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術後遷延性疼痛への理解を深める

久しぶりの投稿になりました。

前回記事「運動による疼痛抑制効果 EIH機序」にたくさんの反応をいただきありがとうございました!

今回のnoteのテーマは「術後遷延性疼痛への理解を深める」です!

術後の長引く痛みを訴える患者さんへのリハビリは多くの医療従事者が経験していることが予想でき最近ではICD-11(国際疾病分類)でも明記されました。

今回のnoteではまず術後遷延性疼痛に関する疫学からそのメカニズムまでを解説します。

術後遷延性疼痛のメカニズムは現在しっかり解明されているものではないことはまず事実として持っておかねばなりませんが、これまでにわかってきていることをしっかり理解するきっかけとしてお伝えできればと考えています。

さらに!!

今回は僕の後輩に一つの章を担当してもらいました!彼女はウィメンズヘルス分野に力を入れて勉強している理学療法士で整形外来に通う患者さんの中でも既往として出会う頻度の高い「帝王切開後の術後痛」に関するテーマで書いてくれています。

担当章は「⑥ウィメンズヘルスの視点から見る術後痛」です!

ウィメンズヘルス分野のツイートもしてるのでもし興味ある方がいればフォローしてあげてください^ ^

Twitterアカウント
→たんしお🐮ウィメンズヘルス(@tanshio07)

では早速本文へ行きましょう!

①術後遷延性疼痛とは?その疫学について

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まず術後遷延性疼痛に関する疫学について解説して行こうと思います。

術後遷延性疼痛(Chronic post-surgical pain)とは

術後の痛みが、手術後に原疾患が治癒した後も創部周辺に遷延している状態であり、原疾患の再発や感染などの要因は除外したもの

と定義されています。[1]

英語ではChronic post surgical pain:CPSP と表されるところを多く見かけますが、Persistent postoperative pain:PPPと表現されることもあります。

術後遷延性疼痛が長期間持続すると、日常生活動作(Activity of daily living:ADL動作)に悪影響をきたし生活の質(Quality of life:QOL)に大きな影響を与えます。

QOLが低下することで職場復帰や社会活動にも影響をきたし、個人の損失ひいては社会的な損失が大きくなる要因へと発展します。

①-1 術後遷延性疼痛の発生頻度

術後遷延性疼痛の発生頻度は術式や部位により大きく異なります。

四肢切断→30~85% (5~10%)
開胸術→5~65% (10%)
乳房切除術→11~57% (5~10%)
鼠径ヘルニア→5~63% (2~4%)
冠状動脈バイパス術→30~50% (5~10%)
帝王切開→6~65% (4%)
胆嚢摘出術→3~50%
精管切除→0~37%
歯科手術→5~13%

上記は術式による術後遷延性疼痛の発生頻度を表した表になります。[2]
( )内の数字は重症化する推定頻度を表します。

最大値のみをみると、四肢切断の85%が最も高く、次いで開胸術・帝王切開65%が多いことがわかりますね。

四肢切断をされた患者さんのリハビリ担当は個人的には経験してきておりませんが、開胸術は肺がんや心血管疾患、弁膜症などをご経験された患者さんは少なくないですし、帝王切開でお子さんを出産しその後の疼痛に悩む主婦層の方も少なくありません。

開胸術・帝王切開を既往に持つ患者さんは問診していくと意外と多いのではないかと思います。

それだけ個人的に多いのかなあと考えている開胸術・帝王切開後の遷延性疼痛の割合が最大値では3人に2人は当てはまることもあるというのはこれらはかなり身近な存在だなと感じられます。

こちらの文献[2]によれば、術後遷延性疼痛は手術全体の2~10%で中等症以上に発症し、本邦では年間250万件以上の手術のうち、毎年12万人以上の術後遷延性疼痛が生じるとも言われています。

僕たちセラピストが最も多く担当する可能性の高い変形性関節症の人工関節置換術後の患者さんの術後遷延性疼痛の発生頻度の報告を見てみると[3]

人工膝関節全置換術
(Total Knee Arthroplasty:TKA) →約20%
人工股関節全置換術
(Total Hip Arthroplasty:THA) →約10%

TKAでは5人に1人程度、THAでは10人に1人程度は遷延化していることがわかります。かなり高頻度に思えませんか?(僕だけでしょうか笑)

こうしたデータからも術後遷延性疼痛は臨床においてかなり高頻度に(個人的に)遭遇する確率の高いものですので、そのメカニズムを知ることはとても重要です!

次の章では術後遷延性疼痛が国際疾病分類においてどのように位置付けられるのかを見ていきたいと思います。

②国際疾病分類(ICD-11)における術後遷延性疼痛の位置付け

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 慢性の術後および外傷後の痛みは、外科処置または組織損傷(火傷を含む任意の外傷を伴う)を受けて治癒過程を超えて、すなわち手術または組織外傷の少なくとも3ヶ月後にも持続する疼痛である。 痛みは、手術野または傷害領域に局在する、或いはその領域にする神経の神経支配領域にまで分布するか、またはデルマトームに分布する。(手術/外傷による深部体性感覚または内臓組織への損傷)と呼ばれる。 感染、悪性腫瘍などの痛みの他の原因、既存の疼痛の問題から継続する疼痛は除外する必要がある。 手術の種類によっては慢性術後および外傷後疼痛はしばしば神経障害性疼痛であり得る。 神経障害のメカニズムが重要であっても、この項目にカテゴリー付ける。 痛みの術後または外傷後の病因が非常に考えられるものをこの項目に入れるものとする。
(https://icd-11-jpn.com/icd-11j分類表/)より引用

上記は国際疾病分類 第11版(ICD-11)に記載された、慢性疼痛分類(国際疼痛学会によって開発)から抜粋したものです。

これをさらに詳細に分類したものだと、慢性術後疼痛は

3.1.1 慢性四肢切断後疼痛 (MG30.21A)
3.1.2慢性脊椎術後疼痛 (MG30.21b)
3.1.3慢性開胸術後疼痛 (MG30.21c)
3.1.4慢性乳房術後疼痛 (MG30.21d)
3.1.5慢性胆のう摘出後疼痛 (MG30.21e)
3.1.6慢性そけいヘルニア術後疼痛 (MG30.21f)
3.1.7慢性子宮摘出後疼痛 (MG30.21g)
3.1.yその他の慢性術後疼痛 (MG30.2Y)
3.1.z慢性術後疼痛としか分類できないもの (MG30.2Z)

と、かなり詳細に分類されることが見て取れます!

これまでのICD-10では慢性疼痛に関しては疫学的な面を反映しておらず,体系的に分類されていませんでした。

そこで
●慢性疼痛に関する正確な疫学データの取得が困難であった
●適切な疼痛治療位置づけや医療費の適切化、新しい治療法の開発および実施を妨げることにもなっていた

などの理由によって国際疼痛学会(IASP)では次期 ICD–11 に対応するための慢性疼痛の分類の研究開発活動を進められてきました。

開発においては、慢性疼痛が部位(頭痛など)・病因(癌など)・ 病態(神経障害性疼痛)が混在する上に、これらの分類の原則に適合しにくい慢性疼痛(線維筋痛症など)がある中で、様々なタイプの慢性疼痛に適合でき、一般的な ICD–11 のフレームに適合するものを作成することを課題として作成され、完成したのがICD-11です。

これは2018年6月に世界保健機関から正式にリリースされています。

慢性術後痛に関しては今後さらなる病態解明や治療法が期待されるところであり僕たちセラピストも術後症例に大きく関わる職種である以上、それらの知識を有していることは今後の大きな課題であると感じています。

そのためにも今現在わかってきていることを学ぶためのきっかけの一つとしてこのnoteがお役に立てればと思います!

これから先はそんな術後痛に関して、
急性期の病態から遷延化へのメカニズムなど生理学の基礎的な内容から中枢神経系の可塑性変化など様々な報告を元にまとめていきたいと思います。

③急性術後痛の病態理解

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急性術後痛は術直後から慢性術後痛と定義される3ヶ月までの期間を指します。文献によっては2ヶ月とするものもあります。

この時期は手術による組織損傷などに起因する炎症性の侵害受容性疼痛が痛みの主な要因になっており、投薬によるコントロールが図られる時期でもあります。

この章では主に組織損傷による炎症の病態理解、それが神経系に与える影響、さらには急性期の炎症性・侵害受容性疼痛に対する疼痛抑制機構のメカニズムの一例までを解説していきたいと思います。

③-1 組織損傷による炎症

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