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能登から認知症の父がやってきた(23)

「久しぶりに和倉温泉にきたんやよ」
不安そうな父に嘘をついた。

母が鼠径ヘルニア手術のため入院して3日目、父のショートステイをお願いする施設に同行した。春の訪れを感じさせるよく晴れた、日差しがあたたかい気持ちのいい朝だった。
施設に到着し、着替えをさせてもらい、看護師さんを待つ間、父は不安そうだった。窓から見える景色を説明しても上の空。たぶん誰か分からない人(私)と一緒に知らない所に連れてこられ、見知らぬ風景、見知らぬ人達に何がなんだか分からないのだろう。

「何かあったら遠慮なくいつでも聞いてくださいね」みなさん、何度かやさしく声をかけてくれるのだが、「何が問題なんかどう考えていいか分からん」と父。そうだよね、何聞いていいかも分からんよね。
「久しぶりの和倉やさけ(だから)、温泉入って、ごはん食べて、ゆっくりりしまっし」と嘘をついた。「ほうか、ほうか、そりゃいいな」と父。でも数分後にはまた不安そうに「どう考えていいか分からん」とつぶやく。
ここは東京だし、実際は和倉温泉はまだ断水で再開の目処もたっていない。ごめんね。お父さん。

帰り際「じゃあね」と手を振っても私のことは見ていない。(デイサービスに送るときもだが。)
昔見た、クドカンのドラマでTOKIOの長瀬が演じた「俺の家の話」をぼんやり思い出していた。父親役の西田敏行が施設に入る時の表情が印象的だった。その当時は「いつかこんな日が来るのかなぁ」ぐらいだったが、今は身につまされる。

もう勘弁してよー、って感じだったのに、母の予後のためもあるが、長期ショートステイとなると、やっかい払いするようで、なんだかかわいそうな気がして少し罪悪感を感じていた。姉も「長いこと入ってさらにボケんかね?」と心配していた。実家では鬼のような形相であんなに毛嫌いしていたのに。

翌日、自分のことだけすればいい自分に妙な感じがした。

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