論文メモ 現代民俗学の課題

古家信平による論文。

問題設定

現代民俗学会発足に当たり、「現代民俗学」の課題について述べることにしたい。

要約

  • 戦後以降、民俗学はアカデミズムの中に地位を確立することを目指すようになった。

  • 結果、戦前のある時期の民俗学は経世済民の学という性格を持っていたのに対して、20世紀の終わり頃には、実証科学に徹し全国からの資料収集と類型化による比較研究を方法とするものとなった。

  • 福田アジオは民俗学はアカデミックな学問になるために形式を整え、「客観主義」に陥ったため、形骸化したとして、1986年に論文で主張している。福田は形骸化の対応策として、客観主義を放棄し、日本を1つと考えることから生じている固定観念を相対化し、個別の地域の歴史形成過程の特質を明らかにすることを提起している。

  • アカデミックな学問たらんとして整えた形式には、1972年に完成した『日本民俗辞典』、1974年の『民俗調査ハンドブック』、1974~5年に『現代日本民俗学1、2巻』、1978年の『民俗研究ハンドブック』、1980年『日本民俗学文献総目録』、『日本民俗学文献解題』、1983年の『民俗学概論』などがあり、1972年から1983年までの10年ほどの間にそれらを整備したことは、アカデミズムの中に地位を築こうとした意欲なしにはできなかった。形式を完備することは必要なことであって、こうした事業のすべてにかかわってきた福田氏の寄与は大きい。

  • 3つのキーワードでこれまでの民俗学で乗り越えるべきものを示したい。「先鋭化」、「実質化」、「国際化」の3つである。

  • 先鋭化には破壊を伴う。20年前に福田が客観主義を放棄せよと主張したのも、当時の現代民俗学としての「破壊」の対象をそこに求めていたと言えよう。

  • 私は客観主義と形式主義の破壊を唱えた福田の提言を破壊すべきであると考える。

    • 福田は方法論としてあやふやな初期の柳田の問題提起が社会に衝撃を与えたというが、そういったことは現代の民俗学では動機付けの意味を認める程度にとどまる。

    • むしろ客観主義の具体例として挙げられている重出立証法や周圏論が科の学問分野から理解され、批判を受けたという点に注目したい。

    • こうした分かりやすい概念や方法論に代わるものを提出できなかったことが、民俗学は遅れた学問だという印象を生み出してきた。

  • 実質化は、従来常識的なこととして説明されていなかったことを文字化し、民俗学内外の人々の共通の概念、方法として利用できる助けともなる操作である。

    • 千葉徳爾『柳田国男を読む』は、は記述されたものの理解を助けようとしているという点で「実質化」の 1 つの試みである。

    • 実質化のもう1つの手法は対話である。1984年出版の『共同討議 ハレ・ケ・ケガレ』はその好例である。民俗学ものみならず各分野の参加者の積極的な発言が、ハレ・ケ・ケガレの相互理解に資するところが大きかったところが、この討論会が高く評価される所以である。

    • 重要なことは他分野との概念の相互乗り入れである。

  • 概念の相互乗り入れに関連して、国際化も重要なキーワードである。

    • 民俗学が各国ごとの政治、社会的情勢や人類学などとの関係性の下で進展してきた事情から、他の学問分野のような国際交流が盛んに行われてこなかったことは事実である。

    • ヨーロッパの場合には関敬吾が指摘したように、比較が当 たり前のように行われることが地域の前提としてあるのであって、「ヨーロッパ民俗学」としての協力関係の前提は、わが国の場合と相当な違いがあると考えなければならない。

    • ヨーロッパの民俗学とは別の条件として、アジアでは文化的な覇権国家が長期にわたって勢力を維持してきたことは考慮されなければならない。現代民俗学にとってアジアの、特に中国民俗を知ることは必須である。

  • 以上のような3つのキーワードで示した民俗学の課題を、具体的に議論を巻き起こす起点としたい。

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