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能登から認知症の父がやってきた(15)

今朝、父をいつものように、「朝やよ。起きよう。ご飯やよ」と声をかけ、起床の手伝いをしていると「ありがとうございます。ありがとうございます」と手を合わせて拝む。しかも少し涙ぐんでいる。私が娘だともう認識はしていないのだが、誰だと思っているんだろう?場所も分からず、悲しい夢でも見たのだろうか?

機嫌がいいと「サンキュ〜ベリマッチ!」と、昔からよく言う口癖が出る。真面目で口数少ない父の精一杯のおやじギャグだったのだが、認知症になっても所々、昔の父が顔を出す。ぐずってなかなか起きようとしないこともある。正解がないのが介護なのだろうか。

今日は静かに過ごせるかな。
コーヒーを飲みながら、朝日デジタルの「小澤征爾さんを失って  村上春樹さん寄稿」を感慨深げに読んでいると。。。
隣の部屋からかすかに聞こえる「うんこしたい」。
あ〜っ!急いでトイレに誘導し、オムツを下ろして、便座に座らせる。
あー、なるほど。「したい」と言った時にはもう遅いのね。

はじめてのトイレ介助は衝撃で倒れそうだったが、今回は心構えもあったのでそうでもなかった。こうやって慣れていくのね。母は私に気遣って手伝おうとするのだが、大声で怒って父の背中をたたいたりするので、「あっちに行ってて」とジェスチャーで伝える。
事を終え、トイレを掃除していると、リビングから「はよ、能登に帰らなだめやね。◯◯(私の名前)が、病気になってしまうわ。あんた分かっとるんかいね?よごしたものぜんぶあろて(洗って)くれとれんよ」と母の声。病気にはならないが、家出はあるかもな。「◯◯(私の名前)にお金やればいいがいや(いいじゃないか)」と父。

ぷっ。君は本当に認知症なのか?
お金の問題じゃないのだが、なぜやるのかは、正直私もよく分からない。
親兄弟だって合う合わない、好き嫌いもあるし、生活環境も違う。皆が面倒を見なければいけないということもないと思う。
ただ、私は何かと仕事もプライベートも尻拭い(まさに!)が多いような気がする。そういう星の元に生まれてきてしまったのであろう。



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