小説【切断】

【1】

ドンッ。ドンッ。

「はぁい。聴こえてますかぁ。今日も生配信始めていきまぁす。コメント貰えると嬉しいです。アイテム投げてくれたらもっと嬉しいでぇす。弾幕よろしくぅ!」

私なりに出来る限りの甲高い声で話すようにしている。何回目かで気が付いた。その方がコメント数は増える。

ドンッ。

「あ、ももちゃん、こんばんはぁ。あ、稲荷さんだぁ、久しぶりだねぇ。」

コメントをくれた人の名前は必ず呼ぶ様にしている。私がそうであるように皆、自分の名前を誰かに呼ばれたい。だからこうやってタレントでもアイドルでもない私なんかの配信を聞きに来てくれる。人気者の配信よりコメントを拾われる可能性も上がるから。お互い様にチヤホヤしあう。

寂しい人は名前を呼ばれて自分がちゃんと存在しているんだと思いたいんだと思う。誰でもいいから名前を呼ばれたい。


独り暮らし。代わり映えのしない毎日。何処にでもいるOL。
寂しくて配信をはじめた。誰でもいいから話を聞いてもらいたかった。何処から見つけてくれたのか解らないけれど聞いてくれる人がいた。初めてした配信でコメントを貰ってはまった。反応が貰えて嬉しかったんだと思う。スマホの中の世界は1Kのこの部屋をキラキラとしたスタジオに変えてくれる。

ドンッドンッ。

「さぁ皆さん!急な発表でごめんなさい。実は配信するのは今日で最後にしようと思っています。そのかわり!最後だから何でも質問してねぇ。答えちゃうよぉ。」

ドンッ。

「あ、えっと。名無しさん。仕事は?赤坂見附で働いてるよぉ。いつもの配信とかでも言ってるじゃん。初めて聴いたの?マジ?最終回にマジ?彼氏はいませぇん。彼氏はね。」

何者でもないくせに知ってて当然みたいに話す自分を何処か俯瞰で見て馬鹿にしている。画面の中の小さな世界。それでもここが私を中心に会話が行われる唯一の場所。

ドンッ。

「は?神がうろたえちゃったこと第89位?え?大喜利?えっと。御神酒がミロだ。えーわかんないよぉ。芸人さんじゃないんだから。え?好きなコント?シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ。これだけは知ってるの。あれ、誰のコントだったかなぁ。」

全然知らない人と踏み込まれる事も踏み込む事もない距離で遊んで幸せだった。

最初はコメントもなくて愚痴を話していた。何故か毎回聞きに来てくれる人が何人かはいてアドバイスをくれるようになった。気がつけば楽しんで貰えるように話す事を考えたりする自分がいた。知らない間に何処かに。踏み込んだり踏み込まれたりして。境界線がわからなくなっていた。

ドンッドンッドンッ。

「あ。なんで配信辞めるかですか?えっと。裏切られたからですよぉ。」

ドンッ。

「そうなんです。彼女と別れてね。結婚してくれるって言ったの。」

ドンッドンッ。

「配信してて。コメントくれて。いつだったかなぁ。私に会いたいって言ってくれて。私の誕生日に美味しい喫茶店のワッフルをご馳走してくれてね。」

ドンッドンッドンッドンッドンッ。

「私。信じてたからね。ゴム着けなくて良いよぉって。流出した女教師モノのAV観ながらそれ通りにしたいって言われたからしてあげたしさぁ。目にキッスしてさぁ。」

ドンッ。

「神様がね。授けてくれたのよ貴女を。そしたら裏切ったの。連絡が途絶えちゃって。あー!神様がうろたえちゃったこと第一位ってこれじゃない!子供授けたらいらないんだって!彼女さんとは出来なかったから欲しいっていったのにね!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

ドドドドドドドンッッドドドドドドドンッッ。



【2】

同じ部署の中村が連絡が取れないからお前、家まで見てこいと部長に言われた。中村に誰が電話をしても出ないし、LINEをしても未読のまま。中村は独り暮らしだ。倒れていたらいけない。俺が家の方面的に誰よりも適任だと任命された。同期だからというのもあるか。

予報にない雨。雷も鳴り始めた。駅のロータリーから中村の住むマンションの前まで走る。マンションの前で電話とLINEをもう一度してみたが反応がない。管理人さんに事情を説明した。管理人さんは部屋の前まで一緒に行くなら問題ないと部屋まで連れていってくれた。管理人さんもここ数日は中村を見かけていないから心配していたらしい。

部屋の前。部屋の中から声が聞こえる。ワッフルがどうとか言っている。誰かといるのだろうか。少し高いように感じるが中村の声だ。ノックしてみるが反応がない。何度かノックしてみる。出てくる感じはしない。

「…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

狂喜染みた甲高い笑い声がマンションの廊下に響いた。思わずドアノブに手をかけた。鍵は開いていた。ガチッ。チェーンロックがされている。
ドアの隙間から暴れまわった後の様にめちゃくちゃな部屋が見える。部屋の真ん中にスマホを持った手で自分の腹を優しく優しく撫でている中村が立っている。

待っててくださいと管理人さんが何処かに行ってしまった。
「大丈夫か!中村!」ドア越しに声をかけるが俺の声が届いているようには思えない。

別の空間に居るナニカを眺めているように感じた。

これでチェーンを切断しますと管理人さんは大きなハサミのようなモノを持ってきた。

ガチッ。 「中村ぁ!」

「…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

甲高い笑い声がマンションの廊下により大きく響いたと同時に案外すんなりと切断出来た。



【3】

管理人さんと協力して、暴れる中村を抑えた。救急車を呼んだ。

数日後。見舞いに訪れた俺に中村は話してくれた。配信を趣味でしていた事。配信でいつもコメントをくれていた男性と実際に逢って恋仲になった事。その後、妊娠した事を伝えると連絡を全て断たれてしまったこと。それでも彼を忘れられず、コメントをくれるのではないかという微かな願いを込めて配信を続けていた事。

あの部屋をみていない会社の仲間達に説明しても普段は地味で目立たない彼女からは想像もつかないだろう。二人で相談して体調を崩してしまい、入院しているということにした。嘘でもないだろうしと。

「最終回って言ったら。あの人も聞いてくれるんじゃないかなって思って。」

「そうか。中村がそんなに大変だったの気づいてなかった。ごめんな。」

「スマホね。知らない間に壊れてたの。」

「俺が部屋に行った時には画面割れてたよ。」

「うん。最終回、アーカイブも残ってなくて。多分配信出来てなかった。」

「えぇ。コメント読み上げてたぞ中村。めちゃくちゃ大きな声で笑ってたぞ。」

「全然覚えてないの。あの人どころか誰にも最終回聞いて貰えなかったんだなぁ。」

「またやればいいんじゃないの最終回。落ち着いたら。」

「うーん。もういい。」

「あっさりしてるな。」

「配信なんて適当に初めて適当に辞めるもんかなって。ねえ。明日も話に来てくれる?」

「まぁ。家の方面一緒だからいいけど。」



【4】

「はぁい。聴こえてますかぁ。今日も生配信始めていきまぁす。コメント貰えると嬉しいです。アイテム投げてくれたらもっと嬉しいでぇす。弾幕よろしくぅ!」

私なりに出来る限りの甲高い声で話すようにしている。その方がコメント数は増える。ママに教えて貰った。

「今日は何でも質問答えちゃいまぁす!あ、ラリルレ王さんこんばんわぁ!年齢は12才!いやいや最近は中学生でも配信くらいするよー!何で配信してるかですかー?えっとねぇ。私のママとパパが付き合うことになったのが配信だから憧れて!あ。今のパパと本当のパパは違うの。ママはねぇ、私にちゃんとは教えてくれないけど私は知ってるんだぁ。ママも私が産まれる前に配信やってたの!最終回でね!話してた!私ね!お腹の中で聞いてたんだぁ!えー、不思議ちゃんじゃないよぉ、ホントだよ!聞いてたのぉ。私、コメントは出来ないからママのお腹を蹴ってさぁ…」