[前編]セロトニン系経路を理解する
こんにちは!タンケ(@tanke_94pt)です^ ^
これまでの記事でも度々取り上げてはいますが、今回は下降性疼痛抑制系の特にセロトニン系経路についてもう少し掘り下げた内容も交えて書いていこうと思います。
まず下行性疼痛抑制系 Descending pain inhibitory systemとは、
(Descending:下って行く inhibitory:抑制する)
中脳水道周囲灰白質(PAG)を起始核として、セロトニンとノルアドレナリンを伝達物質として脊髄後角に投射し、同部位で一次侵害受容ニューロンから二次侵害受容ニューロンへの痛覚伝達を抑制性に制御することで疼痛抑制を行うシステムのことを言います。
疼痛の勉強をされている方であれば必ずと言っていいほど頻繁に出てくるワードですがそのメカニズムは結構複雑ではないかと個人的には感じます...
今回のnoteではそんな下行性疼痛抑制系のメカニズムについて解説していければと思います^^
本記事は全文無料でお読みいただけます^^
●下行性疼痛抑制系の概観
下行性疼痛抑制系では大きく2種類の抑制性経路が存在します。
一つはセロトニン(5-HydroxyTryptophan:5-HT)が投射される経路です。
セロトニンが関わる経路は、
中脳中心灰白質(PeriAqueductal Gray:PAG)
↓
吻側延髄腹内側部(Rostral Ventromedial Medulla:RVM)
↓
大縫線核(Nucleus Raphe Magnus:NRM)
↓
脊髄の背外側索(DorsoLateral Funiculus:DLF)
↓
脊髄後角(Dorsal Horn:DH)
であり、セロトニン作動性ニューロン群は主に大縫線核(NRM)に存在し、脊髄後角に投射されると、同部のセロトニン受容体(5-HT receptor)と結びつくことで疼痛抑制効果を発揮します。
もう一つは、ノルアドレナリンが投射される経路です。
ノルアドレナリンが関わる経路は、
中脳中心灰白質(PeriAqueductal Gray:PAG)
↓
背外側橋中脳被蓋(DorsoLateral Ponto-mesencephalic Tegmentum:DLPT)
↓
青斑核(Locus Coeruleus:LC)
↓
脊髄の背外側索(DorsoLateral Funiculus:DLF)
↓
脊髄後角(Dorsal Horn:DH)
となります。
ノルアドレナリン作動性のニューロン群は橋から延髄にかけて幅広く存在していますが、もっとも重要な部位は青斑核(Locus ceruleus:LC)です。
青斑核からノルアドレナリンが放出され、脊髄の背外側索を下行し、脊髄後角のノルアドレナリン受容体であるα2受容体と結合することで疼痛抑制に関与します。
理解を深めるためにここで、活動電位について復習したいと思います。
●活動電位の復習[4]
活動電位(action potential:AP)は膜内外の電位差の減少と逆転から再び静止膜電位に戻るまでの一連の現象を指します。
ある刺激が膜の臨界レベル(閾値:threshold)を超えると活動電位が発生します。
この閾値を超えた電位相(活動電位)には
脱分極相 Depolarizing phase:
膜の分極が減少し0に達し、膜の内側が外側に比べて正になる相
再分極相 Repolarizing phase:
膜の極性が再び静止状態である、-70mVに戻る相
が存在します。
そして再分極にて電位が下がると元々の静止膜電位よりも一時的にさらに下がってしまう後過分極相 After-hyperpolarizing phaseが生じます。
この膜電位の上昇や下降を調整するのはナトリウムイオンやカリウムイオンです。
細胞に脱分極が生じるとまず最初に電位依存性"ナトリウム"チャネルが開口し、細胞外から細胞内にナトリウムイオンが流入してきます。
このナトリウムイオンの流入により細胞は脱分極相を引き起こします。
その後、ナトリウムチャネルの開口に遅れて今度は電位依存性"カリウム"チャネルが開口します。カリウムチャネルはナトリウムチャネルに比べて開口がゆっくりしている特徴があります。
カリウムチャネルが開口する時にはナトリウムチャネルは閉じ始めています。
カリウムイオンが細胞内に流入すると膜電位は再分極相を引き起こします。
すなわち上昇した膜電位を元の静止膜電位に戻すのがカリウムイオンの性質です。
このカリウムイオンが多めに流入してくると後過分極相が生じます。
以上の復習内容からも分かる通り、細胞内に何が流入してくるのかによって細胞の膜電位を上昇させているのか、静止膜電位に戻しているのかの違いを理解できるようになります。
●シナプス伝達の復習[4]
細胞の活動電位の発生を復習したところで、今度はシナプス伝達の復習をしてみましょう。意外と忘れていることがあるかもしれません。
まずシナプスではシナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンがシナプス間隙(Synaptic cleft)にて物質のやり取りをしています。
信号を送る側をシナプス前ニューロン(pre-synaptic neuron)
信号を受け取る側をシナプス後ニューロン(post-synaptic neuron)と呼びます。
シナプス伝達においてはまず最初はシナプス前ニューロンの脱分極相がシナプス前終末のシナプス小頭の膜上に存在する電位依存性”カルシウム”イオンチャネルを開口します。
カルシウムイオンは間質液に高濃度で存在しているため、電位依存性カルシウムイオンチャネルが開口することにより神経細胞外からシナプス小頭内に流入してきます。
シナプス小頭内のカルシウムイオン濃度の上昇によってシナプス間隙に神経伝達物質が放出されます。
シナプス間隙に放出された神経伝達物質はシナプス後ニューロンの特定の受容体と結合することでシナプス後細胞の脱分極を引き起こし、神経インパルスが伝達されます。
神経伝達物質はおよそ100種類以上あると言われますが、そのほとんどはシナプス小頭で合成され、シナプス小胞で格納されています。
代表的な神経伝達物質には
興奮性神経伝達物質として
グルタミン酸、アスパラギン酸など
抑制性神経伝達物質として
γ-アミノ酪酸(GABA)、グリシンなど
両方の作用を持つ者として、アセチルコリン(ACh)
などがあります。
グルタミン酸はリアルゴールドにも含まれるものなので馴染深いですね。
(https://www.cocacola.co.jp/brands/real_/realgold04)
GABAはチョコレートのパッケージにも名前が登場しますね。
(https://cp.glico.com/gaba/)
上記の物質はアミノ酸に分類されますが、神経伝達物質の中にはアミノ酸が修飾を受けたものも多数存在します。
アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどです。
さらには気体である一酸化窒素(nitric oxide:NO)なども神経伝達物質の一つとして知られています。
以上のようにこれらは神経伝達においてとても重要な知識になるのでうろ覚えだった方がいらっしゃれば今一度、生理学テキストで復習してみてください^^
●セロトニン系をもう少し掘り下げる
セロトニン作動性ニューロンが最も密集して存在するのは大縫線核(NRM)ですが、他にも背側縫線核(Dorsal raphe nucleus:DRN)や、吻側延髄腹内側部(RVM)にも存在します。
この中で、大縫線核(NRM)から放出されるセロトニン経路は上記で説明した通り、下行性に投射され、脊髄後角において鎮痛作用に働きますが、背側縫線核(DRN)から放出されるセロトニン経路は主に上行性投射であると言われています。
下行性疼痛抑制系なのに上行性投射?と思われた方もいるかと思いますがこれに関しては後ほどさらに掘り進めたいと思います。
(術後遷延性疼痛の記事でもこれに関しては触れています)
セロトニンが脊髄後角において鎮痛作用を起こすメカニズムは主に3つあります。[1]
①一次知覚神経終末の5-HT1受容体を介した抑制メカニズム[2]
②5-HT1受容体を介したGタンパク質依存性Kイオンチャネルの活性化による脊髄
後角ニューロンの過分極による抑制メカニズム
③抑制性介在ニューロンのシナプス前膜にある5-HT3受容体を介するGABAの放出
増加作用による抑制メカニズム
です。
セロトニンは末梢と中枢でその作用が異なることは概知のことと思いますが、これはセロトニンの受容体である5-HT受容体のサブタイプの多さに起因していることが言われています。
セロトニン受容体のサブタイプ(計15個)
5-HT1 →1A,1B,1D,1E,1F
5-HT2 →2A,2B,2C
5-HT3
5-HT4
5-HT5 →5A,5B
5-HT6
5-HT7
(*5-HT1Cは5-HT2Cに再分類されるため存在しないそうです。)
このようにセロトニンに対応する受容体は1〜7まで多くのバリエーションを持っています。
これはセロトニンが作用する部位や対応する受容体の種類によって効果が変化することを示します。
例えば、三叉神経系では、5-HT1B,1D受容体のアゴニシズムは神経伝達物質の放出を減少させたり、5-HT2A受容体を介した作用が慢性的な頭痛の原因となっている可能性があります。[3]
5-HT受容体で疼痛制御に特に大きく関わるのは「5-HT1A」「5-HT2A」「5-HT3」「5-HT7」です。
ここではそれを踏まえてセロトニンの3つの疼痛制御に関して掘り進めていこうと思います。
まず鎮痛メカニズム①
「一次知覚神経終末の5-HT1受容体を介した抑制メカニズム」
これは大縫線核(NRM)から脊髄後角に投射されたセロトニンが一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロンとのシナプスにおいて、一次ニューロンから放出されるグルタミン酸などの興奮性伝達物質の放出を抑制することに起因します。
一次ニューロンからの伝達物質を抑制することで二次ニューロン以降の伝達を抑制しようといったメカニズムですね。
こちらに大きく関与する受容体が5-HT1受容体になります。
上記の表を見てもらっても分かる通り、5-HT1受容体は揃って「抑制性」に作用する受容体であることがわかります。
続いて鎮痛メカニズム②
②5-HT1受容体を介したGタンパク質依存性Kイオンチャネルの活性化による脊髄後角ニューロンの過分極による抑制メカニズム
これは、活動電位について復習した通り、シナプス後細胞においてカリウムイオンチャネルが活性化することで活動電位は再分極相へと変化するため、興奮性に痛覚入力していた活動電位を静止膜電位に戻す作用があります。
続いて鎮痛メカニズム③
③抑制性介在ニューロンのシナプス前膜にある5-HT3受容体を介するGABAの放出
増加作用による抑制メカニズム
ここで上記の表を見てみると、「リガンド依存性」という言葉が出てきました。
復習していきましょう。
リガンド(Ligand)とは、"受容体に結合する特定の物質"をひっくるめてリガンドと呼んでいます。つまりは神経伝達物質などですね。
リガンド依存性イオンチャネルと言われれば、それはある物質に結合するイオンチャネルのことを指します。
チャネルと受容体がセットで存在しているとした時に
チャネル側から見た受容体のことを「イオンチャネル型受容体」
受容体側から見たチャネルのことを「リガンド依存性チャネル」
どの視点で言っているかの違いで、指すものは両者のセットのことです。
ここで大切なのは
"電位依存性イオンチャネル"と"リガンド依存性イオンチャネル"は少しニュアンスが違うことです。
電位依存性イオンチャネルは単独のイオンにのみ反応して開口するものが多いのに対して、リガンド依存性イオンチャネルはその辺は大雑把なものが多いです。
単独でなくとも陽イオンか陰イオンかなどかなり大雑把に処理します。
それを踏まえて改めて鎮痛メカニズム③
③抑制性介在ニューロンのシナプス前膜にある5-HT3受容体を介するGABAの放出
増加作用による抑制メカニズム
ここで言われる"抑制性介在ニューロンのシナプス前膜にある5-HT3受容体"はリガンド依存性イオンチャネルの中でも"陽イオン選択的"であり、中枢/末梢神経系において脱分極(興奮性)に働くと言われています。
したがって、鎮痛メカニズム③では、シナプス前膜の5-HT3受容体(リガンド依存性チャネル)が抑制性介在ニューロンに興奮性に働きかけることでその抑制効果を強める効果を発揮していることが予想できます。
しかし感作などが生じた場合にはこの抑制性介在ニューロンは興奮性に働きが変化することがあります。
これは脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)の作用によるものです。
BDNFは神経細胞の損傷によってATPが間質に流出しATPを掃除するためにやってきたグリア細胞の働きによって発現が高まります。
ですので、鎮痛メカニズム③に関しては感作の状態などの条件次第では疼痛抑制メカニズムではなく疼痛促進メカニズムに関与する可能性があります。
鎮痛メカニズムまでをまとめると、セロトニンは脊髄後角において
●5-HT1受容体と結合し
興奮性介在ニューロンに抑制性に働くことで鎮痛効果を発揮する
●5-HT3受容体と結合し
抑制性介在ニューロンに興奮性に働くことで鎮痛効果を発揮する
となります。
続いては背側縫線核からの上行性投射について触れていきたいと思います。
疼痛のテキストで度々出てくる背側縫線核の上行性投射は主に脳幹部の上行性網様体賦活系に由来しているのだと思っています。
そこでここではまず上行性網様体賦活系の復習をしていきたいと思います。
●上行性網様体賦活系の復習
網様体賦活系(Reticular activating system:RAS)とは、網様体中のニューロンのうち感覚性(上行性)の軸索で構成され、大脳皮質に投射されるニューロン群のことを言います。
RASが刺激を受けるとこの上行性投射が大脳皮質の広範囲に達し、意識(Consciousness)と呼ばれる目覚めた状態となり、意識の維持に大きく関与します。
逆にRASの不活性化は睡眠(Sleep)を引き起こします。[6]
上行性網様体賦活系は大きくモノアミン作動性ニューロンとコリン作動性ニューロンで構成されます。その領域は[7]
●青斑核(Locus coeruleus:LC):ノルアドレナリン作動性ニューロン。
●縫線核(背側・正中):セロトニン作動性ニューロン、一部ドパミン作動性。
●被蓋核(脚橋・背外側):コリン作動性ニューロン
●結節乳頭体核:ヒスタミン作動性ニューロン
このように、それぞれのニューロンが大脳皮質領域に上行性に投射されることでヒトは覚醒し、意識を維持することができます。
●痛みの制御と背側縫線核の関わり
痛みの中枢ネットワークにおいて特に重要な機能の一つに「注意機能(attention)」があります。
ここではあまり多くは触れませんが、侵害刺激の発生部位や強度などの"痛みの感覚的側面"において注意機能が適切に痛みに向くことは痛み受容にとって重要な機能になります。
この注意機能は青斑核由来のノルアドレナリン作動性ニューロンが重要な役割を果たします。
そしてこの青斑核には背側縫線核が興奮性に入力します。
つまり背側縫線核からのセロトニン投射の一部が青斑核へと興奮性に入力し、それにより青斑核が注意機能に重要な役割を果たすことができるようになります。
背側縫線核のセロトニン作動性ニューロンは他にも動脈血二酸化炭素分圧の上昇を感知して覚醒を促すなどの自律神経機能との関連もあります。
このように背側縫線核からの投射は下行性にも上行性にも存在するわけですが、下行性投射は下行性疼痛抑制系として脊髄後角での疼痛制御機能に関わり、上行性投射は注意機能などの認知機能とともに覚醒維持に関わることが考えられます。
●おわりに
前編は以上になります!
前編では主に活動電位・上行性賦活系の復習から下行性疼痛抑制系におけるセロトニン経路の解説まで行いました。
後編ではノルアドレナリン経路について解説していこうと思います。
できれば正月中に後編を投稿できるように頑張ります。笑
最後までお読みいただきありがとうございました!
●参考文献
[1]小川節郎「メカニズムから読み解く 痛みの臨床テキスト」南江堂 2015 p.77
[2]Akitoshi Ito「Mechanisms for Ovariectomy-Induced Hyperalgesia and Its Relief by Calcitonin: Participation of 5-HT1A-Like Receptor on C-Afferent Terminals in Substantia Gelatinosa of the Rat Spinal Cord」J Neurosci. 2000 Aug 15; 20(16): 6302–6308.
[3]Claudia Sommer「Is serotonin hyperalgesic or analgesic?」Pain Headache Rep. 2006 Apr;10(2):101-6. doi: 10.1007/s11916-006-0020-4
[4]佐伯由香ほか「トートラ人体解剖生理学 原書第8版」丸善出版 p.246-249
[5]Eric R.Kandelほか「カンデル神経科学 PRINCIPLE OF NEURAL SCIENCE Fifth Edition」メディカル・サイエンス・インターナショナル p.1383 表63-3
[6]佐伯由香ほか「トートラ人体解剖生理学 原書第8版」丸善出版 p.266
[7]Eric R.Kandelほか「カンデル神経科学 PRINCIPLE OF NEURAL SCIENCE Fifth Edition」メディカル・サイエンス・インターナショナル p.1018
●p.s.
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