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台湾ひとり研究室:貓咪編「猫縁は雷とともに。」

猫を飼う——そう決めてから、ペットショップで生後2か月のむぎに出会うまでに10か月かかった。

ショップか引き取りかもよく考えてなかった頃、「とにかく見に行こう!」ということで猫飼いの友人夫婦の案内でペットショップに向かった。

台北の通化街という通りは、何軒ものショップが並ぶペットストリートだ。おおよそは子犬と子猫のいるショップで、合間に台北では比較的大きなペット用品のお店がある。日本だと、同業種は同じエリアに出店することなどないが、ここ台湾では同業種が同じエリアに軒を連ねる。ちなみにわが家の近くは車やバイクの修理屋さんが多い。

通りの端から端まで、1軒ずつ入ってみた。一瞬で適否が分かれる。理由はニオイ。一歩踏み入れてぶわっと動物の香りがする場所は、どうにも長居する気になれなかった。出たり入ったりを繰り返すなかで、1軒だけ、猫と遊んだ店があった。店の名刺をもらったのも、そこだけだった。

最初からショップと決めていたわけではない。保護猫を育てる友人は何人もいて、ショップ派はむしろ少数。結果的にショップになったのには、ふたつの理由があった。

猫飼いの友人に「保護猫の引き取りも、選択肢として考えてみて」と言われ、毎日のようにFacebookの保護団体のサイトを見た。そのうちに気づいたのは、保護猫の引き取りにある大きな大きな関門だった。

事前の家庭訪問である。

台湾の保護団体では多くが、事前の家庭訪問を受け入れることが条件になっている。訪問時には、ベランダに逃亡避けのネットが貼られているかのチェックもあるという。

この関門はどう頑張っても越えられない。何しろ大哥は、ペットはいらない、と頑として首を縦に振らない。訪問どころかネット貼りなんて、とんでもない話だった。

保護猫の譲渡会の案内を見つけては、会場に向かい、団体の人に尋ねてもみたが「ご家族の同意がないなんて…」と取り付く島がない。八方塞がりだった。

台北には野良猫の保護団体がいくつもある。定期的に譲渡会が行われていて、実際に足を運んだ。最初はどうしていいかわからず、立ち尽くすだけだった。人が多すぎて、猫に触れることさえできなかった。

唯一、猫と触れ合えたのがショップだった。探るような、観察するような気持ちもあって、何度もあの店に向かった。

ある時、ここで5匹買った、というお客さんに遭遇した。彼女も猫を飼うのは初めてで、2週間ごとに猫を連れてきて店員さんに爪切りと耳掃除をしてもらうという。「うちは販売前に健康チェックもするし、うちで買ったコの預かりサービスもあります」

ある時、お客さんから電話が入った。具合が悪くなったコを病院に連れて行ったのだけれど、医者の言うことがどうも信用ならない、そんな相談の電話だった。「で、様子はどうなの? …え、別の病院にすぐ連れてったほうがいい」

まるで駆け込み寺だ——店員である彼女自身、あわせて11匹の面倒を見ているという。だから、爪切りも耳掃除も手慣れたもの。店に妙なニオイがしたことは一度もなかった。

おそるおそる猫を膝に乗せたのは、何度目の時だったろう。我ながら腰が引けていた。きっと伝わったのだろう。そのコはすぐに降りたがった。

そして——

ある時、膝の上で1時間も過ごしたのがむぎだった。大胆にも、彼女は昼寝までした。触っている時間が長すぎると兄弟のいるケージに戻された後も、ガラス越しに手を差し伸べるとむぎだけが近寄ってきた。「え、このコ、あなたのこと、ちゃんとわかってるね!」店員が驚いていた。

雷が落ちたみたいだった。この出会いのために、それまでの10か月があったのだ、と思うほどに。猫縁ってある、絶対に。

写真は、その日のむぎ。店内は撮影禁止だけど、もう彼女を連れて帰る決心をしたあとだったから、撮らせてもらえた。このアンニュイな顔にやられたのだ、わたしは。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15