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中島裕介第四歌集「polylyricism」 感想

固い抒情の歌

短歌

『polylyricism』は2022年11月に発行された中島裕介さんの第四歌集です。
中島裕介さんは1978年兵庫県小野市生まれ。2008年に第一歌集『Starving Stargazer』(ながらみ書房)、2012年に『もしニーチェが短歌を詠んだら』(角川学芸出版)、2013年に第二歌集『oval/untitleds』(角川学芸出版)、2022年に第四歌集と同時に第三歌集『memorabilia/drift』を刊行しています。
本書は2018年から2022年夏までに詠まれた171首を収めています。

降る前のタイヤが舗道を擦過する音はわずかに水を含んで p6
側溝に回転しながら浮いているゼブラマッキー(極太)赤の p9
潰れた後も人はそのまま住んでいる寿司屋の窓が塞がれている p15

初めに引用した3首は歌集冒頭の連作「マンションの前、20mほどの」に収められた歌です。
これらの歌の主部(タイヤが舗道を擦過する音、ゼブラマッキー、潰れた後も人はそのまま住んでいる寿司屋の窓)は日常にありふれて存在するものであるがそれゆえに短歌の題材として再発見することが難しく、歌の述部(水を含んで、側溝に回転しながら浮いている、塞がれている)はその表現力によって読者は一首を快楽として味わうための適切な情報量を得ることができます。

「polylyricism」とはこの作者が先に示した技量により一見抒情を見出すことの難しい主題に確かな(固い)抒情を見出しながら思考を続けた軌跡だと受け取りました。
以下の文章ではそれらの内二つの主題について紹介していきます。


はいじょするじゆうぼうがいするじゆうやじをとばしたゆうじくんはねる p30
押しピンを刺しなおしても落ちてくる人権週間ポスター(字が多い) p49 
真昼間の東京都庁は人々をオリ・パラ・オリ・パラと数えつつのむ p80

一つ目の主題は国家権力による強制力です。このことはタイトルのpolylyricismがpolitics(政治)とlyricism(抒情)を組み合わせた造語であることからも言えると思います。
一首目において、はいじょするじゆう/ぼうがいするじゆう、という存在しない自由が表現の自由を奪う様子をひらがなに開くことで逆説的に恐ろしく表現している。二首目のやたらと落ちる人権週間ポスターや三首目の都庁が人々に行う過剰な規格化も卓越した修辞法により権力が持つ不気味さを抒情しています。

LED電球を子は「よろこび」と名付けて消して点け消して呼ぶ p63

息子は水平線を見たことがない
「尊み」という感情を含むときひろがってゆくだろう遠い海 p101
(太字は二首目の詞書)

二つ目の主題は子供に対する思いです。子供に関する言及は歌集後半から現れてきます。
一首目において子供は電球を自らの手で何度も消しては点けることにより「よろこび」を繰り返し感じています。一方二首目では子供が「尊み」を生まれて初めて感じる、限りない水平線に圧倒されるであろう未来の瞬間を描いています。
この二首のような子供に対する思いは比較的柔らかい抒情と思われるのですが、本歌集には次のような目線の歌もあります。

アルフォートの船を砕いた 遺伝子の乗り物として子は生まれたか p58
散種するためにうちへと閉じてゆく蒲公英としてキャンパスに入る p74

”遺伝子の乗り物として”や”散種するために”という表現において子供は、人間(の遺伝子)を存続させるための存在となります。この”遺伝子の乗り物”という言葉はリチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』から来ていますが、この本が紹介した概念に「文化的遺伝子(ミーム)」というものがあります。ミームとはある個体の脳から別の個体の脳へと受け継がれていく文化的な情報であり、何がミームであるかはドーキンス自身の定義のほかにも様々な定義があるようなのですが、”nation”もその一つではないでしょうか。

nation国民nation国家の違いをおもうとき男児が長い枝見せてくる p111

この歌は歌集の最後から二番目の歌です。男児が枝、つまり自分から子供へひいては人類全体が世代を超えて繋いできた樹形図、を見せてくる時、nationは”国民”と”国家”のどちらを指す言葉になるのでしょうか。
自分や子供はnationが存続するための乗り物に過ぎないと受動的に考えればnationとは国家である。しかし、nationは自分の子供たちに安心な社会を渡すための道具であると能動的に考えるのであればnationとは国民である。

僕がこの歌集で一番すばらしいと思った点は、国家に対して単に横槍を入れて批判するだけではなく、当事者意識を持って国家についてその内側から思考している所にあると思います。


本歌集はこのように国家権力と子供に対する思いの二つの主題の間で絶えず考え続け、そこに確かな抒情を見出した稀有な歌集であると思います。
是非一度皆さんにも本歌集を読んでいただきこの固い抒情を味わってほしいです。




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