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【対談企画】日本人は重量級で世界一になれるか?(前編)

フルギアベンチプレス120kg超級選手の藤本竜希さんをゲストに招いて、日本パワー競技界の2人の重量級選手によるスペシャル対談を行いました。

ほぼ初対面で、ベンチプレスと重量挙げという競技の違いがある二人。しかし、どちらも最重量級の日本記録保持者という共通点があり、以前からお互いの動向に注目していたといいます。

日本人の重量級選手が世界大会で優勝することは可能か?どんなことを考えてトレーニングしているか?など、直球の疑問をぶつけてもらいました。今回はその前編をお届けします。

競技をいつ始めた?


ーーまずは自己紹介から。

村上 13歳(中1の冬)から競技を始めました。父親の会社の従業員の方が重量挙げをやっていて、その方の勧めでやるようになりました。今26歳なので競技歴は13年です。オリンピック競技なので、パリ五輪でメダルを獲得するのが目標ですね。重量挙げは部活動のスポーツなので、競技で学校に進学して、その流れで続けてこられた部分が大きいです。最初は競技がそこまで好きではなかったのですが、途中からすごく好きになり、この競技が仕事になればいいなと思うようになりました。今は自分だけでなく、いろんな人に競技を知ってもらたい、普及させたいという思いから、競技を続けています。

藤本 14歳からフルギアベンチプレスの試合に出ています。今21歳なので競技歴は7年です。まず400キロを挙げたいというのが直近のひとつの目標です。もうひとつは世界大会で優勝したいというのもあります。最終的な目標は500キロを挙げることですね。競技は進路には何の役にも立っていないので、純粋に好きだから続けています。今でも飽きたら「すぐ辞めよう」と思っています。でも、熱が冷めないという感じですね。

ーーお互いの印象は?

村上 藤本さんはフルギアベンチプレス日本歴代最強ということで、競技の実力を尊敬しているのはもちろんですが、医学部生ということで、文武両道ということもすごいなあと思っています。今度、北海道に行ったときにはベンチプレスのセミナーを受けたいです。重量挙げの選手はベンチプレスをほとんどやらないので、自分にない部分としてベンチプレスの強い人に憧れる部分があります。競技の引退後になると思いますが、ベンチプレスを本気でやってみたい気持ちも持っています。

藤本 村上さんは重量挙げの日本チャンピオンであり、ワールドカップでも優勝されています。素晴らしい実績だと思います。僕は重量挙げはあまり詳しくないので、村上さんの持つ記録の凄さをちゃんとは理解しきれていないのですが、それとは別に、スクワットで365キロを挙げる人という強烈な印象があります。一度でもスクワットをやったことがある人なら、この数字がいかに信じられない重量かわかります。

村上 嬉しいですね。365キロという数字を知ってくれているのが。僕はこの前、藤本さんがブレイン・サムナーと対談されているnote記事を見ました。藤本さんはベンチプレッサーですけど、パワーリフティング(3種目)の試合も見るんですか?

藤本 試合は見ます。とくにサムナーは僕よりベンチプレスが強いんですよ。なので、サムナーのパワーリフティング(3種目)の試合を追っておかないと、知らない間にベンチプレスの世界記録を更新されてしまったりするんです。

世界最強選手の凄さとは?


村上 パワーリフティング(3種目)の試合で更新すると、ベンチプレス (1種目)のほうにも反映されるんですか?

藤本 はい。パワーリフティング(3種目)のほうが競技上、記録を出すのが不利なので、1種目のほうにも反映されます。

村上 ベンチプレス (1種目)も、パワーリフティング(3種目)も、最強はサムナーということですか?

藤本 そうです。サムナーはフルギアベンチプレスの記録が歴代1位で、455キロです。歴代2位は401キロ。じつに54キロも違うんですよ。

村上 圧倒的なんですね。

藤本 サムナーがぶっちぎっています。彼とは5年前くらいからメッセージでやりとりしています。その流れから、僕のnoteの企画でインタビューさせてほしいと持ちかけて、実現しました。

村上 メッセージではトレーニング方法とか、そういう話題ですか?

藤本 そうですね。以前から日本のベンチプレスの技術が高いと言われていて、サムナーも興味を持っていました。でも、これまで日本人の競技者は英語を話せる人が少なかったので、うまく海外に伝わらず、みんな知りたがっていたんです。ちょっと神秘的な部分もあったそうです。

村上 日本は技術的な優位があるんですね。

藤本 レベルが高いですね。最近だと海外も追いついてきていますけど、少し前までは大きく引き離していました。

村上 サムナーはストレングスという印象がありますけど。

藤本 はい。サムナーは身体がとにかく強いですね。じつは彼はノーギアはそんなに強くないんですよ。サムナーのマックスは260キロ。僕のノーギアは265キロだから、勝っているくらいなんです。でも、フルギアになると70キロくらい負けてしまうんです。

村上 ギアの効かせ方とかが違うんですかね?

藤本 そうですね。僕はそこは身体の強さの違いだと思うんです。重量級ともなると、ベンチシャツから身体にかかる圧力がすごいです。それに耐えるためには、ノーギアとは違う、別な身体の強さが必要になるんです。そこがサムナーは本当にすごいんだと思います。

フルギアの圧力とは?


村上 僕もスクワットスーツを着てやってみたことがあります。かなりキツいものですよね。だからベンチシャツも相当なものなんだろうと。

藤本 キツいですよ。でも、それをコントロールできるようにならないと、最大限に効かせきれない。じつは最近、スクワットを始めようかなと思っているんですよ。

村上 そうなんですか?

藤本 パワーリフター(3種目)の人のベンチプレスはすごく安定しています。それはスクワットをすることによる体幹の強さが影響しているんじゃないかと。これはあくまで僕の勝手な仮説です。村上さんのように365キロとかまではいかないと思いますけど、200キロ台後半までいければ、競技にプラスになると考えています。

村上 スクワットの強さがベンチプレスに影響してくるということですね。

藤本 フルギアに限った話ですね。ノーギアの場合はほとんど関係ないと思います。ベンチシャツを着たときは、ボトムで圧力がマックスになるのですが、そのときに耐えられる下半身と体幹があったならば、ボトムがぶれないはずなんです。

村上 相当な圧力なんですね。藤本さんは最初からベンチプレス(1種目)だけなんですか?

藤本 もともとはパワーリフティング(3種目)をやりたいと思っていました。でも、パワーリフティングのジムに入って半年くらいしたときに、お尻を怪我してしまったんです。スモーデッドをやっているときに、筋膜が切れたか何かで、そこまで重症ではなかったんですが。それ以来、ずっとベンチの練習ばかりやるようになってしまって、気がついたらベンチプレッサーでした。

村上 藤本さんがパワーリフティング(3種目)で戦っている姿も見てみたいです。

二人が戦ったらどうなる?


藤本 そうですね。それこそ、僕ら2人で3種目で勝負をしたら面白いんじゃないですか。僕がしっかりスクワットとデッドリフトをやれば、トータルの数字がいいところで同じくらいになるかもしれませんよね。

村上 僕はベンチプレスが超苦手なので、そこは引き離されると思います。

藤本 たぶん、スクワット+ベンチプレスが二人とも同じくらいになって、デッドリフトでどうなるか、みたいな(笑)。展開としてはすごく面白いかもしれません。

村上 いいですね。戦ってみたいです。

藤本 村上さんの本業の重量挙げが落ち着いたら、ぜひこっちに。

村上 一回、がっちりパワーリフティング(3種目)だけの練習をしてみたいです。

藤本 やはり、重量挙げをやりながらだと厳しそうですよね。

村上 はい。とくにデッドリフトとか、重量挙げのとは形が違ってくるので。パワーリフティングの効率的なデッドリフトをやってみたいですね。

藤本 重量挙げではクリーンプル、みたいな言い方をしますよね。クリーンの動作で持っていって、みたいな。

村上 はい。不自然なくらいに垂直に持っていかないと、上がってこないんですよね。だから、ナチュラルに引くよりは重量が落ちてしまう印象です。あとは僕はフックグリップなので、オルタネイティッドグリップの練習をしないといけないです。

藤本 専門的にやるとなれば、そういう準備が必要になりますね。

フルギアのエモさとは?


村上 最初からフルギアの大会に出ていたんですか?

藤本 トレーニングは13歳からがっちりやっていたんですけど、パワーリフティングの試合は14歳からしか出られなくて、それで僕が試合に出たのが2014年。その当時は、ノーギアのベンチプレスの世界大会がなくて、全日本でもノーギアよりフルギアのほうが盛り上がっていました。だから、ベンチプレスをやって世界大会を目指すならフルギアという当然の流れだったんですよね。今でこそ、ノーギアのほうがちょっと主流になっていますが。ただ、フルギアのパワーリフティング(3種目)ほどは衰退していないかもしれませんね。あとは、もともとYoutubeで見ていたのも、フルギアベンチが多くて、憧れが強かったと思います。400キロを挙げるとか、そういうのがカッコいいなと。

村上 僕も中学生の頃、重量挙げをやる前から、パワーリフティングの動画をYoutubeで見ていました。だから、パワーリフティングといえば、フルギアというイメージがあります。

藤本 2010年ごろということですよね。

村上 そうですね。なので、そのときの憧れから、最近、フルギアを着させてもらったんです。なんかハードコアな感じがしますよね。

藤本 なんかいいですよね。昔ながらのパワーリフティングという感じで。

村上 エモさがありますよね。

藤本 フルギアスクワットはやってみてどうでしたか?

村上 いやあ、難しいですね。別競技だと思いました。重量挙げ選手は普段、全然効かないニースリーブを履いてやってますから、あのキツさに慣れなかったです。

藤本 村上さんくらいの競技レベルになってしまうと、フルギアスクワットで400キロをできるようになったとしても、本業にプラスになることはないですからね。すごいですけど、リスクのほうが大きくなってしまうという。

村上 フルギアのほうが怪我も多いですよね?

藤本 そうですね。サムナーも言っていたんですけど、ある程度のレベルを超えてくると、ベンチシャツが身体を守ってくれるという側面より、その重量による圧倒的暴力みたいな側面のほうが勝ってくると思います。370キロや380キロを練習でやっても、身体へのダメージはそこまで大きくはないんですが、400キロ以上を練習で持つと、その日は寝られないくらい、前腕に成長痛みたいなものがくるんですね。

村上 もうむしろ、骨がつらい(笑)

藤本 はい。骨がきしむ痛みというか。冷やさないとつらいんです。それが400キロを超えたくらいの話なので、ちょっと寂しいですけど、僕の人間的な限界が来ているのかなあと思ってしまいます。

村上 ベンチプレスは前腕にものすごい負荷がかかりますよね。

藤本 はい。リストを巻いているとはいえ、前腕はほぼ生身なので、骨の部分を一番に気をつけないと、摩耗してしまうかなと。

村上 壁という意味では、僕もスクワットで300キロを超えてきたあたりから感じています。重量挙げのバーってすごく柔らかくて、300キロ以上になると、しなりがすごいんです。揺れて体幹トレーニングみたいになってしまいます。

藤本 バイブレーションスクワットみたいなものをtwitterにあげていましたよね。

村上 最近SNSはネタに走っちゃっているんですけど(笑)

藤本 でも、重量挙げのバーは本当にしんどそうですよね。

バーは硬めがいい?


村上 はい。はじめてエレイコのパワーリフティングのバーを握ったとき、あまりの硬さにビビリました。

藤本 慣れるまではちょっとやりにくいかもしれません。ボトムのリバウンドがないですから。けど、サムナーはエレイコのバーは柔らかすぎると言っていました。

村上 そうなんですか?

藤本 フルギアで500キロとかをやるとなったら、エレイコのバーではめちゃくちゃ揺れると言っていて。ちなみに、IPFじゃない、他団体のスクワットバーは、直径35mmとかあるんですよ。

村上 普通は29mmとかですよね?

藤本 はい。普通はそうです。だから35mmのバーを使うと全然ぶれなくなるらしいです。

村上 それは僕らが知らないようなマイナーなメーカーの製品ですか?

藤本 エレイコとかイバンコではないです。僕がベンチプレスをやるときも、フルギアで300キロを超えてくると、イバンコの28mmのバーだと、けっこうコントロールができなくなってきます。

村上 イバンコは公式のメーカーですかね?

藤本 はい。公式なんですけど、28mmと29mmでは全然違うんですよ。28mmだと手の細かい振動とかが、バーに伝わってしまいます。

村上 バイブレーションベンチプレスみたいになってしまう(笑)

藤本 そうです。同じ状況になってしまうんです。

村上 面白い共通点がありましたね。高重量ゆえの悩みというか。

藤本 バーはエレイコの29mmとかでないとしんどいですね。高重量ゆえの悩みということでいうと、僕の場合、フルギアベンチプレスなので、周りを巻き込むというか。補助がいないと競技ができないというのがあります。

村上 補助は僕くらいの体格の人が必要になってきますよね。

ノーギアとフルギアの違い


藤本 フルギアベンチプレスはノーギアと違って、予想もしない潰れ方をするんです。いきなりバーを落としてしまったり。だから、補助の人たちには迷惑をかけまくりですよね。

村上 お腹方向に落ちるとかもありますよね。

藤本 あります。あれはテンションが垂直にかかっているのが、ちょっとでもずれてしまうと、前腕が倒れてしまって、お腹側に投げちゃいます。

村上 命がけですね。

藤本 はい。セーフティがあるので、死ぬことはないですが。ノーギアだと変な潰れ方もしないし、補助の人が予測できる範囲内での動きなのですが、フルギアは軽い重量(200キロ)とかでも、競技者の負担がゼロになる潰れ方をすると、補助の人が200キロをまるまる支えなくてはいけなくなるので、けっこう大変だと思います。

村上 重量挙げの場合は、バーが硬いよりも柔らかいほうがよい部分もあるんです。一回、しゃがんでから持ち上げるときに、反動をつけるんですが、バーがしなったほうがよく挙がります。重量挙げではエレイコのバーが一番柔らかいです。バーに関してはパワーリフティングと重量挙げでは正反対かもしれませんね。とくにジャークは柔らかいほうが挙がる気がします。ただ、反動という意味では、ベンチプレスも足で押す気がするんですが?

藤本 止めなしのノーギアの場合は、そうしたボトムの反動があるかもしれないです。でも、フルギアベンチプレスは受けた瞬間からずっと蹴っていて、圧力に耐えられるように足でガーっと迎えに行く感じなので、反動というイメージではないかもしれません。

村上 フルギアとノーギアはそこも違うんですね。

藤本 けっこう違いますね。圧力に負けないということが第一目標になります。フォームが崩れないように足を使っている感じです。僕の場合はノーギアも形としてはそうで、アーチが崩れないように足を蹴り続けるという。

村上 藤本さんのノーギアは足で反動をつける感じではない?

藤本 足の勢いで、というイメージではないです。

村上 それは未熟な人が使うテクニック?

藤本 いや、そんなことはないです。ただ、タイプ的に僕は違うということですね。

村上 そうなんですね。僕は藤本さんにベンチプレスを教わりたいです。

藤本 ぜひ札幌に来てくださいよ。今、村上さんは東京にいらっしゃるんですか?

村上 はい。東京です。

藤本 逆に僕が東京に行くタイミングがあれば、連絡させていただきますね。

村上 コロナ禍になる前は、毎年、合宿で北海道に行っていたんです。全日本でも行きますし、富山県の国体合宿でも行ってました。それが最近ではなくなってしまったので、寂しいです。

藤本 飛行機に乗ること自体、減ってしまいましたよね。でも、村上さんは国際大会には行けている感じですよね?

村上 今年はウズベキスタンとコロンビアと二つ。合計4週間の隔離をされましたけど。

藤本 それは大変ですね。ウズベキスタンはコロナに対してどうでしたか?

村上 日本よりは全然気にしていない感じでした。空港の検査がだいぶ違います。ウズベキスタンもコロンビアも、全然うるさくありません。なので、日本の空港がしっかりしているのが、よくわかりました。ところで、海外に行くと日本食はおいしいなと思いませんか?

藤本 僕はアメリカに住んでいたことがあったので、舌は欧米人かもしれないです。

村上 アメリカにはどれくらいの期間いたのですか?

藤本 3年間いました。

村上 だから英語ができるんですね。

藤本 そうなんです。7歳から10歳までいました。

村上 かっこいいですね。

藤本 全然ですよ。

重量級の選手になった理由


村上 アメリカにいたことが、パワーリフティングを始めたことにも影響したんじゃないですか?

藤本 直接の影響はないですけど、今思い返してみたら、英語が喋れることによって、Youtubeとかで最初に入ってくる情報が、日本のベンチプレスじゃなくて、海外のベンチプレスだったというのはあります。だから、重量級志向が強くなったんだと思います。やっぱり海外の選手をみていると、超級の選手が一番有名ですから。

村上 アメリカの選手はでかいイメージありますよね。

藤本 そうなんです。僕が競技を始めたとき、13歳で160センチ59キロくらいだったんです。そんなに大きいほうではありませんでした。でも、その時点で超級になるって決めてて。

村上 そうなんですか?

藤本 だから食べまくって食べまくって。もともとの体質的にはこういう身体になるようなタイプではないんです。今も維持が大変ですね。ちょっと忙しくなって、食事がとれなくなると、すぐに体重が減ってしまいます。

村上 維持するために多く食べているんですか?

藤本 はい。維持するのも大変だし、増やすとなるとさらに大変です。

村上 今は何キロくらいあるんですか?

藤本 最近は学校の試験などがあって、忙しさから減ってしまって、130キロくらいだと思います。

村上 身長はどれくらいですか?

藤本 身長は177センチです。

村上 あ、僕と身長は一緒くらいですね。

藤本 村上さんは普段何キロくらいなんですか?

村上 142キロくらいですかね。

藤本 僕の一番重いときの体重でそれくらいです。

村上 そのときはパワー(筋力)はどうなるんですか?バーベルは軽く感じますか?

藤本 感じます。全然違いますね。今年の全日本で380.5キロを挙げたとき、体重が140キロちょいだったんです。体重を増やすのはしんどいんですが、増えれば増えた分だけ、ベンチプレスの調子はよくなります。本当は150キロとか160キロになりたいんですけど、あまり増えてくれないです。村上さんはtwitterとかをみると、逆に増えちゃうみたいに書かれてますよね?

村上 そうなんですよね。僕も競技を始めたときは、藤本さんと一緒で、重量級になりたいなあと思って、めちゃくちゃ食事をとってました。僕が13歳のときは、身長が少しあって、70キロくらいで、細身だったんですけど、その後、体重がガンガン増え出してからは、むしろ落とせなくなってきちゃって。今は頑張って落としているんですよね。ぼおっとしていると食べてしまう。僕は食べるのがあんまり苦ではないんです。

藤本 なぜ体重を落としているんですか?

村上 重量挙げの場合、最重量級は体重が増えすぎるとちょっと良くないというか。僕の持論なんですが、競技で股関節を激しく伸展させたり、屈曲させたりするとき、腰椎などが不安定になりやすくなるかなと。お腹が出たり、全体に脂肪がつくと、それが起きる気がします。たぶん、動作的に激しいから、エラーが起きやすくなると思います。

藤本 それはあるかもしれないですね。逆に僕は今、200キロになれるなら、なりたいです。

村上 それでベッドから起き上がれますか?(笑)

藤本 ベンチプレス以外何もできなくなっちゃうでしょうけど、短期間なら(笑)

どんなトレーニングをしてる?


ーー藤本さんはマシントレーニングをしていますか?

藤本 はい。ただ、ベンチプレスとは分けて考えています。ベンチプレスが強くなる(最終出力が増える)ときって、身体が大きくなるか、ベンチプレスがうまくなるかのどちらかです。そして、身体を大きくするためのトレーニングと、ベンチプレスがうまくなるためのトレーニングはまったくの別物です。前者は、体重が10キロ増えたら、身体が大きくなって、最終出力が増えるという考え方で、それはダンベルやマシントレーニングで鍛えています。後者は、たとえば、体重60キロの人が、ベンチプレス100キロから110キロまで記録を伸ばすことがあるんですが、それは神経が強くなるというか、まだはっきりとは解明されていないんですが、身体の大きさが変わらず、筋量が増えていないのに、最終出力が増えるという現象で、これはベンチプレスの競技練習をすることで鍛えていきます。

村上 最終出力を増やすという意味では、プロセスは一緒だと思います。最初に身体を大きくしてから、スクワットとデッドリフトをしながら筋力を伸ばしていきます。重量挙げでは、それにプラスしてスピードの要素があります。競技練習をしながら100キロなら100キロでのスピードを高めたり、150キロでのスピードを高めたりして、そうやって筋力とスピードをコーディネートしながら、最終出力を増やしていきます。僕の場合はこの3段階を3つのシーズン(筋量を増やす→筋力を増やす→スピードを増やす)にわけて取り組んでいきます。

藤本 速さを出さないといけないというのは、パワーリフティングにない要素ですよね。それはスキル要素であり、フィジカル要素でもあるので、難しそうです。重量挙げはベンチプレスよりもいろいろ考えることが多そうですね。

村上 筋力とスピードの調整をしながら最終出力を強化していく作業は、筋力の強化よりもさらに研究されていない分野だと思います。どうやって高めたらいいのか、僕もよくわからないんです。スピードを高める練習をずっとしているよりも、その前に筋力を高めておいたほうが、力が強くなる分、スピードを高められる余地が増えると思います。なので、僕は筋力の強化が一番大事な要素だと思っていて、3段階に分けた3シーズンのうち、3番目のシーズン(スピードを増やす)は自分の中では過小評価しています。それよりも、2番目のシーズン(筋力を増やす)に重きを置いています。そして、この筋力を増やすという部分は、パワーリフターさんが一番詳しいんじゃないかと思っていて、彼らにスクワットやデッドリフトをどうやって鍛えているか、よく教えてもらっています。

藤本 僕もピラミッドでいうと、一番下の土台部分には筋力があると考えています。日本のベンチプレスの話ですが、テクニック要素を過大評価し過ぎという部分があります。もちろん、テクニックは重要ですが、テクニックだけでベンチプレス400キロが挙がるわけではないです。

村上 重量挙げ選手もやはり技術に走るんですよ。悩めば悩むほど、技術練習をしてしまって、逆に伸びないという負のスパイラルに陥ることが多いです。軽量級に関しては、技術練習で必要な筋力が付いて、それでうまくいったりもするんです。でも、重量級はそれではうまくいかないので。重量級の選手には、技術練習ではなく、筋力トレーニングをしたほうがいいよ、と相手がスランプのときほど言いたいです。

筋量は絶対に力か?


藤本 それはめちゃくちゃ思いますね。たとえば、ボディビルダーのロニー・コールマンは僕よりベンチプレスが強いんです。

村上 そうなんですか?

藤本 ノーギアベンチプレスの回数で、225キロを10発できるんです。僕は本当に調子がよくて、7発か8発がやっとです。ロニー・コールマンが僕よりベンチプレスが強いっていうのは、筋力こそが決定的な要素だってことですよね。筋量はやっぱり大事という。そんなふうに、前提として筋力が絶対に必要な競技だとうことが、一周回って今は忘れられている気がするんです。

村上 藤本さんの言う筋力というのは、筋断面積的なことですかね?

藤本 そうかもしれないです。僕は筋量と筋力をそこまで大きく区別して練習していないかもしれないですね。

村上 筋量がないと上がるものも上がらないよ、という。

藤本 そうですね。

村上 でも、ロニー・コールマンはけっこう、薬物を使ってしまっていますよね。

藤本 それは間違いないですね。だから単純比較はできないでしょうけど。でも、あれくらいの筋量があるから、フォーム調整や競技練習をしなくても、ある程度の重量が上がってしまう。

村上 そうなんですね。

藤本 僕はオフシーズンでも、競技練習を休んで、ひたすら筋トレをやりこむような時期は作らないようにしてます。ベンチプレスをやりつつ、補助種目をやりつつ、アクセサリー種目もやって、身体をでかくしながら、筋力も強くしていくというイメージで練習しています。というのは、筋量を増やすトレーニングに重点を置いたときに、それは筋力を伸ばすトレーニングの支障にはそれほどならないと気づいたんです。たとえば、ベンチプレスの競技練習をして、ナローで5発5セットやって、胸のトレーニングをやって、肩のトレーニングをやって、としたときに、これは年中できるなという結論になったんです。

トレーニングは時期で変える?


村上 そのトレーニングはマシンで低重量高回数?

藤本 そうです。マシンだったり、ダンベルだったり、いろいろやります。そうなったときに、明確に時期を分けるのは、自分にとっては必要ないのかなと。もちろん、試合が近くなったら、ベンチプレスの特異性もありますから重点的に競技練習をしますし、疲労が溜まってきたら、筋トレを休みます。そういう重要度の分け方はありますが、試合一週間前だから筋トレは一切しないとか、そういうことはしないようにしてます。

村上 それは意外でした。試合の直前でも筋トレをするんですね。

藤本 はい。ただ、疲労を考えてするようにはしています。逆に、試合が近くない時期は、競技練習の2日前とかでも、胸のトレーニングをしっかりやって、たとえ競技練習に響いてもしょうがないかな、くらいの気持ちでやっています。もし支障が出たとしても、トレーニングを期間で分けて、たとえば、筋肥大期→筋力期、みたいに分けるよりかは、時短で効率的なのかなと。

村上 腕トレとかも試合前にするんですか?

藤本 しますね。でも、それもRPEで言ったら7とか、けっこう3発残しとか、余力がある感じでやります。

村上 重量挙げ的には支障があるような感じがするんですよ。低重量高回数の練習は。

藤本 筋肉痛が残ってしまうとか?

村上 筋肉痛とはまた違うと思いますね。僕の個人的な感覚として、速度が落ちたり、可動域が制限されたりします。だから、競技練習を重点的にする時期から遠く離したいという意味で、筋トレを多くやるシーズンがあってもいいんじゃないかなと。

藤本 なるほど。重量挙げにはベンチプレスにはない「スピード」という要素が入っているので、そういうやり方になるんですよね。僕の場合、胸トレとか肩トレが競技練習の支障になるとしたら、そこの筋肉がダメージを受けて出力が上がらないというときだけです。感覚がずれてしまうとか、そういうのはあまりないです。ただ唯一、背中のトレーニングだけは、よく考えてやらないと、ダメージがあると受けの感覚がけっこう変わってきてしまいます。だから、背中だけは注意しながらやってます。

村上 重量挙げも、腕と胸は注意してますね。

藤本 けっこういいますよね、腕をやらない、胸をやらない、ということを。

村上 昔の指導者はベンチプレスは絶対させなかったですね。でも、僕はそれは間違いだったと思っているんです。ただ、試合が近くなっているときに、腕や胸をやると、感覚が変わってきてしまうというのはあります。フォームだったり、力の使い方が変わってくる感じですね。だから、そういう時期は控えめにしていますね。重量挙げって、けっこう脱力が必要なんです。

藤本 そういうイメージありますね。

村上 僕の場合は、クリーンデッドリフトは、上半身が完全に脱力してから引く、というのに近いですね。ですから、そこで筋トレとかをやって腕や胸に意識が入っちゃうと、力みにつながってしまうという。

藤本 なるほど。

村上 逆に、ベンチプレスはずっと力(りき)んでいる感じがします。

藤本 はい。どこかが固くなったから、支障が出るとかは少ないかもしれないです。たとえば、僕は身体がでかくなって、アーチの高さ=ベンチプレスのブリッジの高さ自体は、低くなっているんです。

村上 身体がでかくなったのに、低くなるんですか?

藤本 低くなってます。身体を反らせるときに、肉が邪魔になりますから。でかくなると、何でも動きが悪くなって、動かなくなってきますよね。でも、それよりも、でかくなったことによって、筋力が強くなるという恩恵のほうがはるかに大きいです。なので、本質的に脱力の必要がないから、今のトレーニングスタイルになっているんだと思います。

食事はどうしてる?


村上 でかくなるために、毎日無理をして食事をとっているわけですよね?

藤本 毎日無理をして食べてます。無理して食べないと決めた時期は、体重がどんどん減っていくんです。

村上 プロテインをいっぱい摂るという感じですか?

藤本 一応、PFCを考えて、食事とサプリメントでやってますね。サムナーから聞いて、チキンシェイクというのを最近やっています。

村上 サムナーのはやばいですよね(笑)

藤本 でも、僕も真似してあれをずっと飲んでいて、だいぶ美味しく感じてきました。日本人流に少しアレンジをしています。一食分のレシピは、鶏胸肉300グラムと、そばを一玉と、全卵2個と、小魚と、ほうれん草を少々、それに水を入れます。それで全部で1リットルくらいになります。最後に混ぜるときに、鶏ガラスープの素を入れるんです。そうすると美味しく感じますね。

村上 僕もサムナーのをみたのですが、チキンシェイクはきついから、全部卵にしようと思って、10個くらい入れて作ってみたら、身体に合わなくて止めてしまいました。

藤本 そうなんですね(笑)。でも、チキンシェイクはすごい楽なんですよ。1食分がだいたい1000キロカロリーくらいになりますが、1000キロカロリーを普通の食事で摂ろうとすると、まあまあの時間がかかりますよね。でも、飲むってなると、30秒で飲めてしまう。忙しい時期とかは、ああ、楽だなあと思いながら飲んでますよ。

村上 胸肉はもちろん、加熱してあるんですよね?

藤本 もちろん茹でてます。

村上 すごいな。ストイックですよね。

藤本 ただ、そういうふうにストイックにできる時期が限られているので、試合後にけっこう弱るんですよ。

村上 試合後はやっぱり嫌になりますか?

藤本 モチベーションを年中保てるわけではないですね。ベンチプレスは好きなんですけど、ずっと無理して食事をするのは好きではありません。そこは努力部分ですよね。努力が薄れてくると、今みたいに体重が130キロくらいに減ってしまいます。

村上 努力していないと、1日3食、それも少なめになっちゃうんですか?

藤本 そうですね。普通の人の食事がいちばん楽ですよ。

村上 1日3食でほんとに満足なんですか?

藤本 満足です。それは普段過食しているからだと思います。今、自由にたくさん食べろと言われても、4食で合計3000キロカロリーくらいになりますね。

鳥胸肉は飲む専用?


村上 それは自分の中では頑張って食べているんですか?

藤本 そうです。一番増やしている時期だと、1日8食とかです。

村上 ジャンクフードとか、ダーティなものに頼るという考えはないんですか?

藤本 ダーティなものにすると、死んじゃいそうで。

村上 笑

藤本 ただでさえ、どんなにクリーンな食事をしていても、140キロですからね。これでジャンクを食べ始めたら、死ぬんだろうなあと思います。だから、ちょっと罪滅ぼし的な意味で、最低限は気をつけています。

村上 けっこう脂質がない感じで、1日4食とか8食とかですか?

藤本 まあ、結果として脂質はそれなりに摂ってますけどね。卵とか食べていますから。

村上 僕はそんなに気にしていないです。けっこう量を食べたいので、プロテインパウダーで調節するくらいです。モチベーションが高い時期は鶏胸肉も食べたりするんですけど、あれはなんか続かないですよね。

藤本 僕も食べるのは鶏胸肉はダメでした。食べるのは鳥もも肉にしてます。鳥もも肉だとけっこう美味しく食べられますね。

村上 そうですね。僕も鳥もも肉なら食べられます。

藤本 鳥胸肉は飲む専用です。

村上 名言でましたね。「胸は飲む専用」。あとで詳しいレシピを教えてください。本気でやってみたいです。

藤本 はい、送ります。本当にけっこう楽だと思いますよ。慣れたら(笑)
                                                (後編に続く)


対談プロフィール

藤本竜希(ふじもとりゅうき)
ベンチプレス120kg超級選手。21歳。身長177cm、体重140kg。7歳から10歳までをアメリカで過ごし、14歳からベンチプレスを始める。北海道札幌南高校卒業後、旭川医科大学に進学(現在4年生)。フルギア全日本選手権120kg超級を3連覇(2019年、2020年、2021年)、フルギア世界選手権ジュニア120kg超級優勝。現在、フルギアベンチプレス380.5kgの日本記録保持者。twitter→@hokkaidosuper
note→note.com/benchpress

村上英士朗(むらかいえいしろう)
重量挙げ109kg超級選手。26歳。身長178cm、体重135kg。13歳で重量挙げを始める。富山県立滑川高校卒業後、日本大学文理学部に進学。全日本選手権109キロ超級でを2連覇(2018年、2019年)、IWFワールドカップ優勝(2019年)。現在スナッチ190kg、ジャーク231kg、トータル416kgの日本記録保持者。




編集協力:BRIDGEWORKS

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