏡の中のあの人は私が出会った頃のままのあの人なのだった。

今はもう会うことのないずっとずっと前のあの人。

私の主人。

でももう今はいない人。

いるけれどいない人。

消えてしまった人。

優しくて繊細でちょっと頼りなかったあの人が年月とともに

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つる草のように

つる草のように

ここにいて毎日詩を編むようになったのはもう随分前のことのようにも思うし、つい数日前のような気もしてしまうのだ。

この場所には毎日ほとんど変化というものがない。

そして穏やかに静かにただ時間が過ぎてゆく。

毎日毎日詩を編んでいる。
毎日毎日変わらずに。

こんな暮らしがあるなんて知らずにずっと生きていた。

こうしてここにいることは僕の望んでいたことなのだ。
たぶん、きっと。

風が吹き抜けて

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あの扉の向こう

あの扉の向こう

薄い靄の中を歩いていく。

薔薇の茂みに挟まれた道をゆっくりとした足取りでどこまでもどこまでも。

甘い香り甘い靄、湿りけを帯びた空気はやさしい香りを含んでいて僕をそうっと包んでくれる。

しっとりとした空気は僕の乾いた心を湿らせて深い息ができるようにしてくれて呼吸するたびに体は生きる力を取り戻していく。

それは心地のよいもので僕はこの夢を見ることが本当に嬉しくて
しあわせな気持ちになれるんだ。

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風の中(プロローグ)

風の中(プロローグ)

「迎えに来たよ!」
「え?」

僕は初めて出会ったその子に手を引かれていきなり走り出すことになってしまった。

ほんとにいきなりでいきなりすぎてどうしようもなくて一緒に走るしかなかった。

ビュンビュンと風が吹く河川敷の横の道を僕はその子にぎゅっと手を握られてすごい速さで走ることになってしまった。

「ねぇちょっと待ってよ!」
はぁはぁと息を吐きながら僕はその子に向かって言った。

その子はそんな

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