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そんな自分も大切な自分の一部

深めに墜ちて、自分の存在を
消してしまいたいと思う
そんな瞬間が訪れる人
あるいは常につきまとっている人は
聞き馴染みの説法など
うっとおしくてしょうがないですよね。

あなたが生きている今は
誰かが生きたかった明日だ

とか

あなたの命は
一人だけのものじゃない

とか

そんな類いの説法、説教は
消えたいほど追い詰められて
他人に優しくしてきたあなたなら
十分に理解していますよね。

そう。

優しいが故に・・・

優しすぎるからこそ
あなたは誰にも自分の苦しい思いを
打ち明けられなかった。

人に迷惑を掛けてはいけない思い込み

とか

迷惑を掛けてしまえばせっかくの
関係が終わってしまう恐怖感

とか

常にそんな見えない重圧に耐えては
自分の気持ちや感情を殺して
日々生き抜いてきた。

それでも現実は一向に良くならず
むしろ、こころは苦しくなるばかり。

ならいっそ、消えてしまいたい。

死にたいというよりも
この世に生まれてきたこと
それ自体無かったことにしたい。

そういう自分が出てくることも
あるのではないでしょうか?

消えたい。
もう沢山色々なことをやってきて
それでも良くならなかったから
消えたい。

そう。

色々やってきたこと自体も

その結果が上手くいかなくて
消えたいという思いも

こころの奥底ではシンプルに

『ただ楽に生きたい』

肩の力がふっと抜けて
一日に一度でも良いから
こころから笑える
そんな日を送っていきたい

ただそれだけじゃないでしょうか。

表だって出る言葉というのは
自分ですらその真意に
気づけないままでいることがあります。

色々なことが邪魔してわかりづらい
自分という存在の意図の数々。

それは思っているよりも
肯定的でシンプルなものかもしれません。

時間はかかるかもしれませんが
そんな自分の声を拾い上げることで
自分という存在が少しずつ
何を思って生きているのか
理解できるようになります。

結果、生きるのもまぁ
悪くないかなと思えるように
なってくるはずです。

今はそう思えなくても
そこを目指してあなたなりの
ペースで歩んでいくことは
誰にも邪魔できない権利です。

だからどうか
生きていて欲しいと切に願う
今日この頃です。

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