さつまいもを入れてくれていたダンボール箱を、忘れたくない
「他に送るものある?」
電話越しの母の言葉に、思わず甘えそうになってしまう。あれもこれもと言ってしまいそうになるけれど、いやいや、「近所のスーパーで買えよ」な話なのだ。
*
毎年、地元の特産品が出回るシーズンになると、母が「送ろうか?」と連絡をくれる。子どもの頃から食べてきた地元の旬の味は、大人になった今でも私の味覚を虜にしている。年に一回、特産品が大々的にスーパーや物産展、農家さんの家などで販売されると、母は東京にいる私に「少し送ろうか?」と聞いてくれるのだ。
母の好意をありがたく頂戴する。ダンボール箱で送るので、まだ何か入りそうだと言う。「特産品以外で何か必要なものはないか」と聞いてくれて、思わず「食品を……」と甘えが出てしまいそうになった。いやいや、全部近所のスーパーで買えるぜ?
「ありがとう。でも無理せんでいいよ〜」
優しさはものすごくありがたいけれど、甘えるのはよくないと思った。だって私、いい大人だし。欲しがる食品、全て東京で買えるし。
「大丈夫だよ」と言う私に「気にせんでいいよ〜」と言う母。
「ホットケーキミックスは?」と聞かれて、思わず心がぐらっと揺らぐ。私はホットケーキが大好きなのだ。ホケミは常に常備しておきたい。
「え、いいの……?」
一瞬でぐらぐらに心が揺らいでいる。値上げしたけれど、すぐそこのスーパーで買えるぞ。買えるぞ???
なんて理性も母と話しているうちにあっというまに吹き飛び、ホットケーキミックスを入れてくれることになった。先ほどまで強く抱いていた気持ちはどこへ行ったのだろう。母の優しさにすっかりと甘えてしまっている。
一度入った甘えスイッチのせいで、私は電話口でポツポツと欲しい食品を言う。調子に乗って小声で「さつまいも」なんて言ってしまった。なんでだよ、すぐそこのスーパーに売っているだろう?「実家」×「荷物」の組み合わせには不思議な魔力がある。
「はいはい。まあ食べられそうなもの適当に入れとくわ」と言って母は電話を切った。独り言のように喋りすぎて母は全て聞き取れていないと思うし、きっとダンボールに入りきらないだろう。むしろ母を困惑させたかもしれない。若干反省したけれど、届く日はとても楽しみだった。
*
後日、荷物が届いた。贈り物を開封する瞬間はいつだってワクワクする。
開けてみると真っ先に特産品がお出迎え。今年も食べられることが嬉しくて、すぐに食べる分は冷蔵、食べきれない分は冷凍をした。早速今夜、晩ご飯に使ってみよう。
他に何を入れてくれたのだろうと箱の奥を探っていくと、電話口で私がポツポツと言っていた欲しい食品が全て入っていて、泣けた。
独り言のように呟いていた「さつまいも」も入っていて、なんだか無性に泣けてきた。
あれ、おかしいな。ただの実家からの荷物なのに。ただの食品なのに。特産品を除けばスーパーですぐに買える。だけどなぜか目の前にある食品たちが私を泣かしてくる。
玄関先で、ダンボールを目の前にしゃがみ込む。いつもならささっと片付けるのだけど、食品たちを見つめているうちに動けなくなった。
最近乾物にハマっている話をしたからか、味噌汁の具材に使えそうな乾物がたくさん入っている。カレーも好きだと言ったからカレーのルウ。一緒にシチューのルウも。私が雑談の中で話していた言葉をメモしていたのだろうか。なんだかもう用意している姿や、郵便局へ出しに行っている姿を想像してしまって泣ける。
「実家」×「荷物」の組み合わせから、ここまでセンチメンタルな気持ちになるなんて思わなかった。仕送りはこんなにも愛が詰まっていたのかと、改めて気づかされた。
*
いつからか、涙脆さが加速している。
特に家族のことを思うと私はすぐに泣いてしまう。まだまだみんな元気なのに、いつかきてしまう未来を考えてしまうと、心がキュッと苦しくなる。もちろん、未来はいつだって不透明だし、そんなことを考えていると目の前のことを楽しめなくなるから、ほどほどにするのだけどさ。
ふとしたときに、「そういえばこんなことあったな」「あの瞬間めちゃくちゃ楽しかったな」という思い出が蘇る。そのときに、無性に寂しい気持ちになるけれど、同時に「ちゃんと覚えておこう」と思いたくなる。
楽しかったこと、優しくしてもらったこと、愛されていたこと、幸せなこと。
目まぐるしい毎日を生きていると、些細な幸福をすぐに忘れてしまうこともある。出来事が積み重なって、思い出せなくなってしまうこともある。
思い出が更新されていくのは当たり前だけれど、「覚えておきたいな」と思った瞬間は、ちゃんと覚えておきたい。きっとそれらの記憶は、いつかどこかで私の支えになるかもしれないから。
さつまいもまで入れてくれたあの仕送りを、ダンボール箱の中身を見た瞬間のあの気持ちを、私は忘れないでいたい。
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10月からwebメディアo r d i n a r yで、本にまつわるエッセイ連載「青紗の本棚」が始まりました!
本棚から選んだ一冊をもとに、私の思考や体験を綴った内容となっています。あくまで書籍の紹介ではありますが、本にまつわる私の考えや体験がメイン。あらすじなどは一切紹介されていない、少し新感覚な内容です。
一冊を通して、私が「忘れたくないな」「覚えておきたいな」と思った気持ちや出来事が登場しています。
書きながら「覚えておくっていいな」と思いました。どんどん忘れていくからこそ、ノートにメモしておくだけで、いつだって当時の記憶が蘇る。日常生活の些細な出来事が、今の私の軸となるものを作ってくれていたのだなと感じます。
連載は月二回更新予定です。現在先月分が公開されているので、よかったらぜひご覧ください!
最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪