東野圭吾「流星の絆」読書感想文
受刑者は痩せる。
刑期の長短は関係なく、少なくとも10キロは痩せる。
20キロも痩せる者も普通。
771番の山田さん(仮名)も、20キロ以上は痩せたという。
懲役6年の山田さんは、ここではいちばん長い受刑者となっていた。
その山田さんの身元引受人が変更になったという。
仮釈を目前にして、身元引受人の弟に拒まれたのだった。
仮釈は延長された。
それからの山田さんは、さらに痩せていって、毛も抜けていって、C3POみたいになった。
目の見開き具合、頭の形、肘の曲がり具合、若干斜めの上体、歩行の様子、角ばった所作など、C3POが懸命に動いているようだった。
行進のときなど、突然にしてバラバラになりそうなくらい。
その頃から、1年ほどして読んだ本になる。
この本を選んだきっかけ
身元引受人が保護会となった山田さんは、半年ほどして仮釈になった。
明日から、洗心寮で2週間を過ごしてから仮釈となる。
その山田さんが、官本のなかで「いちばんよかった」といって挙げていたのが、この東野圭吾の「流星の絆」だった。
ほぼ即答だった。
以外だった。
出資法違反のそこそこの事件だったし、投資が好きな山田さんが東野圭吾なんて。
そうではないのか?
文芸作品というのは、生きた数字がでてこない。
だから、リアリティーが薄い。
多くの数字をいじった山田さんだったら、その点が大きく物足りなく感じても不思議ではない。
あと受刑者同士の話として、東野圭吾は犯罪の扱いが軽々しくて共感できない、という感想はたびたび聞く。
たしか、取調べの刑事も、東野圭吾は事件の描きかたが浅くておもしろくないともいっていた。
とにかくも「真夏の方程式」と「手紙」に次いで3冊目の東野圭吾になる。
読み終えた直後の感想
安定したおもしろさ。
犯罪が軽々しく扱われていても、リアリティーがなくても無難なおもしろさがある。
わるくいえば可もなく不可になるけど、わるくいう必要もないし、読みやすさもあってページがめくれられて、もっと先を読みたくもなる。
途中で結末が見えてきて一部は当たるが、そのままで終わらせなくて大どんでん返しがあるのは、やっぱり人気作家なのだなと思わせる読書だった。
一気に本を読み終えたい気分のときもある。
かつ、無難に読みたいとき。
そんなときに、また東野圭吾を読もうと思った読書だった。
ネタバレあり登場人物
有明幸博
洋食屋「アリアケ」店主。
料理人としての腕は優れているが、競馬が好きでノミ屋に300万の借金をつくる。
その借金返済のためにレシピを売ることになるが、その日に内縁の妻と共に店内で殺害される。
有明功一
有明夫婦の長男。
事件当時は小学6年生で、その夜は弟と妹の3人でペルセウス流星群と見るために家を抜け出していた。
事件で両親を亡くしてからは、弟と妹と共に施設で育つ。
成年した後は、デザイン会社に勤めるかたわら、弟と妹と共に詐欺を働くようになる。
事件から14年が経ってから、現場に残されていた “ 傘の柄 ” の擦り傷から、犯人は担当刑事だと見抜く。
当人は認めて、目の前で自殺をしたのだった。
有明泰輔
有明功一の弟。
事件当時は小学4年生で、犯人らしき人物を目撃。
それをずっと覚えていた。
犯人が自殺したあとには、今までの詐欺の罪を償って出直そうと兄に迫る。
戸神政行
洋食チェーン「トガミ亭」創業者。
有明幸博からレシピを50万で買い、受け取りのために事件直後に店を訪れていて、直後の現場を目撃している。
しかし保身のために、事件の捜査に協力することなく、その場を離れる。
買ったレシピのおかげで「トガミ亭」は繁盛し、チェーン展開もする。
14年が過ぎてから、有明泰輔の目撃の記憶から犯人と疑われるが、潔白を証明するために “ 傘の柄 ” を取り出した。
矢崎静奈
有明功一の1番下の妹。
内縁の妻の連れ子になるので、2人の兄とは血縁関係はない。
結婚詐欺のターゲットだった戸神行成に、次第に好意を抱いていく。
戸神成行
戸神政行の息子。
洋食チェーン「トガミ亭」麻布十番店の店長。
仕事熱心で誠実で実直な人柄。
自首を決めた有明功一から妹を託される。
柏原
横須賀署の刑事。
強盗事件を担当。
息子の手術費用のために有明夫婦を殺害して200万を奪う。
有明功一に犯行を見破られて、飛び降り自殺をする。
有明功一によるネタバレあらすじ
事件の真相が明かされたときに
「どうしてだよ!柏原さん!どうして殺したんだ!」
「・・・」
俺は声を荒げた。
14年前の事件のときは、いちばんに親身になってくれた刑事が柏原さんだった。
歩きながらの話は続いた。
どこにいくともない。
歩道橋に上がったころ、真相は明かされる。
やはり犯人だった。
息子の手術費用のための犯行だった。
「俺はね、もっと早くにこうするべきだったとおもうよ」
「・・・」
「あの夜でもよかったし、息子が死んだ日でもよかった」
「・・・」
「どうしてまた、今日まで生きてきちまったんだろうな」
「・・・」
言い終えた柏原さんと、くるりと背を向けて、歩道橋の手すりにまたがった。
止める間もなかった。
「俺みたいな人間にはなるなっ」
「・・・」
そういい残しただけだった
柏原さんは、手すりの向こうに消えた。
ペルセウス流星群の夜に
その14年前の事件の晩は、弟と妹と家を抜け出していた。
ペルセウス流星群を見るためだった。
事件から6年後の夜にも、俺たち3人は施設を抜け出して、獅子座流星群を見に行った。
夜空には、流星がいくつも見えた。
妹の静奈が声を上げた。
「俺たちって、流れ星みたいなものだな」
「・・・」
「あてもなく飛ぶしかなくって、どこで燃え尽きるのかわからない」
「・・・」
「だけどさ、俺たち3人は、いつだって絆で結ばれている」
「・・・」
「だから何ももこわがるな」
「・・・」
静奈は、ゆっくりとうなずいていた。
弟の泰輔は、なにをいうでもなく涙を流していた。
犯人は判明した
それから8年後。
俺たち3人は詐欺師として働いていた。
今度の相手は「トガミ亭」の創業者の戸神政行。
両親殺しの犯人だという疑いを持っている相手だ。
証拠作りの仕掛けも含めての詐欺だった。
疑う根拠はある。
事件の夜に、偶然に犯人らしき男の姿を目撃していた泰助が、あれは戸神政行に間違いないと断言したからだ。
しかし、それだけでは警察は動かない。
決定的な証拠が出てこない中、協力してくれたのは息子の戸神成行だった。
誠実で実直な成行だった。
詐欺のターゲットにしていたことも明かしてもいるのに、もし父親が殺人犯であったなら自身も会社も無傷で済まないのに、それでも「真実を知りたい」と協力するという。
そんな成行に、俺は好感を持った。
静奈が、成行に惹かれているのもわかる気もした。
もちろん静奈は、そんなことは一言も口にしてないが、素振りでわかっていた。
俺たちは芝居を打った。
芝居は成功する。
戸神政行は、事件の直後に現場にいたことを明かした。
しかし、そのまま捜査に協力せずに逃げ出したことは未だに悪いとは思っているが、事件には関係ないという。
証拠として、当時に店から持ち出した傘を持ち出した。
犯人の傘ではないかという。
その傘の柄を目にしたとき、俺は犯人に気がつく。
犯人は、事件の担当刑事だ。
驚きもあった。
いちばんに親身になってくれた刑事だったから。
兄弟は自首を決める
事件は解決したが、犯人は自殺するという結末だった。
すべてを知った泰輔は言う。
「俺、事件の真相を聞いて考えたんだ」
「・・・」
「子供のためとはいえ、金目当てで俺たちの親を殺した柏原はぜったいに許せない!」
「・・・」
「そんな汚い金だから、子供も助からなかったんだ!人から奪った金で幸せを掴むなんて、そんなのインチキなんだ!」
「・・・」
俺と泰輔は、自首を決めた。
今までの詐欺の罪を償うのだ。
静奈は庇うつもりでいるが、アイツの性格だったら「わたしも自首する!」と言いかねない。
いや、ぜったいに言いだす。
成行を頼るしかないのか。
成行と会ってからは、すべてを正直に話した。
静奈はダミーダイヤの指輪を買わせようと騙すつもりで近づいたことも、だけど今はちがうことも。
俺たちは罪を認めて、これから自首することも。
その上で、静奈は指示に従っただけだから自首を引き止めるように説得してほしい、と土下座もして頼み込んだ。
「静奈は、あなたに惚れている」
「・・・」
「あなたが説得すれば、アイツもいうことを聞くはず」
「・・・」
しばらく黙って考えていた成行だったが、静奈を説得するのには条件があるという。
まずは、ダミーダイヤの指輪は1000万で買うという。
その1000万で、俺たちが自首をする前に、今までの被害者に弁済をして回るというものだった。
ラストの2ページほど
1000万で買い取られたダミーダイヤの指輪だったが、それは静奈にプレゼントされた。
静奈は戸惑っている、
が、当の成行は穏やかに笑っている。
「この指輪を、あなたにプレゼントするのが、僕の役割だったんでしょ?」
「・・・」
「僕も、あなたたちと絆で繋がれていたい」
「・・・」
静奈は言葉がない。
指輪を受け取って涙を流すだけだった。
出所してからの感想
読書感想をキーボードしてから、ちょっと気になって山田さんのフルネームを検索してみた。
一発で事件の犯人として表示された。
集めた金は、株と高級車と貴金属につぎ込んだともあった。
思い出すのは、山田さんが明日から洗心寮という日。
夕食後の掃除のとき、モップをかけながら、こっそりと「よかったですね」と声をかけた。
山田さんは、涙ぐんでこっそりと手を差し出してきた。
受刑者同士が勝手に会話するのも、体に触れるのも禁止されているので、刑務官に見つかれば叱責となる。
が、握手した。
C3POみたいになっていた山田さんだったが、泣き笑いの表情を見せていた。
東野圭吾の小説は、勧善懲悪の心で読むのが本来だと思う。
犯罪者の気持ちや行動など理解する必要もないし、犯罪に共感するようでは受刑者予備軍決定なのだから。
そういったところでいうと「いちばんよかった」とこの本を挙げていた山田さんは、勧善懲悪の心で読んでいたのだと思われる。
だから今は、株くらいはやってるにしても、悪事とは無縁のところで暮しているのではないのか。
なんにしても山田さん!
おすすめの本、読んだからね!
で、感想も書いたからさ!