理想の学校なんてない。子どもを真ん中にして、「つくる」プロセスを味わい続ける
軽井沢駅から15分ほど車を走らせると見えてくるのは、2.2万坪の広大な敷地に建てられた軽井沢風越学園(以下、風越学園)の校舎。2020年4月に、3歳から15歳までの子どもたちが過ごす私立の幼小中混在校として開校しました。
校長を務めるのは、22年間教員として公立小学校に勤め、教員養成にも携わってきた岩瀬直樹さん。開校から5年目を迎える今、スタッフや子どもたちとともに風越学園をつくり続ける岩瀬さんに、学校運営で大切にしていることやこれまでの変化について聞きました。
「本物」に触れる。伴走者としての「大人」がいる。
—— 風越学園の校舎に入ると、目の前にはたくさんの本が並んでいて、広々とした空間が広がっていますよね。校舎の造りには、どのような思いが込められているのでしょうか?
この校舎を設計する前に、学校づくりをスタートした何人かのメンバーで「情景を描くこと」をやったんです。僕らが目指している学校でどんなことが起きるといいかを物語で書いていき、それを持ち寄ってイメージを共有していきました。「朝はこんな風に過ごしている」とか、「ここで子どもたちがこんな風に学んでいる」とか。
その中で、“本物”が近くにあることは、僕らが大事にしていることだというイメージが共有されていきました。すぐ手に取れるところに本を置いたり、ものづくりのスペースを作って材料を置いたりすること、森がすぐ近くにあることなど。その情景を建築家と共有し、どんな学習空間であれば実現するか話し合うところからスタートしたのです。
—— スタッフの方は、どんな風に子どもたちと関わるイメージを持っていましたか?
学びのコントローラーを持っているのは子ども自身なので、スタッフはそこに伴走する大人として関わってほしいと思っていました。イメージしていたのは、映画のエンドロールに流れてくる制作スタッフのような役割です。エンドロールの最初に名前が出てくるのは演者ですよね。風越学園の場合は、子どもの名前が最初に流れてくる。その後に続くのがスタッフなんです。
子どもたちの伴走者でありながら、スタッフ自身もつくり手として関われるかどうかも大切だと思っています。なので、スタッフが試行錯誤できる余白も学校の中にあるといいなと。例えば、仕組みとして、毎週水曜日の午後はスタッフの研修に使える時間になっています。あとは、月1回は子どもは登校せず、スタッフだけで過ごす研修日があります。物理的に私たちが学んだり試行錯誤したりする余白を事前につくっておきました。
スタッフも、自分たちの学びを自分たちでつくる
—— 研修では、どのようなことをするのでしょうか?
風越には「ブランチ」という学校における校務分掌のようなチームがあります。ブランチの種類は、外環境やマイプロジェクト、ホーム、各教科などさまざまです。それぞれのスタッフが自分の担当や関心のあるブランチに所属してアイデアを出し合い、全体に提案していくような動きがあります。それによって、大きな枠組みやカリキュラム自体をつくっていけるんです。
研修に関しては、以前は僕が担当することも多かったのですが、最近はブランチが設計し実施するようになりました。最近ではホームの研修、マイプロジェクトの研修、テーマプロジェクトの研修などが行われています。そうすると、起きることが全然違うんですよね。スタッフ自身が「自分たちの学びを自分たちでつくっていくんだ」という気持ちに段々とシフトしていく。その研修の設計にはスタッフの学びを支える「軽井沢風越ラーニングセンター」がサポートしています。
—— スタッフ自身が、学校のつくり手となる仕組みがあるのですね。学校運営をしていく中で、難しさを感じることはありますか?
風越学園が大切にしたいことよりも、スタッフ個人がやりたいことに寄ってしまうこともあります。ボトムアップで運営していくと、それは当然起こることなんですよね。なので、「子どもが真ん中にいるってどういうことだろう?」「子どもこそがつくり手であるってどういうことだろう?」とスタッフとやり取りを重ねながら、何度も一緒に方向性を確認しています。
うまくいかないこともあるけれど、そんな風に揺れ幅がある中でつくっていくプロセスこそが大事なんじゃないかなとも思っているんです。答えは誰かが持っているのではなく、やってみなくちゃわからない。一人ひとりが「自分ごと」として実験しながらつくり続けるプロセスがあれば、仮に僕がいなくなったとしても、ずっと続いていく学校づくりのプロセスになりますよね。
「ゴリさんも、一緒につくりましょうよ」
—— 開校からの4年間を振り返ってみて、思い描いていた学校に近づいていると感じますか?
以前は、僕の中にどこか“理想の学校像”があって、どうしたらそこに近づけるかをずっと考えていました。けれど、あるとき「理想のかたちなんてどこにもない」と気づいたんです。学校をつくっていくことは、子どもや保護者、スタッフなどそこに関わる人が一緒になってよりよいかたちを探究し続けるプロセスなんだと。理想状態はどこにもない。社会と同じです。それに気づいたら、随分と楽になりました。
「つくるってどういうことだろう?」と考え続けて、アイデアが出てきたらまずやってみる。そしたら、次が見えてくるかもしれない。時には「これでよかったんだっけ?」と立ち止まることもあります。そういうことを繰り返していますね。「つくり続けよう」という意思のある人が集まっていることが、よりよい学校の状態なんだと思います。
これはスタッフから聞いたことなのですが、この前、社会科の授業で9年生(中学3年生)が「よいコミュニティってなんだろう?」というテーマで話していたことがあったそうです。そしたら、ある子が「このコミュニティを良くしたいという意思がある人が集まっていたら、それは既に良いコミュニティなんじゃないか」と言っていたそうです。いや、本当にそうだなと。僕はその子の言葉に大きく影響を受けて、視界が広がりました。
—— 岩瀬さんの運営スタイルは、どのように変化していったのでしょう?
最初の数年間は、どちらかというとマイクロマネジメント寄りになっていたなと思います。たくさん失敗して、血だらけになってきましたよ(笑)
僕が勝手に思い描いてる理想の学校に対して足りてないところへのフィードバックになりがちで。スタッフとのコミュニケーションもうまくいかなくなっていました。今考えるとそりゃそうだなと思うんですけどね。開校したてでしたし、「早くかたちにしないといけない」という焦りもあったんだと思います。
最初の2年ぐらいはスタッフに「ゴリさん(岩瀬さんの愛称)も一緒につくりましょうよ」とよく言われました。当時は一緒につくっているつもりだったのですが、そう見えていなかったんでしょうね(苦笑)
2023年くらいから、例えば現場に立って、子どもたちとファシリテーションのお稽古をしたり、学校づくりで子どもたちやスタッフと一緒に手を動かしたり、スタッフの学びの場を一緒につくったりする中で、「一緒につくるってこういうことか」とようやく実感できるようになりました。
僕自身が勝手に校長という立場にとらわれて、勝手に自分を縛って動きが鈍くなっていたんですよね。自分で自分をどんどん小さくしていたというか。スタッフからの言葉をきっかけに、岩瀬らしい校長像を模索してけばいいんだと思うようになりました。「自分を生かしてここにいる」というのがどういうことなのかが、少しずつわかってきたような気がしています。
異年齢で過ごすことで生まれた、想像を超える学び
—— 子どもたちは、風越学園でどんなことを学んでいるのでしょうか?
風越学園では異年齢で過ごすことを大切にしているのですが、最近は改めて、その意味と価値を感じています。自分と違う立場や考え、価値観の人と徹底的に一緒にいる経験を重ねる以上に、多様性を学べる方法ってないんですよね。
中学生にとっては、幼稚園児や低学年の児童は自分たちとは全く違う人なんです。毎朝異年齢で集うホームの時間は、全然来ない子もいますし、寝っ転がっている子もいます。そんな状況の中で、僕たちはどうしても高学年の子が低学年の子のケアをするようなやり取りが生まれるだろうと思いがちなのですが、中学生に聞くと、もっと違う感覚を得ているようです。
以前、風越学園に見学に来た方が、9年生に対して「小さい子と一緒にいることは、あなたにとってどんな意味があるの?」と質問していました。それに対して、「9年生だけしかいないと、その場のノリでコミュニケーションを取ることがあります。それは悪いことではないし、9年生だけでも楽しい。けど、幼稚園児や1年生は、めちゃくちゃ自分を生きてるんですよね。あんな風に生きれないなと思うし、すごく刺激を受けます」と答えていました。
それを聞いて、異年齢で過ごすことは、自分とは違う存在と一緒にいることから他者への感度を高めていく経験なんだと気づきました。一方的にケアする関係ではない。お互いが影響し合っているんですよね。開校当初はそこまでは考えきれていなかったなと思います。
幸せな子ども時代を過ごせる学校が、全国に増えるといい
—— 風越学園では、外部の先生に向けた研修プログラムも実施していますよね。どのような思いからスタートしたのでしょうか?
風越学園の存在意義の一つは、「公立学校が変わっていくための触媒であり続けること」なんです。その思いは、開校当初からずっと変わっていません。
そのためにスタートしたのが、2022年5月に開所した「軽井沢風越ラーニングセンター」での取り組みです。「子どももおとなもつくり手であること」、「おとなも学び続けること」の実現に向けてスクールベースの強みを生かして、理論と実践を往還ながら学ぶ「民間の教職大学院」のイメージの組織です。
現在は3人の公立学校の教員が「学習者中心の学びのための、スクールベースの教師教育プログラム」に参加しています。1年間かけて学習者中心の学びををどうつくり実践していくのかを一緒に学んでいます。プログラム受講後は教育委員会で研修のデザインや学校の支援を担当したり、それぞれの現場に戻って実践したりするイメージです。
学校をつくってみてわかったのですが、理想的なカリキュラムはいくらでも描けます。結局、大切なのは「人」なんです。教員が学び続け、変わり続けることに手間を惜しまないことこそが、僕たちの専門性ではないかなと。そう思える人が増えていけば、新しいチャレンジを続けようと思えますよね。学校の先生は、潜在的にはもともとそういうマインドを持っている人ばかりだと思っています。
また、風越学園は私立学校なので、どうしても学校内で閉じてしまいがちな部分もあります。公立学校の先生とつながり続けることで、僕らも刺激を受けながら、ともに変わっていく存在としてあり続けたいと思っています。
ラーニングセンターはスタッフの研修や実践ラボのサポートも担当します。実践ラボとは「教師の学びの実験場(ラボ)」です。風越学園をフィールドにして(スクールベースド)、自分の実践実践やチャレンジを学外の皆さんと一緒に学ぶ場です。今年は8回ぐらい予定していて、それぞれ違うスタッフが担当します。学外の先生たちなど実践者のみなさんと一緒に学ぶ場をスタッフそれぞれが開く。素敵な動きだなと嬉しくみています。
大人が学び続け、変わり続けること。これが学校が変わっていく一番の軸だと考えています。そこに貢献したいです。
—— 公立学校を変えていきたいという思いは、以前から持っていたのでしょうか?
そうですね。僕が公立小学校の教員をしていたときのことですが、研究主任になって校内研修をする機会に恵まれて、大人同士の学びが変わっていくと学校が変わっていくんだという実感が得られたんです。先生が変わると授業が変わり、子どもたちが変わっていった。だから、公立学校は絶対に変わっていけると僕は思っています。けれど、いい機会やサポートがないから、先生たちがなかなか一歩を踏み出せないだけではないかなと。
そして、多くの子どもは自分が通う学校を選ぶことはできません。どの学校に行っても、幸せな子ども時代を過ごせる学校が全国に増えていくといいなと。そういう学校をつくっていくことは、僕たち大人の責任だと思っています。
「みんなでつくる」を、問い続ける
—— 最後に、これから取り組んでいきたいことを教えてください。
開校から4年が経ち、決まってきたことが多くなると「つくる余白」が減っていくんですよね。なので、もう一度子どもたちに「みんなでつくること」を返していきたいと思っています。
先日、プロジェクトの発表のときに企画チームの9年生2人がオフィス(職員室)に来て、「スタッフに言いたいことがある」と言うわけです。話を聞いてみると、「みんなでつくると言いながら、そうなっていない。スタッフも自分たちのアウトプットをしてほしい。それがみんなでつくるってことなんじゃないか」と。
今の9年生は5年生のときに風越学園に入っているので、開校当初からこれまでのカオスな状態をたくさん体験してきているんですよね。自分たちも学校をつくってきた自負がある。でも、その自負がある子たちがもうすぐいなくなるわけです。9年生はそうやって違和感を伝えてくれますが、これから入ってくる新しいスタッフや子どもはこの状態が当たり前だと思ってしまう気がしていて。
そのたびに、「みんなでつくるって、どういうことなのか?」「子どもこそがつくり手ってどういうことか?」「僕ら大人はどう在るといいのか?」と問い続け、一緒に汗をかきたいと思っています。