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ひとに評価される仕事

先日髪を切ってもらっているとき、ふと疑問に思い「美容師さんって、年々腕が上がってるとか自覚できるもんですか?」と聞いた。

担当のMさんは、いや〜…と少し考え、「年々うまくなってるな、って明確に思うわけじゃないんですけど」と手を動かしながら答えた。

「でも、むかしより褒められたり、お客さんにうれしそうな顔をされることは明らかに増えたんですよ。そういうとき、あ、おれうまくなってんじゃん、いえーい、って感じますね」

そう誇らしげに答えるMさんは、ちょっとかわいかった。

なるほどなあ。毎日毎日お客さんがやって来て、そのたびに自分の仕事の成果に対してリアクションされたり、前回のカットの評判を耳にしたりするのだから、美容師はフィードバックの回数が多い仕事と言えるだろう。休む暇がないというか、シビアな環境だ。

……と考えていると、「でもね、不思議なくらい」とMさんは続けた。

「天狗になってるとポキっと鼻を折られて、とことん自信喪失するできごとが必ず起こるんですよ。でも、しゅんとなって粛々と仕事に向かってると、また褒められて、天狗になる。ずっとこの繰り返しっすね」

ああ、わかるなあ、わかるわかる、と思った。

「あれ、わたし原稿うまくなったんじゃない?」と調子に乗ると、決まってすばらしい原稿に出会って恥ずかしくなり、しっぽを巻いて逃げ出したくなる。読者から熱い反応がなく、しょんぼりしたりする。

でも、その後は自分の原稿を見る目が厳しくなるから、少なくとも自分の中では妥協のない文章になる。結果的にとてもよろこばれる。それで「自分、イケてるのでは?」と思い上がり……の繰り返し。なかなか安定したテンションにはならないものだ。

ちなみに、どんなときに自信喪失するの? と聞くとMさんは手を止め、

「はじめてのお客さんが、最後にクロスを取った瞬間、納得してない顔をしたとき」

ときっぱり即答した。「それは相性の問題もあって、どうがんばってもゼロにはならないっすね、悔しいけど」。

ああ、わかるなあ、わかるわかる、と思った。

はじめて仕事をした人に「こんなのはじめて」みたいなテンションで喜んでもらえると、ほんとうに嬉しい。そのメールだけでご飯3杯いける。逆に、「拝受しました」と淡々としたやりとりが続くと、胃がきゅっとなってなにも食べたくなくなる。

そしてわたしたちの仕事もMさんが言うように、相性に左右されることはある。仕事のやり方、ジャンルや著者、そもそもの性格……。ある編集者からは高く評価されているライターがほかの編集者からくそみそに言われることもままあるし、その逆もままある。

「プロならだれとでも結果を出せ」という考えも一理あるけれど、「ハマるかどうか」はある、絶対。


ただ。そんな歯がゆい思いをしながらも、それでもわたしたちは人に評価されなければならない。

美容師さんも出版に携わる人間もいわば「技術で飯を食う仕事」だけど、結局、ひとに評価されなければ成長を実感することはもちろん、仕事を続けることすらできないのだから。自己満足では、どうしようもない。

そして鏡にうつるMさんをぼんやり見ながら、ふと気づいた。

彼にとっては、この街に引っ越してから一途に通い続けるわたしって、けっこう「うれしい存在」なんじゃないか。少なくともわたしは、ほかにたくさんライターがいるなかで自分を選び続けてくれるひとがいたら、絶対にうれしい。

ああ、Mさんに「あなたを信頼しています」と言葉にして伝えたいと思った。口に出されたらもっとうれしいのは、自分がいちばんわかっているから。

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