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台湾ひとり研究室:映像編「TIDF2024鑑賞録-藤野知明《我們到底做了什麼?》」

2023年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映された藤野知明監督の「どうすればよかったか?」 は、今回見た中でもTIDF2024の個人的衝撃作となった1本である。監督からは、今年の冬に日本で劇場公開予定だと伺ったので、以下、ネタバレしない形で紹介していきたい。

1983年、姉が統合失調症を発症した。医者であり、医学の基礎研究に携わる両親の下、家族はどんな25年を過ごしてきたのか。予告映像だけでも、その道のりは厳しかったことが伝わる。

「最初は、姉の病状を精神科の医師に診てもらうために映像を撮り始めました」

上映後のトークで、藤野監督は訥々と語り始めた。そこで明かされたのは、姉の症状を記録するためとして始めた撮影が、のちに両親と正面から向き合う内容へと大きく変容した背景だった。

セルフドキュメンタリーに類する本作だが、とりわけ家族にカメラを向けることの難しさは、傾いた画角などからも見て取れる。そして、トークで監督が明かしたひと言で、編集の難しさも考えさせられた。

「姉の症状は、本当に最低限必要な部分だけにとどめたいと思いながら、編集していきました」

姉に対する最大限の配慮だった。作中、監督は何度も姉に「最近、体調はどう?」と問いかける。ある時期を境に、カメラを向けられた姉の表情が変わっていくのを見ながら、ずっしりとした心の重石がさらに重くなった気がした。

なぜ傾いたままの画角なのか。
監督が撮ろうとしたものは何だったのか。
家の中で何が起きていたのか。
なぜ病名が判明するまでに時間がかかったのか。
父と母の関係はどうだったのか。

上映後のトークでは、親の医学的知識がにどのように向けられたのかが語られ、重石はさらに重くなった。

姉の病名「統合失調症」は2002年に変更されたものだ。病名としては一括りにされているが、一人ひとりの患者に現れる症状は、実は少しずつ違っている。考えてみれば、風邪といっても頭痛、鼻水、咳、喉の痛みなど、最初に現れる症状が異なるのと同じ理屈だろう。それが風邪は表立って他者に伝えても特に何も起きないのに、精神的な病となるとそうはいかなくなり、病以上に複雑になることがあるのは、なぜなのだろう。

向谷地生良著『「べてるの家」から吹く風』には、こんな一節がある。

——「看護」が、病気をかかえただれよりも安心を求めているはずの患者さんを単に管理する「管」護を中心にした仕事になってしまっていること。最後に、病気や障害をかかえたなかで安心して生活や療養をすることを保障する権利としての「福祉」が、服従を強いる「服」祉に堕ちている。

著者は、北海道浦河町にある統合失調症など精神障害をかかえた当事者が生活や地域活動の拠点とする「浦河べてるの家」のソーシャルワーカーだ。1984年に設立されたべてるの家では、100人以上のメンバーがおり、「多くのメンバーがグループホームや共同住居で暮らしていますが、一人暮らしや家族と住んでいる」人もいるという。べてるの設立は、姉発祥の翌年のことである。

藤野監督が本作で伝えたかったことは、まさに「病」という個人情報を隠すのではなく、家族の病を他者に伝えて人に頼る力の必要性ではなかったか。日本が1994年に批准した「子どもの権利条約」にはこんな原則が掲げられている。

出典:日本ユニセフ https://www.unicef.or.jp/crc/principles/

そのうえで、作品が浮き彫りにした最大の課題は「家族」の名の下の暴力である。

両親共に医師の家庭なら起きないはずのことが起きていた。映像を通じて見えてきたのは、医学的な知識が生かされず、身体的暴力とは違った形で子どもを痛めつけ、子どもの自立をさまたげる親の姿だった。

自分を痛めつける親の元に生まれた、自分の生まれた家には抑圧と暴力しかない、と子どもが考えられるようになるまでには相当な時間がかかる。なぜなら、現代では、家族という枠組みに対する規範意識を子の側が見つめ、自責の念から自分を解き放ち、自らの置かれた状況を理解する努力が必要になるからだ。この、重い課題を正面から長期にわたって向き合ってきた監督の苦しみを考えるだけで、ぎゅーっと胸の底が締め付けられる。

だからこそ、本作は、親や兄弟との関係に悩む人にとって、家族と自分の関係を見直す大きなきっかけになる、と希望をもつのだ。親という存在は子を庇護するだけの存在ではなく、時に大きな暴力を振るう存在にもなり得る。その気づきを与え、あるいは解き放つ方向へと導いてくれる作品だ。親との関係に苦しみ、悩む人が一人でも多く本作を観て、考える一助になることを願う。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15