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台湾ひとり研究室:映画編「《山椒魚來了》で見せた山の視点。」

台湾台北に暮らして今夏で10周年を迎える。自分が四国は愛媛の、公共交通はバスのみという田舎で育ったからか、都市で見えることだけで「これが台湾」みたいな物言いをしないように心がけてきた。ワタシという個人の見える範囲なんてたかが知れている、一面でしかない、と。

たとえば、台北に市場はあるけど、田んぼがない。街灯はあるけど、星空がない。人はいるけど、動物や虫が少ない。だから、今いるのは大きな島で、都市と地方の軸だけでなく、人の世界だけで考えがちな時に、自分はちっぽけな存在だと思い出させてくれる田んぼや星空、動物や虫の存在はとても大事だ。

2023年正月三が日が明けるとすぐに、《山椒魚來了》という台湾のサンショウウオを十数年に渡って撮り続けた作品の、メディア向け試写会の案内を受け取った。

本作の麥覺明監督が2019年に発表した《黑熊來了》(拙訳:黒熊がやってきた/日本未公開)は、屏東科技大学の野生動物保育研究所で研究活動を行う黄さんを追った作品だ。今回の《山椒魚來了》(拙訳:サンショウウオがやってきた/日本未公開)も、台湾の研究者に同行しながら撮影を続けていくスタイルは同じ。

文献や人を相手にした研究と、自然相手の研究には根本的に大きな違いがある。監督は後者を追いながら、まず山中、稜線、星空……台北という都市では見られない、圧倒的な姿を見せる。

台湾にいるサンショウウオは、現在確認されているだけで5種。多くは、標高2,000m以上の高地で、かつ湿気の多い川の源流にあたる場所に生息しているという。恐竜のいた頃からいる、というこの両生類5種のうち、2種の体の模様などがよく似ている。彼らがどのようなプロセスで今のような分布に至ったのか、が大きな研究課題となっていた。もうひとつは、サンショウウオたちの生態そのものである。

本作は、主にその2つの課題を解くべく、長年の研究が重ねられてきた歩みを軸に展開していく。サンショウウオの生息地、分布の様子、生態にとどまらない。研究者に起きた大きな出来事も織り込まれる。

大自然は美しいだけではない、自然の持つ過酷さについても触れられている。ヒトなんて自然の中の一部でしかない、という当たり前の事実に気づかされた。

あ、最後に上映後の監督のお話からひとつ。
本作のナレーションは、台湾の歌手、伍佰が担当している。伍佰ご本人自ら「想要打敗吳念真」(拙訳:呉念真を倒したい)と言っていたそう。「我們都是臺灣特有種」(拙訳:登場するのはみんな台湾固有種)というキャッチコピーも単にサンショウウオを意味しているのではない、と聞いて、思わず吹いた。呉念真さんは2013年に公開され、台湾のドキュメンタリー作品としては異例のヒットとなった『看見台灣(邦題:天空からの招待状)』のナレーションを務めた方。自らセリフを何度も書き直して、語調を整えてから読み上げていったことが日本語版DVD特典で明かされていた。軍配は……各自ご判断を。

本作、台湾での一般公開は2/10〜。普段、街の中にいる方、たまには恐竜の時代から生きている固有種の姿とともに、山の視点をのぞいてみるのはどうだろうか。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15