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海堂尊「ナイチンゲールの沈黙」読書感想文

回覧新聞の記事で “ 医療小説 ” というジャンルを知った。

あるのは当たり前のことなのに、興味もなかったので今までに読んだこともなく、初めて知ったような新鮮さがあった。

健康な自分にとっては、病院というと薬品の匂いと辛気くさい湿った印象があるのだけど、そこには窺い知れない人間ドラマが当然ある。

小説としては読みごたえがあるに決まっている。

それに医者には変態が多いという。
だいたいにして、看護師だってスケベだ。

そうではないのか?
まだ看護婦の時代に、大塚病院の外科の看護婦に童貞を奪われた自分には、その説が植え付けられている。

ちなみに、その豊島区にある大塚病院の隣にある大塚公園が「ラジオ体操発祥の地」である。

で、弟ということで入りこんだ看護婦寮では「手術のときなんてね、メスをいれるとね、顔に血がピュッて飛んでくるときもあるのよ」となんて話す彼女には、厳かさを基準とする美的な表情があって、痺れさすものがあって・・・、

・・・ 話がとんだ。
過去ばかり振り返ってしまうのは、懲役病の一種である。

とにもかくにも。
未開の医療小説の読書に着手する。


海堂尊は現役の医者

その新聞記事には、医療小説の第一人者として海堂尊(かいどうたける)が挙げられていた。
官本室にも、海堂尊の本が5冊ほどあるのは知っていた。

翌日には、そのうちの1冊の「ナイチンゲールの沈黙」を借りた。

タイトルが、ミステリー感を放っている。
ナイチンゲールは看護師の祖であって偉人であるし、なんてたって沈黙という2文字がいい。

遠藤周作の「沈黙」だってよかった。
沈黙という語感は、なんらかの意志を感じさせる。

しかも、著者は現役の医者だという。
リアル感は期待できそう。
これは、おもしろいのではないか?

単行本|2006年発刊|413ページ|宝島社

感想

読みはじめてすぐに気がつく

「チームバチスタの栄光」のほうが1巻となる。
この「ナイチンゲールの沈黙」が2巻となる。
なんの気なしに2巻から借りてしまった。

とはいっても、十分に2巻からでも読めるが、順番に読んだほうがよかったかもしれない。
なんにしても「チームバチスタの栄光」も読む。

前半は飽きるかも

病院の近所で殺人事件が発生。

警察は、看護師と患者に疑いを持ち、院長に対して捜査協力を申し入れるが、現場からは反対される。
「患者との信頼を損なう」ということだ。

院長は、強制捜査を回避するために、厚労省から出向してきた調査官に、病院内の調査の一切を請け負わせる、という展開となる。

病院には職域のせめぎ合いがある。
責任の押し付け合いも、たらい回しもある。

警察には、捜査の主導権争いがある。
そこに階級制のねじれが危うく絡んでくる。

そんな病院と警察がぶつかる。
現場でおこる看護師と刑事の対立が楽しい。

だけどもっと、楽しくなりそうな兆しがあるのに、前半はなかなかそうならずに、半ばくらいまではムズムズと我慢して読む感覚が続いた。

期待していた緊張感はさほどない

医療の現場は、緊張感が常に漲っていると思っていた。
緊張感って、ある種の興奮にもつながる。
それも期待していた。

が、いちばんに期待していた緊張感は、ほとんどといっていいほど描かれない。

冒頭から病院の忘年会からはじまって、看護師が繁華街でナンパされてライブハウスへいったりして、歌手が登場したりと、組み合わせがよくわからない展開にもなる。

でも、よくよく考えてみれば、病院の日常はこんなものかもしれない。

医者だって手術ばかりしているわけではない。
看護師だって遊びにいくに決まっているではないか。

著者が現役の医者というあまりに、リアルさを期待しすぎていたのかも。

期待しすぎて、肩透かしになっている。

医療の現場を誤解していたかもしれない

気のせいかもだけど、登場人物は妙に軽い人間ばかり。
明るいとか、軽快とか、ウィットだのいうよりも、ただヘラヘラしている。

病院というと、なんかこう厳粛な空気がある印象があるけど、そんな雰囲気ではない。

著者が大阪ノリなのか・・・と、思わずプロフィールを確めてしまったが千葉である。

しかし、よくよく考えてみれば、病院の人たちだって、いつも厳粛な顔をしてるわけでもない。

そういえば、人の死を平然と受け入れられるようになって1人前の医者だと、以前に聞いたことがある。

その境地を飛びぬけるとこうなるんだと、と自分に突っこみをいれながらの読書だった。

後半からグッとおもしろくなる

これだけ興味も想像も交じりながら読んでいるので、「あれ、なんかちがうな・・・」と、途中であっさりと挫折しそうにもなる。

すると、後半からラストにかけて、グッと小説ならではのおもしろさが炸裂してきた。

新技術や、専門用語ががどんどんと放りこまれて、それが新鮮に感じた。
無学者の特権だ。

現場の言葉が次から次へと出てくるのも、どこか格言めいていて、またそれがありがちな言葉ではなくて、医療の現場を感じさせた。

ミステリー度は、まったくといっていいほどない。
結末は大どんでん返しもない。

けど、次作も前作も読みたくなった。

ネタバレ登場人物

※ 筆者註 ・・・ ちょっと脈絡がないようになってますが、いろいろと放りこまれている小説なのです。頑張りましたがこうなりました。

牧村鉄夫

事件の被害者。
離婚して酒びたりの無職。

1人息子は難病で入院しているが、見舞いをすることもなく、手術の承諾もしない。

その日。
息子の担当看護師である浜田小夜を、自宅まで呼び出す。
手術の承諾書を持参させたのだ。

そして、レ○プをしようと襲いかかる。
が、後頭部を置時計で打撃され死亡。
発見されたときには、バラバラ死体となっている。

浜田小夜(はまださよ)

東海地方の桜宮市に所在する、東城大学医学部付属病院(以下、東城大付属病院)小児科の看護師。

牧村鉄夫を殺害してからは、死体をバラバラにすることで死亡時刻をごまかして、アリバイを成立させる。

で、歌唱力が抜群。
両親が音楽家だったことから、歌唱力が磨かれたのだった。

が、母親は、娘の才能に嫉妬して、それが原因で父親は刺殺される。

事後、母親は、桜宮病院の院長に虚偽の死亡診断書を作成してもらう、という経緯がある。

牧村瑞人(まきむらみずと)

牧村鉄夫の息子。
中学3年生の14歳。

網膜芽種を患い、東城大付属病院の小児科に入院中。
浜田小夜の看護を受けている。

網膜芽種とは癌の一種。
近々に眼球を摘出しなければ全身に移転するという状況。

あらゆる面で父親を恨んでいるので、殺害されたのも自業自得だと思い、死体をバラバラにするもの手伝う。

捜査が迫ると、浜田小夜をかばうため、すべて自分の犯行だと嘘を供述をする。

桜宮巌雄

市内の桜宮病院の院長。
警察医として司法解剖に長年携わる。

浜田小夜の母親に頼まれて、偽の死亡診断書を作成する。
その後、浜田小夜を養女にして、司法解剖の助手としていた。

加納達也

警察庁刑事局キャリア。
事件の捜査のため、桜宮署に出向中。

状況から、牧村瑞人を早くから疑い、入院している東城大付属病院に捜査協力を申し入れている。

DMA(デジタル・ムービー・アナリクス)という犯人を追尾する新しいシステムを導入しようと試みてもいる。

DMAとは、殺人現場情報をすべてデジタル化し、空間を再構築して、様々な演算を行い、犯人の特徴を解析する手法である。

白鳥圭輔

厚生労働省医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室長。
肩書きは重めかしいが、軽い性格の小太りの中年。

“ ロジカルモンスター ” の異名とおりの言動で周りをイラつかせるが、そんなことはお構いなしに突き抜けた調査を進めていく強烈な人物。

加納達也とは、大学の確率研究会というサークルの見知った顔ではあるが、このサークルの実態は麻雀をしていただけであり、両者は仲も良くない。

高階権太

東城大付属病院の院長。
警察からの捜査協力の申し入れと、現場の拒否に挟まれてどうしたらいいのか悩む。

裁判所の令状に基づいた強制捜査も回避もしたい。

そんなときに姿を見せた白鳥圭輔をいいくるめて、第三者の立場で病院内部の調査を一任する。

あっさりと白鳥圭輔が調査を承諾した背景には、警察が推進するDMAの余波があった。

DMAは、警察内部からも反発があり、法務省は法の不備をつくと邪推していて、厚労省は司法解剖で関わりがあるので、とばっちりを牽制する含みで出向させられたのだった。

猫田麻里

東城大付属病院小児科看護師長。
警察の事情聴取の申し入れを、現場責任者として拒否。
患者がショックを受けるし、信頼関係を損なうと主張する。

妥協案としての白鳥圭輔の登場には、病棟の外れにある “ 不定愁訴外来 ” での事情聴取を差配することで対応する。

田口公平

東城大付属病院神経内科講師。
週3回の “ 不定愁訴外来 ” の専任も兼ねる。

不定愁訴外来とは、患者のメンタルヘルスケアに寄与するのが目的としているが、実のところは患者の愚痴を聞くのが主となる。

「グチ外来」と揶揄されているが、病院内の人間関係から距離をとれているテリトリーを気に入っている。
そこがm猫田麻里によって事情聴取の場とされた。

刑事の加納達也を押しつけられて、さらに押しかけるようにして来た騒がしい白鳥圭輔に居座られて困惑する。

水落冴子

東城大付属病院に入院中の人気歌手。
重度の肝臓疾患で余命わずか。

浜田小夜を歌わせることでの “ 共感覚 ” により、事件の真相を明らかにさせる。

逮捕されることになる浜田小夜には、今後も歌い続けるようにと想いを託しもする。

ラストのあらすじ

調査の結果で

浜田小夜が幼少のときに、父親は刺殺された。
母親によってだ。

その母親を助けたのが、桜宮病院の院長だった。
「力があれば罪は飛びこえられる」と、虚偽の死亡診断書を作成したのだった。

すべての調査を終えた白鳥はいう。
悪意の血脈には、時効も境界もない。
浜田はそれを受け継いでしまった。

今回、浜田がおこした事件は、殺人とはいえ偶発的だったので、はじめから自首していれば大した罪にはならなかった。
それを隠匿しようとした浜田もわるい。

が、根は桜宮院長にあると、いつもの白鳥とはちがう低い声で指弾したのだった。

犯人逮捕のときに

浜田は逮捕された。
が、それは牧村瑞人が、眼球摘出のため手術室に入ったときまで猶予されていた。

ストレッチャーに横たわる牧村が最後に目にしたのは、浜田の笑顔となった。

田口公平は、窓から病院の入口を見下ろしていた。
エントランスには、パトカーが停まっている。

手錠をかけられて連行される浜田は、パトカーに乗る直前に窓を見上げて、小さくお辞儀をした。

患者の死

その上階の病室では、ベッドに寝る水落冴子と、それに付き添っているマネージャーの城崎が話している。

城崎は愛情を口にする。
水落の頬に涙が伝わった。
今まで、才能しか見られてないと感じていたからだった。

窓の外には、粉雪が舞う。
粉雪を眺めていた水落は「あれは風花、由紀ちゃんのお迎えね」と眼を閉じる。

先日に、白血病で死亡した、17歳の女の子に風花を重ねていたのだった。

その手は、城崎にきつく握りしめられた。

「あたし、行くわ・・・」と握り返してから「小夜をよろしくね・・・」とつぶやくと、最後の鼓動が伝わって消えた。

窓の外では、風花が一陣向こうへ走りぬけていった。


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