日本の国益って何?

先月、自民党の二階幹事長が中国の習近平国家主席の国賓来日について次のように述べました。

「反対する人もいるが、賛成する人も多くいる。国益を中心に考えるべきだ。」

また、立憲民主党の枝野氏は大統領選の結果を受けて、「日本の国益を最大化するのが政治の仕事だ」と述べました。

ここで言う「国益」とは何でしょうか。「国益」という言葉は頻繁に使用されていますが、改めて問い直すと答えが簡単に出ない曖昧な言葉です。

日本の国益とは?

まず、日本の国益とは何でしょうか。端的に言うと、日本の国益は「安全・繁栄・価値観」です。「国家安全保障戦略」で具体的に定義しています。

1.日本の平和と安全を維持し、その存立を全うすること。

我が国の国益とは、まず、我が国自身の主権・独立を維持し、領域を保全し、我が国国民の生命・身体・財産の安全を確保することであり、豊かな文化と伝統を継承しつつ、自由と民主主義を基調とする我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うすることである。

2. 日本と国民の更なる繁栄を実現し、我が国の平和と安全をより強固なものとすること。

経済発展を通じて我が国と我が国国民の更なる繁栄を実現し、我が国の平和と安全をより強固なものとすることである。そのためには、海洋国家として、特にアジア太平洋地域において、自由な交易と競争を通じて経済発展を実現する自由貿易体制を強化し、安定性及び透明性が高く、見通しがつきやすい国際環境を実現していくことが不可欠である。

3. 普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護すること。

さらに、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護することも、同様に我が国にとっての国益である。

国益とは何か?

上記が日本の国益です。では、そもそもの「国益」とは何でしょうか。「国益」という言葉には二つの用法があります。

1. 外交政策の目標や目的
2. 特定の政策を正当化するための政治的言説

国家安全保障戦略が定義する国益は一つ目の用法です。国益を目標として定義し、目標を達成するための戦略が国家安全保障戦略です。

モーゲンソーの「国益」

国際政治学者のハンス・モーゲンソーは国際政治の中の「国益」について次のように述べています。

「政治的リアリズムが国際政治という風景をとって行く場合に道案内の助けとなるおもな道標は、力(パワー)によって定義される利益(インタレスト)の概念である。」

さらに、モーゲンソーは国益の二つの要素を挙げています。

「国益の概念には、論理的に必要とされ、その意味で必要な要素と、状況に応じて可変的に決定される要素の二つの要素が含まれている。」

・不変的国益

前者の「論理的に必要」な要素は「不変的国益」と言います。国家の生存(サバイバル)のことです。モーゲンソーは具体的に「領土、政治的制度、文化」の三つを「不変的国益」として挙げています。

・可変的国益

「状況に応じて可変的に決定される要素」を「可変的国益」と言います。日々のニュースで報道される「国益」の多くは「可変的国益」です。

詳しくはモーゲンソーの「国際政治」をお読みください。

「国益」の歴史

続いて、「国益」の歴史的背景も見ていきましょう。ブリタニカ国際百科事典は「国益」の歴史を次のように説明しています。

最も広義には対外関係において獲得,維持されるべき国家の利益を意味する。この概念は,封建時代には国家理性 (レゾン・デタ ) の名で呼ばれる国策の指針であったが,民族国家の登場につれて,国民の一般意思などとともに国家の政治行動の基盤と考えられるようになった。(一部省略)

・リシュリュー枢機卿

「国家理性(レゾン・デタ)」という概念はイタリアのマキャベリが発案者だと言われています。「国家理性」とは宗教や道徳よりも国益を優先する考え方です。実際に政治で初めて「国家理性」に基づき対外政策を立案したのは、フランスのリシュリュー枢機卿です。リシュリュー枢機卿は、国家理性の考え方を次のように述べました。

「人間の魂は不滅のものであり、その魂の救済は来世にある。」「国家は不滅のものでない。したがって国家を救済する時は、現在か、あるいはもう永久に来ないかのどちらかなのである。」

ヘンリー・キッシンジャーはリシュリュー枢機卿を次のように高く評しています。

「リシュリューのなしえた偉業は、彼が中世的な道徳や宗教の束縛を投げ捨てた唯一の政治家であったからこそ達成されたのである。」

その後、ヨーロッパでは「国益」を指針とした外交政策が基本となります。

・ウィルソン大統領の批判

国益を目標に据えたヨーロッパは、第一次世界大戦に突入します。凄惨な第一次世界大戦が終わり、自国の利益を追求する考えが否定されます。米国のウッドロウ・ウィルソン大統領は国益の追求を次のように批判しました。

「一国の外交政策を物質的利益の観点から決定することは、非常に危険なことである。それは、相手に不公平であるばかりでなく、自分自身の行動を卑下するものである。」

そして、高い理想の下で「国際連盟」が設立されます。

・国際連盟の失敗とリアリズムの台頭

国益の追求は一度否定されたものの、国際連盟は失敗し、第二次世界大戦が勃発しました。ウィルソン大統領の理想は機能しませんでした。第二次世界大戦後、米国の国際関係論では前述したモーゲンソーに代表される「リアリズム(現実主義)」が主流となります。

国益の問題点 1:自国の利益だけ追求して良いのか?

一度は否定された「国益」の概念は戦後の現実主義に伴い、見直されました。しかし近年、「国益」の概念が再度批判されています。ここでは二つの国益の問題点を挙げます。第一に、「自国の利益だけを追求して良いのか」と批判があります。もし各国が「国益」の概念を「自国の利益」のみに焦点を当てれば、戦争が起こるでしょう。

・国家理性の問題

リシュリューの「国家理性」の問題は、自国の利益のみに焦点を当てたことでした。ヘンリー・キッシンジャーは「国家理性」の問題点を次のように述べています。

「リシュリューの国家理性の概念は、本質的に内在している制限というものを持っていなかったからである。国家の利益が満たされたと感じるには、どこまで行ったらよいのか? 安全保障を得るまで何回の戦争が必要なのか? ウィルソンの理想主義は無欲の政策を明言しており、国益の無視という危険を常にはらんでいた。リシュリューの国家理性は、自己破壊まで行ってしまう力の行使の危険があった。」

・公益をふまえた国益の重要性

各国が狭い視野で自国の利益のみを追求すると、他国との対立に帰結します。したがって、国益を考える際は、常に国際社会全体の調和(公益)を根底に置くことが重要です。冒頭に挙げた日本の国家安全保障戦略でも、次のように記載があります。

不断の外交努力や更なる人的貢献により、普遍的価値やルールに基づく国際秩序の強化、紛争の解決に主導的な役割を果たし、グローバルな安全保障環境を改善し、平和で安定し、繁栄する国際社会を構築することである。

・情けは人の為ならず

公益を追求することが自国の国益にも有益です。日本の国益にとって、インド太平洋地域全体の安定は不可欠です。広い視野で国益を定義することが重要だと言えます。

国益の問題点2:「国益」は特定の政策を正当化するための言い訳か?

「国益という言葉は、政治家が特定の政策を追求するための言い訳だ」との批判もあります。です。上記に挙げた二つ目の用法です。モーゲンソーの言う「可変的国益」です。

・安全保障化理論

この考え方は国際関係論の「コペンハーゲン学派」による「安全保障化理論(又は安全保障問題化)」に類似した指摘だと言えるでしょう。「安全保障化」とは「特定の問題を安全保障のアジェンダにする行為」です。例えば、「新型コロナウイルスなどの感染症は安全保障の問題」という言説を頻繁に耳にします。これは「感染症対策を安全保障化した」と言えます。「安全保障化」すると特定の政策に対する批判が減り、政策推進の優先度が高くなる傾向があります。

・国益化

「国益化」という言葉はありませんが、同様に特定の政策を「国益」と主張することで、安全保障化と同様の働きがあると言えるかもしれません。例えば、10月28日の衆院本会議で立憲民主党の泉氏は新型コロナ対策について、「官邸内部だけで決めるより、各省庁、そして与党、野党が集う国会での議論を踏まえることの方が国益にかなう」と主張しました。「国益」という言葉を使用することで、主張の正当性を高めていると推察されます。国際政治学者のジョセフ・ナイは「国益」という言葉で正当性を高める行為を次のように説明しています。

「いずれにしても明かなのは、特定の外交政策を推進しようとする人はみな、その政策を国益というのし袋に入れて、差し出す傾向があるということである。言い換えれば、国益という概念は、死活的な国家目標の単なる略称なのではなく、政策決定者や政策を売り込もうとする人々が争いを繰り広げる闘技場の名称だと言ってもよい。」

国益の追求

以上、簡単に国益について記載しました。色々と書きましたが、国家が国益を追求することは当然です。誰も自国の損で、他国を利するような政策は受け入れません。ただ、「国益」という目標を具体的に設定することは非常に重要です。ぜひ改めて上記に挙げた日本の国益を読み直し、日本の目標設定が正しいのか、欠けているものはないのか、と考えてみて下さい。国益を考えることは、日本という国の根幹を考える良いキッカケになるのではないでしょうか。

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