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「ラッセンが好き〜!」と言える力

駅に向かう途中、夫が空を仰ぎつつしみじみと言った。

「おれ、ふつうに晴れの日が好きだわ」。

突然すぎてしばしポカンとしてしまったけれど、なんとなく言いたいことはわかった。
「雨は雨でよき」「曇りの日もあはれなり」——そんなふうに情緒を解するのが大人のたしなみのように言われるけれど、いや、おれはピーカンの気持ちのいい日が好きなんだ、情緒も深みもなくて結構!……と。

ふつうに晴れが好き、かあ。「永野じゃん」と、わたしは笑った。

YouTubeを貼っていいのかわらかない程度のリテラシーなので、簡単に言葉で説明すると。永野とは「孤高のカルト芸人」の二つ名を持つお笑い芸人で、リズムにノリながら髪をかき上げて「ピカソよりふつうにラッセンが好き〜!」とシャウトするネタで一世を風靡(?)した。キモおもしろい系。

余談だけど「Perfumeの、のっちの髪型にしてください!」と美容院でオーダーすると永野になる、というのがネットの定番ネタでもある。

正直、彼の存在はいまのいままで忘れていたけれど、でも、よくよく考えたら永野、大事なことを言ってるのかもしれないぞと思った。「ピカソよりふつうにラッセンが好き〜!」と声を大にして言えるって、すばらしいことでは……?

クリスチャン・ラッセンの描く絵をひとことで言えば、「ちょうわかりやすい」だろう。抽象的でもなければ体制への批判、世界を変えるといった野望も含まれない。ただ、イルカがキラキラ優雅に泳いだり飛んだり。背景理解や解釈なんて必要なし、こむずかしい現代アートの文脈なんてまったく意に介しませーんって感じ。

そしてそれは、「美人がすり寄ってウブな若い男性に買わせる」商法とかバブル期の成金趣味感もあいまって、「なんか浅い、ダサい」という評価になったんじゃないかなと思う。

ラッセンの絵、癒やされるしカワイイんだけど、「好き」と公言するのは憚られるんだよね、バカにされる気がして——そんな思いを、多くのひとが持っていた。だからこそ、永野のネタは大ウケしたのだろう。

* * *

ひとはSNSでもリアルでも、その発言を「評価」される。
王道ど真ん中を好きと言ったりふつうのことを言えば「浅い」と評価され、マニアックなものを好きと言っても、知識が中途半端だとこれまた「浅い」と揶揄される。

反対に、「ふつうじゃない」選択をした人や嗜好を持つひと、もしくは何かひとつを徹底して究めたひとが「深い」と高く評価される。

たとえば好きな小説家、好きな音楽、好きな映画、好きなブランドを聞かれたとき。メジャーなモノを答えると恥ずかしいような、言い訳したいような気持ちになるひとは多いんじゃなかろうか。「浅い」「つまらない」「ダサい」認定される恐怖感に襲われて。

でも、だからこそ、ど真ん中王道を「好き」と言える力があるってすんごく魅力的だと思う。「小津安二郎について語らせたら8時間はイケる」というひともすごいし尊敬するけど、
「いちばん好きな映画? 『アルマゲドン』です!」
と堂々と言っているひとだってかっこいいじゃないか。「ふつうに好き」でいいよねえ。永野……(尊敬)。


ちなみに、永野はクリスチャン・ラッセン本人の前でこのネタを披露したことがあるけれど、通訳の人が「ピカソよりふつうにラッセンが好き」の「ふつうに」を訳さなかったことで、ただラッセンに泣きながら感謝されて終わった……というよきエピソードがある。

そりゃ、「ピカソよりラッセンが好き」と「ピカソより『ふつうに』ラッセンが好き」のニュアンス、えらい違うもんね。

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batonsのライター。編集、インタビュアー。本をつくったり、雑誌やウェブで記事を書いたり、イベントの司会をしたり。鹿児島出身、東京在住。保護犬の柴犬テンコがかわいい。 noteは平日毎日更新(予定)。https://tnkyuko.themedia.jp/

コメント1件

それでも私は普通にピカソやジャッドが好きです。
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