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騒音が酷すぎて、遂に引っ越した。

 この季節、様々な人が様々な理由で引っ越す事が多いだろう。
 私もその一人だ。
 理由は話せば長くなるし、内容の一部には理解し難い方もいらっしゃるだろうから、何でも、ふーんと流せる方だけ読んで欲しい。

 昨年十一月、隣家の方向からゴンッ! ゴンッ! ゴンッ! と壁を殴っている様な音が、同じ様な時間帯に毎日聞こえる様になった。
 その時は隣家には小さな子供がいて、保育園にも入れず、体力が有り余っているのだろうから我慢しようと思っていた。
 しかし、それが二週間以上、毎日、日中とは言え何時間も。しかも親が同じ部屋にいるはずなのに止まない。
 それに音と言うより振動がするのだ。耳栓でも防げない重低音に我慢が出来ず、悩んで悩んで悩み抜いた結果、不動産屋兼大家に連絡をした。
 原因は子供用ベッドを壁にくっ付けていた為、子供が、音が出るのを面白がって遊んでいた、と言う物だった。後にそのベッドは壁から離して貰い、その音はなくなったのだけれど、私は釈然としない気持ちがあった。
 私がその音の主の親なら。クレームを入れた人はきっと我慢に我慢を重ねてクレームを入れたのだろう。それ位クレームを入れると言うのは勇気がいる事だ。そうして迄クレームを入れたと言う事はよっぽどだ、菓子折りを持って謝りに行く。
 別に菓子折りが欲しい訳じゃない、むしろ要らない。でも一応お隣さん同士、挨拶もきちんとしていたのに、ちょっとした謝罪もなかったのが引っ掛かっていた。
 そして、謝罪どころか、「うちの子は静かな方だと思うんですけど」と言う、主観的でしかない、我々にとっては捨て台詞の様な言葉も気になっていた。
 それでも静かになった、良かった、と思っていた。が、間もなくして今度は親が出す音が酷くなった。
 具体的には、我が家はメゾネットだったので階段がある。しかし木造の為、踵から歩く様な歩き方をすると音と振動が伝わって来るのだ。
 その上、寒い日が続いていたにも関わらず、彼らはほぼ毎日、引き戸を何度も開け閉めしていたのだけれど、閉める時に壁が揺れるほど、バシンッ!!!! と引き戸を閉めていたのだ。
 それ迄の四ヶ月間、そんな事は一度もなかった。静かに過ごせていたはずなのに。嗚呼、そうか、私が入れたクレームが気に入らなかったのか、と思う様になった。
 それがあまりにも酷かったので、母に相談をし、音がする日付と時間、どんな音や振動がするかを夫と共にメモをする事にした。
 メモを取るのが追いつかない位、音がひっきりなしにして、もうメモを取るだけで二人とも病んでしまって、これでは駄目だと再度、不動産屋兼大家にメモを見せつつ、面談をした。この時、彼女は信じられない提案をしたのだ。

「お隣さんとおたくで直接話し合ってはどうですか?」

 騒音問題で一番やってはいけないと、どこを見ても書いてある、直接対決を彼女は提案して来たのだ。
 契約書にもあるが、大家にはどの世帯にも等しく平和に暮らせる様、努める文言がある。彼女はそれを放棄したのだ。
 勿論、私はそれを断った。
「お互い、感情的になっているのに、建設的な話を出来る訳がない。そんな話し合いは何も実を結ばず、解決は出来ない」
 と。
 彼女はそれに渋々納得し、相手方と面談を行った。その結果、音を出していた事を認めた。
 けれど、その日から新たな嫌がらせが始まった。私達が玄関のドアを開閉し、鍵をかけると、引き戸をわざわざ開けて、バシンッ!!!! と閉める行為が何度も何度も、何度も続いた。
 三が日には、サンルームでなるべく静かに洗濯物を干していたのだけれど、小さな音すら許せなかったのだろう。隣家は連続して五回、その振動音を発し、私達はそれに身の危険を感じ、格安ホテルに逃げ込んだ。
 私はその頃には持病のうつ病が悪化し、薬が増えた。脳が常に緊張状態となって、眠くても眠れず、通院していた精神科の先生から、実家療養を言い渡され、夫のいる我が家に帰られなくなった。
 それから三ヶ月、夫も流石に痺れを切らして、引っ越す事を決意してくれた。

 しかし、その引っ越しは難しい物だった。
 先生は
「マンションに住んでも同じ事の繰り返しになる可能性が高いから、一軒家を借りなさい」
 と言ったのだ。
 確かに一軒家はある。あるけれど、今時には珍しく礼金が酷く高かったり、そもそも二人で住むには家賃が高過ぎたり、電車やバス通勤には適さない環境であったりとか、マンションやアパートを探すよりも、当たり前だけれど難しかった。
 それでも根気よく母や夫と探して、夫の通勤と金銭面的に無理がなく、買い物等にも不便がない立地の一軒家を何とか見つけた。

 そこにしよう、と決めたけれど、私達もまだ精神的に成熟し切れていない。不動産屋兼大家の対応の杜撰さが、どうしても許せなかった。
 しかも結局そこには九ヶ月、私なんかは半年程しか住めなかったのだ。せめて敷金を全額返金して欲しいと、ダメ元で直談判をしに行った。
 結果は分かり切っていたけれど、NO、だった。
 けれど気付いた事もあった。
 彼女は、もう大分前から騒音主に肩を持っていた。
「子持ちで共働きだから苦労している」
 と言う理由で。
「貴方は子供がいないから、その苦労が分からないのよ」
 と言う様な事を物凄い剣幕で、捲し立てて来た。
 ちなみにだが、私が今、子供を作らないのには訳がある。それは、うつ病治療の為の薬にある。
 この問題が起きる前、私は先生に、「もうそろそろ薬は卒業だね」と言われる程、体調が良くなっていた。しかし、この問題によって薬は増え、妊娠に適さない薬を飲んでいると言う事もあって、万が一の事を考え、計画的な妊娠を考えていた。だから、子供がいないと言うだけで、専業主婦と言うだけで、一括りに捲し立てられたのは大変に心外であった。
 それに、子持ちで共働きなら、子供大人問わず、どんな音を出しても良いと言うのだろうか?
 そんな事は何の言い訳にもならない筈なのに。言っている事が滅茶苦茶過ぎて、私は同じ人間と話しているとは到底思えなかった。
 その上、客である私の夫に対して、話し掛ける時、酷く強い口調で「貴方は〜」「貴方が〜」と言うのだ。
 よく考えて欲しい。不動産屋へ行って、担当者は客に対して「お客様」「○○様」「○○さん」としか言わない。実際、この件で様々な不動産屋に出向いたが、「貴方」等と言う無礼な担当者は誰一人としていなかった。
 こんな考えや行動が偏った人間が、人が安心して住む所を提供すると言う、一番大切な事を生業として良いのだろうか。
 いや、考えた所で、私達はこの人達と住む世界が違う。土俵が違うのだ。やっと、腑に落ちた。私達がずっと抱いて来た違和感の原因が。

 昨今、刺青やタトゥーはファッションとして認知されて来ている。だが、私は出来る事なら、芸能人でも何でもない一般市民で、首から上半身隅々に刺青が入っていて、それを隠すどころかタンクトップ一枚で見せつけて、共有地に煙草の灰を落として行く様な、そんな人間とはなるべくなら隣人になりたくない。
 それに関しても、私は彼女に確認をした。
「大家さんはお隣の旦那さんに刺青が入っている事を知っていましたか?」
 答えは、NO、だった。内覧にも契約にも彼はおらず、知らなかった。知っていたら貸さなかった、と彼女は口にしていた。
 暴対法等に煩いこのご時世に、そんな基本中の基本である事も確認せずに、空きを作りたくないと言う理由で、トラブルの種になるかも知れない、もう実際になっている、そんな人間に簡単に貸す、色々中身がスカスカな不動産屋兼大家になんか、何の為に決して少なくはないお金を払っているのか分からない。
 そんな人達と果たして上手く付き合う事が出来るだろうか? 出来る人もいるだろう。でも、私達には出来なかった。

 そんなこんなで、目新しい、素敵な家電も家具も小物もないけれど、穏やかな日常を手に入れる為の貸家を私達は手に入れた。二人暮らしには少し贅沢かも知れないけれど。
 私の部屋は少し狭くなったけど、それでも与えて貰えた。そこで絵を描いたり、好きな本や漫画を読んだりしたい。
 失った時間が大きかったからこそ、これからやりたい事、希望も大きい。
 私にとっても、夫にとっても、早く帰りたいと思える様な、そんな家庭を築いて行きたいと思う。

 そして、音の暴力で苦しむ人達が、逃げる事でしか解決の出来ない世の中が、いつか変わる事を切に願う。

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