「チェリーボーイ無双:恋愛レースに背を向けた男の減速生活論」
どうもどうも、たなかです。
ええ、今日も元気に生き恥さらしてますよ。
noteの更新って、
さて、今回のテーマは「チェリーボーイの品格」。
いや、ちょっと待ってくれ。
そもそも「チェリーボーイ」に「品格」なんてものが存在するのかって?
あるんだな、これが。
まず、チェリーボーイってのは、言わば「永遠のサブキャラ」ですよね。
主役の友人A、後輩Bみたいなポジション。
何かといえば「おいおい、そっちで何やってんの?」みたいにモブ扱い。
デートスポットの話題になったら「デートって、どこ行けばいいんだっけ?」って訊いてしまう。
だってデートに行ったことなんてないからね。知らぬはチェリーボーイだけ。
それなのに世の中は、こうも堂々と「恋愛はスキルだ!」なんて言う。
何のスキルだ?
コーディネート?
それとも、エスコート?
いや、私に言わせりゃ「防御力」なんだよ。
思い出してみてほしい。
中学の頃の体育の授業で、妙に保身的なやつがいたろ?
バスケの試合で、ボールが飛んでくるとき、そいつだけ絶対に受け取りに行かない。
私ですよ。
あの時から「鉄壁の防御力」は発揮されていた。
恋愛においても同じだ。
誰かに惚れられるリスクを一切取らない。
電話番号?
教えない。
LINE交換?
「ああ、スマホの調子が悪くてね」と適当に濁す。
この鉄壁ぶり、
私なんか、恋愛の嵐が吹き荒れる海を、堂々とナンパ船の攻撃をスルーしながら航海してますからね。
ただね、チェリーボーイにも「初恋」はあるんですよ。
私の場合、小学校5年生の頃でした。
あのころの私は、少しだけ調子に乗っていた。なぜなら、担任の先生に「たなかくん、作文が上手ね」なんて言われてね。
これで「おれ、モテるかも?」
なんて勘違いしちゃったんです。
でも現実は非情だ。
クラスのマドンナ、さくらちゃんに告白した瞬間、彼女の返事は一言。
「友達としては好きだよ」
これだ。
いや、友達として好きだ?
完全にフラれた。
おかげで、私の心には「恋愛なんて地獄だ」という深い刻印が残り、以降はまるで地下シェルターに引きこもるように、愛の戦場から退避しました。
「減速生活」とは何か
さあ、ここで出てくるのが「減速生活」です。
皆さん、忙しい生活を送っていませんか?
通勤ラッシュ、仕事、飲み会。
何かとスピーディな現代社会。
私は違う。
チェリーボーイは減速する。
つまり、人生の進行スピードを意図的に落とすんです。
どうせ急いだって、恋愛フラグなんて立ちゃしない。
じゃあ、いっそ止まってみようじゃないか、という話ですよ。
例えば、土曜日の午後、他の人がデートに行っている時間に、私は家でのんびりと冷凍食品をチンしてます。
彼らはデートスポットで写真を撮りまくってる?
減速って、こういうことです。
スローペースにしたら、意外と人生楽しいことに気づく。
チェリーボーイは、ある意味で「脱社畜」生活を先取りしているのかもしれない。
さあ、ここまで聞いて、私がただの自虐ネタを連発してるだけだと思ったら、それは甘い。
チェリーボーイの「品格」とは、ずばり「潔さ」なんですよ。
モテないことを認め、恋愛というレースから自ら降りる。
逃げるが勝ちというわけです。
中央競馬と同じです。
私の友人に「モテようと必死になって、結果として何も得られない」タイプがいます。
彼は合コンで毎回ボロボロになりながら、「次こそは!」と意気込んでる。
でもね、チェリーボーイは違う。
最初から勝負に参加しない。
無理にカッコつけないから、心の平穏があるんです。
結論として、チェリーボーイの品格とは、「無理をしない潔さ」と「自分を受け入れる力」です。
世の中のカップルたちが、ラブラブな写真をSNSに上げている間、ぼくは一人で部屋にこもり、冷えたピザを食べながらネットサーフィンしてる。
でも、これが私の幸せなんです。
そう、チェリーボーイにしか見えない景色が、確かにここにはあるんですよ。
さあ、今日はこのへんで。
また次回、たなかの「人生という名の負け戦」シリーズ、お楽しみに。