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企業での経験は教員になっても活きる。 IT企業勤務から新渡戸文化小学校の校長補佐を務めるまで。

「学校の先生が、より自分らしい教育をするはどうしたら良いのか?」そんな問いを持ち続けて学校改革に取り組んでいるのが、新渡戸文化学園で小学校統括校長補佐兼教諭を勤める遠藤先生。

教育に興味を持っていたものの、大学卒業後は学校教育に対する違和感から、教員にはならずに民間企業で働くことを選択。その後、認定NPO法人Teach for Japanのフェローとなり、公立小学校の教員として2年間勤務されました。

民間企業や小学校での教員経験が、現在の仕事にどのように活きているのでしょうか?過去の経験や、現在感じられている学校教育への思いをお聞きしました。

IT企業で働きながら教員免許を取ろうとするも、中断

——どのようなきっかけがあって、教育に関心を持つようになったのでしょうか。

大学時代の私は学校教育に親和性がないと思っていて、いわゆる教員養成をする学部は選択しませんでした。文学部哲学科教育専修に在籍し、人間学としての教育を専門に学びました。

たまたまある授業で、教授から「教育を考えることは、人間を考えることであり、人生を考えること」という言葉を聞き、ガーンと雷に打たれたような感じがしました。それから「本格的に教育の道に進みたい」と思うようになったんです。

——大学卒業後は、IT系の企業に就職されたそうですね。そこではどのような経験をされましたか。

当時は就職氷河期で企業へ就職するのは難しく、教員になるにも倍率が高い時代でした。私はそもそも教員免許を持っていなかったので、なんとなくNHKに入社したいなと思っていましたが、残念ながらそれも上手くいきませんでした。

そこで、いったん教育関係の仕事に就くことは諦め、「公共性の高い仕事」を軸にして考えて、IT系の企業に入社しました。会社の世の中的なポジションは良かったんですが、教育と全く合致していないという点で、私の中ではキャリアに対する違和感がずっとありました。

入社して5年程たった頃に「このままでは自分らしく生きられない」と思って、通信で教員免許を取ることに決めました。通信であっても4週間の教育実習を行う必要があるので、会社の休暇制度を使って行くことにしました。

ところが教育実習に行って、「自分は学校が好きじゃなかった」と思い出しました。枠にはめられて決められたことをやることが苦手だったんです。それで、このまま教師になるのが良いのかがわからなくなり、教員免許を取ることを中断しました。

教育実習での経験で、「学校は自分のいる世界じゃない」とわかると、だいぶ落ち込みましたね。

——その後は、お勤めだった会社のグループ会社で人材育成に関わったそうですね。どのような経緯があったのでしょうか。

教師ではない立場で教育に関わろうと思って、勤めていた会社に異動希望を出し、人材育成のグループ会社に3年間出向させてもらいました。「学校がだめなら、大人の教育をやってみよう」と思ったんです。

出世コースを考えると、実はマイナスです。そこをあまり気にせずに進むと、やはり同じような価値観の人と出会うので、日常で出てくる会話も違うわけです。そうすると自分の考えも変わってくる。

人材育成の会社だったこともあり、周りにいる人は心理や経営について勉強している人が多く、影響を受けて30才をすぎてから初めて仕事のことで勉強するようになりました。

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「学校が嫌でも、一度は先生をやろう」と2年間限定で教員に

——仕事に関係することを勉強し始めてから、特に印象的だった出来事はありますか?

出向先ではコーチングスクールに通わせてもらい、「人にコーチングをするために、まずは自分がコーチングを受ける」というプロセスを踏みました。その中で、「学校教育が嫌だと思っても、一度は学校の先生にならないといけないな」と思うようになって。コーチングと出会ってからは、現状の環境に臆せず、外に出るエネルギーを持つことの重要性を感じるようになったと思います。

ちょうどそのタイミングで、コーチングスクールに通っている先輩の中に、認定NPO法人Teach for Japan(以下、TFJ)のプログラムを使って2年間限定で学校の先生をしている方と出会ったんです。そこで初めてTFJの存在を知りました。

TFJは多様な経験をもった人を教育現場に送り込むというコンセプトで事業をやっていて、自分の持ち味やキャリアともマッチしていると思いました。2年間限定ということで、終わった後に一区切りをつけて次のキャリアを考えれば良いと思って、TFJで先生をやることに決めました。

それから15年間勤めた会社を辞めて、2年間小学校で先生をやりました。今思うと、その経験が人生の転機になるきっかけでしたね。

——勤めていた会社を辞めてTFJのプログラムに参加するとは、思い切った決断ですね。

「よく辞めましたね」と言われることがありますが、本当に15年間で色んな経験ができました。勤めていた会社は良い会社ですし、待遇面も悪くありませんでした。

でも、「この先自分がここにいても、人生が終わったときに良い時間を使ったという感覚にはなれない」という思いがありました。それはわかっていたんです。

—— 実際に学校現場に入られてみてどうでしたか?

比喩表現ではなく、死ぬかと思いました。素人がいきなり飛び込んで素晴らしい成果をあげられるような世界ではありませんし、様々な課題を抱えた子どもに対して何もできない自分がいることに本当に苦しみました。

勤務した最初の月は100時間以上の残業をして、はじめてここまでの長時間労働を経験しました。1学期の間は本当に辞めたくなりましたが、段々と慣れてきて、良い経験を積めるようになりました。

この経験を通じて、学校の先生の素晴らしさを感じていきました。学校は、何かしら子ども達のために良いことをしようと思っている人が集まっている場所なんです。

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再び民間に戻るも、先生の働き方改革に取り組むことに

—— 2年間の教員生活を終えてからは、どのように次のキャリアを選択したのでしょうか。

先生になろうと思って、東京都の教員採用試験を受けて合格しました。ただ、本当に良い先生がいるのに長時間労働で疲弊して良いパフォーマンスを出せていない現状も知っていたので、悩んでしまって。

今から自分が良い先生を目指すのも一つかもしれないけど、先生たちがより自分たちらしい教育ができるような世の中になれば、それだけで日本の教育の質は上がるだろう」と考えるようになりました。

自分のキャリアを活かせば先生の働く環境の改善に貢献できるのではないかと思い、3年目以降は先生を続けることを辞めて、再び民間企業に戻りました。

——そこからは、どのような経緯で新渡戸文化学園で働くことになったのでしょうか。

転職してから民間企業で働いていたときに、プライベートの時間を使って教員の長時間労働問題を改善するためのアクションをしたり、講演活動をしていました。

その中で新渡戸文化学園に訪問する機会があり、そこで「働き方改革に向けての組織開発は重要だからやってもらいたいけど、外部からコンサルとして関わるのではなくて、内部に入って先生としてやらないか」とその日のうちに逆提案を受けて。

予想外の展開に驚きましたが、素晴らしい先生たちが集まっていることも知り、断る理由はないと思って受けることにしました。

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IT企業の経験を活かし、休校期間のオンライン学習への転換を担当

——新渡戸文化学園では具体的にどのような仕事をされていますか。

2020年の休校期間中は、「新渡戸オンラインスクール」というホームページを作って課題の配信をしたり、zoomを使ってオンライン授業をしていました。ホームページには各学年のページがあり、そこから学習課題をダウンロードできるようにもしました。

与えられた課題に対してまずは家で考え、それからzoomを使ってみんなと一緒に考え、さらに学びを深める。そしてまた週末に課題を提出する、というサイクルを作りました。

学習内容については、各学年の先生同士で工夫していましたね。IT機器の操作に慣れていない先生もいるので、私は環境整備をする立場です。軌道に乗ったら、先生たちがどんどん良いコンテンツを作ってくれます。

「コロナの期間だからこそできる学びは何だろう?」と先生達と一緒に考えて、「世界一受けたいオンライン特別授業」という企画も立てました。社会で活躍している人たちをオンライ授業に招いて、自分の仕事について話してもらったり、子ども達と対話をする時間を作りました。

子どもにドリルを与えて家でひたすらやってもらうのではなくて、今だからこそ自分でやりたい学びを自分の意志で選択して学びに向かう。そう考えて、この授業を作りました。

どの授業に参加するかは、子ども達が自由に選択できる点に価値があると思っています。話を聞きたい人が集まっている空間を世界と繋ぐことに意味がある。これはまさにオンラインで繋ぐことができるツールがあったからできた学びであったと思います。この可能性はこれからも活かしていきたいですね。

—— まさにビジネスの世界から入ってきた方だからこそできることですよね。教員だけではなかなかできないことだと思います。

この企画は私が中心で進めたと言うより、「子どもが自分から動ける企画をしたいよね」と投げかけただけで、先生達がつくってくれたんですよ。

オンラインスクールのホームページを立ち上げることは、公立学校では難しかったと思います。私立学校であり、さらに新渡戸文化学園はそれを許容してくれる環境だった。本当に幸運だったと思っています。

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—— 小学校で2年間教員をした経験は、どのように現在の仕事に活きていると思いますか。

学校の環境を理解するのに役立っています。教員経験がなかったら、今の仕事はできていない。本当に、すべてがここにきて一直線に繋がった感じがします。

新渡戸学園には、未来の学校をつくろうとしている同僚がたくさんいます。言葉にしにくいようなモヤっとした思いを吐き出すと、それに応えてくれる環境がある。学べることもあり、その環境が本当に面白いです。

全国の先生に向けても、オンラインスクールの作り方を発信

—— 新渡戸文化学園のような取り組みが公立学校にも広がると良いなと思いますが、その点はどのようにお考えですか?

本当は、「公立学校では取り組むのが難しい」と言うこと自体がおかしいと思っています。ホームページを作るのに掛かったコストはゼロですし、「世界一受けたいオンライン特別授業」も講師の方に謝礼はお支払いしていません。このタイミングだったということもあり、賛同してくれた方にのみお願いしています。

そういう意味では、公立学校だってできるんです。ただ、公立学校だとネット環境がない家庭もあるので、当然そこは配慮しなければいけません。けれど、やらない理由にはならないですよね。

仮にネットが繋がらない家庭があったとしても、どんな手段を使ってでもその家庭に同じものを届けます。できない人が一人でもいるからやらないのではなく、どうフォローするかを考える。そういうマインドでやっていれば、できるはずですし、実際に、公立でもそのように動いてチャレンジして実現させた先生方もいました。結局、マインドのあり方にたどり着くのかなと思います。

休校期間が始まってからすぐのゴールデンウィークに、全国の先生を対象に「オンラインスクールの作り方」というzoom講座をやりました。準備には新渡戸学園の先生方にも手伝ってもらい、100名を超える方が参加してくださいました。環境が違う中で同じようにできるかはわかりませんが、そういう働きかけもしていました。

自分の思いを受け止めてくれる場所へと、環境を変える

—— 先生をやりつつ、学校内の先生や全国の先生をサポートされてきたと思いますが、仕事をする上で、大切にされている考えはありますか?

「せっかく生まれてきたのであれば、良い人生にしたい」と思っていますし、「自分が人生の中で極めたいことって何だろう?」と常に自分自身に問いかけています。

20代のときはこれからの人生の方が長いと考えて大切にしたいことを先送りにしていましたが、30代半ばになってくると先送りできない感覚になって、そのくらいの年齢になってからやっと動き出したんです。

—— 教育に興味があって今の環境に違和感があったり、現状を変えたいと思っている人に向けて、アドバイスをお願いします。

恥ずかしがらずに、その思いを言葉にして誰かに伝える。それだけで、自分の行動や周りのリアクションが変わってきます。口にしたくない方もいると思いますが、何かしらの方法で自分の外に出していくことはした方が良いと思います。

相手によっては、「何馬鹿なことを言ってるの?」と受け止めてもらえないこともあります。そうすると、そう思うこと自体がよくないことであり、罪であるかと思ってしまうんです。自分で自分を否定するようになってしまう。

もし周囲にそう言う人が多いとしたら、環境を少し変えた方がいい。自分の思いを受け止めてくれる人がいる場所に、半歩でもいいから足を伸ばしてみると良いと思います。

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—— ビジネス経験を積んだ方が教育業界に入ってくる価値を感じました。今後、遠藤先生のような方が現場に入り、どんどん教育業界を変えてほしいと思います。

ビジネス経験を積んでから学校に入っても、すぐに離れてしまう人は多くいます。でも、それではもったいない。

教育は人間が幸せに生きていくための大切な基盤であり、より良くあるべきだと思います。これからも、そこにエネルギーをかけていきたいと思っています。

ー 先生達がより良く働けるようにサポートする立場で学校に入ることは、全国の学校の中でも新しい取り組みだと思います。これからの学校の可能性を感じました。遠藤先生、ありがとうございました!

遠藤崇之(えんどう・たかゆき)
大手IT企業でシステム営業、人材育成コンサルタントを経て、認定NPO法人 Teach For Japan フェローとして埼玉県戸田市に教諭として赴任。5年生の担任を経験。民間企業時代にコーチングに出会い、アドラー心理学式コーチングを習得。現在、エグゼクティブ・コーチとして企業研修などでも活動中。コーチング理論と教員経験を融合させ、安心感を作りモチベーションや自己肯定感を引き出す関わりを作る事を重要視している。全ての子どもが「自分の人生の主人公になる」ことができる新しい学校づくりを目指し、現職では統括校長補佐として新しい学校の仕組み作り、コロナ禍でのオンライン授業やICT活用インフラの構築に注力した。先生の働き方改革コンサルタントでもある。

文:建石尚子、写真・編集:田村真菜


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