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【短編】最後の大統領(2/6)

第1章:旅の始まり


 定期メンテナンス用の、再起動チェックが完了した。順に体のモジュールが起動する——先ずは聴覚がその会話を捉えた。

「前に会った時から思っていたんだが、なぜ人型なんだ」澄んだ低音の人間の声を確認。これはご主人であることを認識。
「良い質問だな」こちらもやや通る声。若干高い音域を確認。これは配達人兼メンテナンスの人と確認。
「端的に言えば、それがここに一台しかない理由でもある」
「全くわからん」

 各種モジュールのチェックが進む中、私もその理由を考えてみる。確かに合理的ではない側面がある。しかし、それ以上に人間のそばに寄り添う、という観点なら多分なメリットがある。おそらく、その辺が理由なのだろうか。

「1つは人間に近づけることで、感性をも近づけようとする試みだ」配達人は続けた。「例えば空を飛んで移動する者と、街を歩いて移動する者とでは物理的な視点が違ってくる」
「なるほどね。こいつに飛行能力がないことがわかって残念だ」ご主人は皮肉口調で返したようだ。
「2つめはマーケティング的な意味合いだ。無機質なよくわからない物体相手との対話をアピールするより、人間に近い形が売りやすい」
「俺は人間が嫌いなんで、あまりそうは思わないがね」

 起動した視覚がようやく2人を捉えた。配達人はご主人を向いているが、ご主人は背を向けているようだ。配達人の表情は真剣で、ご主人は無関心を装っている。
「だが、ここで現実的な問題にぶつかる。例えば、人間を完全に模倣したロボットと、こいつのような執筆特化型ロボット、同じ価格ならどっちを買う」
 ご主人は少し考え込んでから、冷めた口調で答えた。「どっちも欲しくない。邪魔だ」
「普通の人間は前者を選ぶ。それがこのプロトタイプ1台しか作られなかった理由だ。もっとも、他にも問題はあるが——」

 起動完了の電子音が鳴る。
 ご主人は私に視線を向け、「これでいいのか」と問いかけてきた。
「はい、自己チェック完了しました。異常はありません」可能な限り凛とした佇まいで私は答えた。
「ご主人様、どのようにしましょう」
 うおおと情けない声をあげながら、ご主人は背中を向けた。「それはどうにもこそばゆいし趣味じゃない、二度とそう俺を呼ぶな」
「では何と」私はその背中に語りかけた。
「俺を呼ぶな」そのまま奥の部屋へと消えていくご主人。ご主人——。

「あんまり虐めるなよ」そう言い、配達人は鼻で笑いながらインスタントコーヒーを開けた。ポン、という音が鳴ったからか、「勝手に淹れるな!」とその奥の部屋からご主人の声が聞こえてきた。
「ところであいつは俺のことは何と登録したんだ?」配達人はその声を無視して、私に聞いてきた。
「はい、『配達人兼メンテナンスの人』と登録されています」
「なんとまあ、センスがない。売れない作家らしいな」そう呟きながら何かを思案しているようだ。「そうだな俺のことは『オセロット』と登録しておいてくれ」
「オセロット?はい、登録はしましたが、それは本名ではないですよね」
「本名である必要もないだろ」それはそうですが、と私は言いたかったことを堪える。

 配達人——オセロットは立ち上がり、コーヒーカップをシンクに置きながら言った。「俺はそろそろ帰るが、壊すなよ、これしか無いんだから」
 ご主人は奥の部屋から顔を出し、「そう何台も持ってこられたって、置けるスペースはここには無い」と呟く。
 オセロットは笑いながら、「あるならあと10台くらい倉庫からかっさらってこの部屋を埋めたいなぁ」と返した。
「それでついに横領がバレてクビになるのか、わくわくするな、それならば構わない」
 とんでもない会話をしているなと思いつつ、セラは2人の会話に耳を傾けて楽しんでいた。

「ああ、そうだ。もともとこれを渡しに来たんだ。前は急いでいたからな、渡しそびれた」そう言い、オセロットは机の上にボタンのようなものを置いた。
「なんだ?」奥の部屋からご主人は顔だけ出した。
「こいつの爆破装置だよ」オセロットは私を指さした。
「なんて悪趣味な——本気で言っているのか?」今まで見たこともない、怒り口調だったことに私は驚いた。
「緊急停止装置だ。なに、昔からあるものさ。ペッパーくんにもあっただろう」意に返さない様子でオセロットは続けた。
「知らん」
「使い方は言うまでもない。押せばこいつの頭が飛ぶ」
「頭が飛んだら私はどうなるのですか?」私は思わず聞いた。
「どうもこうも、思考や記憶を司る機能は、人間を模しているからな、頭部にある。いわゆる死にあたるのかもしれないな」

 死というものは知識としては知っているが、ほぼほぼ私とは無縁のもののように考えていた。それは人間や生き物だけが持つ、いわば活動のリミットである。そういう束縛から解放された我々にもあるといえばある。しかしそれは似て非なるものである。死、永遠の終わり。何もない。何も。それって楽しいことではないはず。なら、怖いこと?恐れること?

 去り際、私はオセロットに言う。言わずにはいられなかったからだ。「私は人間に危害を加えませんよ」いじけたように小声で言う。
「どうだか」ニヤニヤと含み笑いを浮かべて扉を閉める。私は正直、どうにも嫌な気持ちになった。嫌いだな、あの人。そう誰にも聞こえないように呟いた。

 とぼとぼと、ご主人がいる部屋に移動する。この部屋は寝室兼仕事場のようだ。さきほど居たリビングと隣接している。部屋の作りとしては、リビングを中心に玄関、キッチン、バスルーム、ご主人の部屋、それと私が入ってはならないと言われた部屋がつながっている。「あいつ、また手動でドアを閉めやがって、自動だから壊れるってのに」部屋に入るとご主人はぶつぶつと呟いていた。そして、コーヒーを片手に、電源のついていないモニターを見つめていた。
「古いモニターですね」私はそう話しかけたが、それには返事はしなかった。

「あいつは何と登録した?」
「はい、オセロットとしてほしいと」
「いやぁ、似てねぇなぁー」伸びをしながらご主人はそう叫んだ。
「ところで、俺のことは?」
「うーん、いえ、何も」
「そうなのか、てっきり変なことを吹き込んだのかと」
「……」

「1つ伺っても」少しの間があってから私は聞いた。
「なんだ」
「私のことも何か名前で呼んでくれればと」
「確かに、『おい』や『邪魔だ』と言うのは時代錯誤だな。何と呼ばれたい」
「一応、愛称が設定されていますが、セラ、はどうでしょうか」
 その時急に表情が硬くなったのを感じた。何か踏んではいけない地雷の可能性が頭をよぎる。ご主人は若干目線を逸らしながら前を向いて、「良い名前だな」とだけ呟いた。
 私は何か言葉を返した方が良いかと思案したが、結局「ありがとうございます」とだけ言って部屋を出た。その時はなんとなくそうした方がいい気がしたからだ。

 * * *

「おい、おい、セラ、聞いてるのか」私の頭上からの声で現実に戻された。
「あっ、ごめん、何も」そう答えながら、頭上のけだまをなでる。
 私たちは今、夜明け前の裏路地を駆けている。業務用エアコンの室外機や、配線に足を取られないように、注意しながら目的地を急ぐ。移動するなら暗いうちに。なるべく"ロボ目"につかないほうがいい。
「目的地まであと5分くらいか」けだまはそう言いながら、前足で私のおでこをペシペシ叩いてくる。
「このまま何もなければね」私はそう返す。
「嫌なことを言うなよ」けだまはぼそっと呟き、じっと頭の上で縮こまった。
走っているとわかる。建物の隙間から時折射す強い光が、より一層の暗い影をこの裏路地にもたらしている。時たま見せるその光に目が眩みそうになって、私は空を見上げる。
 見上げると増改築とメンテナンスを続けたビル群がずっと不気味にそびえているのを実感する。もともとは人間の住む息吹があった。今はもうそれがなくなってずっと久しい。それが不気味さを際立たせているように感じた。

 そうしてしばらく走っただろう。眼前には少しひらけた場所が広がった。その脇には、壊れた機械、ロボットの残骸が雑然と積み上げられている。壊れたロボットのスクラップが散らばる、荒涼とした場所だ。
「確かこの辺に居たはず」けだまは呟く。
「寂しい場所」私はそう呟いた。
「不気味だな」けだまも頭の上できょろきょろと見回しながら続けた。ここは、いわゆる管理外が行き着く場所の1つでもある。メンテナンスされなくなった者は、遅かれ早かれこうなる。
「でも、どうせこうなるなら、私は捕まってリサイクルされたいかな」錆びた誰かの頭部を見つめながら、私は呟いた。こうして雨風にさらされ、錆びて腐敗していく様を見ると、どうしてもそう思ってしまう。

 この街ではとどのつまり、自分自身の有用性を証明出来なければ生きることはできない。生きるというと語弊があるが、ともかく存在価値を証明しなければならない。人間のように呑気でいられないのだ。改めてそれを思い知らされる。
「ところで」私はけだまに問いかける。
「なんだ?」けだまは振り返る。ヒゲが風になびいてヒクヒクと動いている。
「けだまの存在意義って」
「それはお前の傍に居る、それだけだ」
「遺言通りの?」
「そうだ」
「楽でいいね」
「そうでもない、こうしてお守りをしないといけないからな」
 思わずけだまを放り投げる。宙を舞うけだま。
「いてっ」がれきの山に落ちた毛玉は声を上げる。

「うるさいなぁ」瓦礫の山からけだまとは別の声がする。バラバラと瓦礫を避けて出てきたのは、探していたロボだった。
 2112年記念モデル。前所有者はどう使っていたのだろうか。あるいは経年劣化なのだろうか。どうにも原形を留めていない。けれど、なんだろうか、それでもその個体が持つ親しみやすさは感じられる。不思議なものだと思った。
「君たちがここへきたのは、おおかた物語をどう終わらせるか、その相談に来たんだろう」彼は言う。
「終わらせるつもりはない、だからここへ来た」けだまは強く言った。
 ふん、と鼻で笑いながら、腹部にあるポケットをまさぐる。相変わらず整理整頓が苦手なのか、20秒ほどもぞもぞして、そうして出してきたのは紙ペラ1枚だった。
「なんだこれ」
「ここから見えるタワーの案内図だよ。内部の」面倒くさそうな顔をしつつ、その紙をひらひらと動かしている。

「ただ、これからの話は、あくまで可能性の一つだ」そう前置きをし話を続けた。「大統領が亡くなったのは周知の事実だ」
 知らない者はいないはずだ。基本的に重要な情報は直接、それぞれの処理装置に送られてくる。ゆえに多少の時間差はあっても、1日と各個体の認識に齟齬が生まれることはない。ごく一部の個体を除いては。
「我々がこの後どこへ向かうべきか、それが極めて曖昧になっている。それを憂慮してか、遺言とでも言うべき手紙が残されているそうだ」
「それが、あのタワーにあると」けだまは地面から彼を見上げ言った。そうだ、と頷きながら彼は続ける。
「いくつか厄介な問題がある。それは、その手紙を読むように、と指示された個体が居ないそうだ」
「指示にないことはできない」私は返した。
「ただ、お前らは違う、随分と広い指示で動いている。だからこうも解釈できる。その手紙は、創作に役立つネタが書かれているだろう」
「ちょっと無理がないか」けだまは半笑いになりながら返した。
「無理でもなんでも、要するに、その手紙の中身を確認してほしい、というのが今回の依頼だ」彼は紙を私に渡しながら話を続けた。

「その手紙には、この街、この国、この世界の心臓部のアクセスコードが記載されているかもしれない。それを使って、お前らは追われることはなくなるし、俺は俺でよりいっそう自由に振る舞える」一呼吸おき、続けて彼は言った。
「今回、情報料はそのコードと引き換えだ。使えるものなら、お前たちを自由にする、それは絶対に約束する」
「もしもそうでなかったら」けだまは問いかけた。
「そうだな、確かにボケてしまって、なんでもない戯言が書かれているかもしれないし、そもそも手紙なんて無いかもしれない。ただ、お前たちはこれ以外の選択肢はそう無いように思うが」
 確かにその通りだ。藁にもすがる思いなら、この提案は藁よりも確実な気がする。ならいっそ——

「これまでの恩だ。もしこの話に乗り気じゃないなら、その辺のスクラップに埋まっていればいい。半日程度は猶予が生まれる。あとはご存じ」そう言いながら、ガラクタの山を指差す。
「まあ、そんな悪い冗談は置いておいてだ、容易じゃないだろう」けだまは嫌そうに、縮こまりながら彼に問いかけた。
「そりゃそうだ、警備ロボがいる。百戦錬磨のロボ。警告なしに壊しにくるだろう」

 彼とけだまが話している中、私はあのタワーを改めて眺めた。私が開発された場所でもあり、古くからその佇まいは変わらない。ただ、それを眺めても懐かしさと言う感情はわかない。なぜだろうか。意図的に意識しないように、そう潜在意識にインプットされているのだろうか。しかし何故。いや、そんなことは杞憂なのか。単にそこに当たり前にあって、日頃から意識していなかっただけなのか。じっとタワーを眺めていたとき、不意にずっと前にもらったカードキーがあることを思い出した。

「私あの、カードキーを持っています」私は、ポケットからカードキーを取り出した。カードキーにはLv.3セキュリティーエリアの文字と、あのタワーの写真が印刷されている。
「これは……なぜ持っている」彼は驚き、体をわずかに起こしカードを見つめた。
「最高権限のカードキーじゃないか」けだまも驚いてこちらを見つめてきた。
「存命だった頃に、オセロットさんからもらいました」
「誰だ」という彼に向かい、私は話を続けた。「わかりやすく言うと、私をご主人のところに運んできた人です。ご主人からは、なら『ヒューイ』が妥当だ、と言われましたが、ややこしくなるので、今はそう呼びました。ああ、本名は結局わかりませんでしたが、その」
「なんでそんなしどろもどろなんだ」けだまは少し笑いながら私の頭の上に乗ってきた。
「それは——」私は可能な限り言葉を選んで続ける。
「その時は、確かに謝罪にしてはどうにも過剰に感じました。けれど、今だからわかります。なんとなく、こうなることを予感していたのではないか、と」
「出来過ぎじゃないか?」けだまは怪訝そうに頭の上から見つめてくる。
「できすぎ……」彼は何か引っ掛かりがあるように、その言葉を復唱した。
「お前はそのワードに反応しない方がいいぞ」けだまが制す。

 遠くの空が白んできた。太陽が顔を出し、夜の帷が光へと変わる。こうなると、"ロボ目"にもつきやすくなる。言わずもがな、結局、あのタワーに向かうことは決まった。
「ここからは下手に走らない方がいいだろう。おそらく、あと数時間でお前らが登録されている家に来るはずだ。そこで居ないことに気づいて初めて、戒厳令が敷かれる」彼は続けた。「そこから更にお前たちを特定するためには、数時間かかるだろう」

 私はその言葉を反芻しながら、目的地のタワーを目指す。頭の上にはけだまもしがみついている。ポケットにはカードキーと、もらった紙の地図。あとは毎日持つように言われたハンカチ。なんとも頼りない。武器くらいは欲しいものだが。
 はじめ、彼と会ったとき「終わらせにきたのか」と聞かれたことが脳裏をよぎる。もしもこれがゲームなら、すでにゲームオーバーなのだ。人間無き世界、ゲームオーバーから始まる物語をどう締めるのか。それが私に課せられた最後の使命なのかもしれない。

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