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異質の共存、並存?

どうやったらいいか・・・ずいぶん長い間答えが出なかった

それと平行して、ず~と、英語に主語がある件が気になってた

英語を直訳すると、いつも説明口調になり、ぎこちない。

ロボットかと。

しかしながら、今朝気がついた。

「一人ひとりが異なる世界観のなかにいる」事が

前提とされる西洋社会と

「みんなが阿吽の呼吸というか、予定調和の世界観」

の中にいなければ排除される世間。

いわば、大きな擬似家族。

「私は○○です。」

「私は○○したい。」あるいは「したくない。」

だと、自分はどう思うか?の発話者主体のステートメント

だから、主体がどう思うかを述べてるだけだ。

思ってる人と、事が一致している。

相手に「どうしろ、こうしろ!」と言ってない。

しかし、「○○すべき」、「○○してはいけません」

などという場合。

実物の主体は無視されている。

私がそう思うから、あなたはそうしなさい。

他者がない。

あるいは持ち物か何かと勘違いしている。

発話者の頭の中のイメージの中に

実物の対象者を引きずりこもうと命令するが

相手は生ものの人間だから普通は抵抗する

お互いモヤモヤとする・・・。

思う主体と、行為者が一致していたら問題ないが

私がそう思うから、私がそうするのと、

私がそう思うから、あなたがそうしなさい、じゃ

違うだろ全然。

入るわけないわな、頭の中のイメージと実物は別物だから。

結果、上下関係で無理やり引きずり込む

表面上、下が上にあわせるワナ。

その関係に長いこといると自分を吸い取られる。

実物吸い取られて、他人のイメージの中の自分を

演じることになる。

期待(依存)にこたえようと。

主体として、実物として「期待に答えたい」

なら、それが実物で願ったりかなったり

しかし、相手(親、配偶者、会社)の期待を充足する以外

生きる方法がない子供やそういった社会的環境に

いる人は、選択肢無い。

かくして、子供への期待(依存)が大きい

親子関係に生存している子供は、自我育つ前に

吸い取られてる。

そういう親に寄りかかられた子供は

必死で親の期待に答えようとするが

どこかでクラッシュ。

親の夢や目標が叶えられなく無くなったり

した時点で、糸の切れた凧のごとく

どっかへ浮遊することになる。

あと、相手への非難もこうやったらましかも・・・

「なんて非常識な人!」というような

個人の人格非難じゃなくて

発話者が相手の「行為」に対してどう思うか

のステートメントにすると

例えば、「私は、あなたのあの行為に対して、釈然としません」

人格非難じゃない。

単に行為が私は気に入らないだけ。

相手にどうしろ、こうしろ言ってない。

異質の並存。

西洋社会と日本の「世間」のありかたから若干気がついた。

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