仕事はカネなり 顧客はヒトなり

本稿は、前編の対談より続く、架空の人物と筆者の対話になっています。

仕事と顧客

小笠原:前回の対談で誤りがありました。

責任者:どの部分ですか?

小笠原:ここです。「忙しいから今回はパス」なんて、仕事をナメきっているとしか思えませんというくだりです。

責任者:あ痛たたた。あれはショックでした。

小笠原:そうですか、意識が変わるきっかけになるといいですね。

責任者:はい。で、どう間違っていたんですか?

小笠原:仕事をナメきっているんじゃなく「顧客をナメきっている」の間違いでした。

責任者:ゲッ!

小笠原:もう聞きたくありませんか

責任者:い、いえ。続けて下さい。


小笠原:みんな、仕事には一生懸命ですからね。あれは誤りでした。

責任者:もちろんです。仕事をナメちゃいません。

小笠原:ごもっとも。サービス業はサービスの質を向上させようとしますし…

責任者:営業職は、売上を伸ばそうと、営業本を読んだりして勉強してますよ。

小笠原:ですよね。技術職は、技術を伸ばそうとしますし、専門職は、専門的な知識を増やそうとします。

責任者:その道でメシを喰うプロですから。

小笠原:そうなんです。仕事のプロであって、顧客のプロじゃないんです。

責任者:はあ?

仕事ありきのプロ

小笠原:たとえば、専門家。弁護士が、格好の例でしょう。

責任者:いわずと知れた、法律のプロですな。

小笠原:プロ?弁護士バッジを付けてりゃ仕事が舞い込んでくるなら、ね。

責任者:確かに。どんなに優秀な先生であっても仕事がなくちゃ廃業やむなし。

小笠原:ということは、まず仕事ありきでしょう?

責任者:そりゃそうですよ、仕事あってのプロです。

小笠原:ということは、専門分野を研鑽するのが先ですか?依頼を受けるのが先ですか?

責任者:仕事の依頼です。


小笠原:では、仕事を依頼するのは誰ですか?

責任者:依頼人。お客様です。

小笠原:依頼人から受任する営業術が司法試験に出ますか?

責任者:いいえ、出ません、たぶん。

小笠原:ということは、顧客を見つける方法を知らずにデビューするんですね。

責任者:うーん、プロデビューしたって、仕事があるとは限りませんが、ね。

小笠原:野球にしても将棋にしても、仕事あってのプロですよね?

責任者:稼ぎがあって、それで食べていくのがプロです。

小笠原:でしょう?どんなに素晴らしい商品であっても、買う人がいなければ、ただ単に売れない商品というだけです。

プロは詳しくて当たり前

責任者:ちょっと待って下さいよ?

小笠原:はい?

責任者:能力の高い弁護士だから、依頼されるのと違います?

小笠原:それもあります。

責任者:だったら、弁護士としての腕を磨くのが先では?

小笠原:弁護士が、法律に詳しいのは当たり前でしょう。

責任者:そりゃあ弁護士ですから。

小笠原:弁護士同士で競い合えば入金があるのなら、腕を磨くのが先です。

責任者:ああ、そういえば、プロがあるのは、競技ばかりですねえ。


小笠原:そこを勘違いしがち。対戦相手や、観客のいる競技とは異なります。

責任者:お金を払ってくれるのは誰かってことですか?

小笠原:そうです。弁護士の依頼人は、主に、弁護士じゃありませんね?

責任者:一般人でしょうね。

小笠原:法曹という業界の外にいる人、つまり、法律の素人が顧客です。

責任者:その素人からみれば、弁護士が、法律に詳しいのは、当たり前。

小笠原:法律に詳しいのは、顧客から見れば、何の差別化にもなりません。


責任者:法的な問題を解決してくれるなら、誰だっていいんですもんね。

小笠原:誰だっていいのに、バッジを付ければ仕事が入ってくると思います?

責任者:あ、弁護士バッジは、婚活には有利でも、営活には無関係なんだ。

小笠原:営活って営業活動ですか、何の資格であっても、そうですよ。


責任者:でも、日本国が認めた国家資格ですよ?

小笠原:国家資格が何だっていうんです?国家資格でメシ食えますか?

責任者:独立できるじゃありませんか。


小笠原:公認会計士、税理士、弁理士、司法書士、行政書士、建築士、獣医師、歯科医師、不動産鑑定士、土地家屋調査士、理容師、美容師、クリーニング師、調理師、あん摩マッサージ指圧師、鍼きゅう師、柔道整復師…。

責任者:みんな独立してますよね。

小笠原:独立するだけなら、ね。でも、みんな生き残るわけじゃありません。

責任者:そうか。潰れなかった人たちだけが開業し続けているんだ。

小笠原:独立が目的なんじゃなく、安定経営し続けられるかでしょう?

責任者:そうですね。意外と、履き違えている人が多いかも知れません。

小笠原:資格や免許が、安定経営を保証してくれてますか?

責任者:いいえ。独立する資格まで、です。


小笠原:誰のお陰で安定経営できると思います?

責任者:お客様です。

小笠原:そう。資格のお陰じゃありません、顧客のお陰です。

責任者:確かに。

小笠原:資格があればうまくいくとか、独立すればうまくいくなんてことはありません。顧客がいるから、うまくいくんです。

責任者:レビット教授の「マーケティングとは、顧客の創造である」ですね。

小笠原:その通り!

責任者:独立が目的ではなく、安定経営が目的なら、まず顧客ありき。

身近にある危機


小笠原:資格や技術がお金をくれるわけじゃありません、顧客から頂くんです。

責任者:プロが能力を高めるのは当然で、それより何より顧客が優先されると。

小笠原:すべては顧客のために「まず顧客から始めよ」です。

責任者:お客様第一主義というやつですね?

小笠原:はい。それは正しいんですが、現実は、業界のルール、会社のルール、店舗のルールが最優先になっています。

責任者:前回の対談で、よーく分りました。

小笠原:お客様第一がウソだとバレたら、信用ガタ落ちですよね。


責任者:はい。口だけかぁ~って陰で笑われてしまいます。

小笠原:自社内は、業界に精通したプロの集団ですから、どうしても主観的になりがち。客観的には考えにくいものです。

責任者:「客が観ると書いて客観と読む」でしたよね?

小笠原:はい。客観的な視点が失われるのは、顧客視点が失われるに等しい。

責任者:お客様の視点で見聞きせず、お客様の立場で考えず、顧客満足を実現できるわけありませんものね。

小笠原:身近にある危機は、社内の会議で決めてしまうことです。

責任者:スタッフは、業界に精通したプロだから、業界や会社や店舗の都合で考えてしまうということでしょう?


小笠原:そうなんです。プロ同士が、プロの立場で考えるから、どんどん顧客との距離が乖離していくんです。

責任者:それを防止するには?

小笠原:素人である顧客の声に耳を澄ますことです。虚心坦懐に。

顧客の声を分析せよ

責任者:クレームは宝といわれる所以ですね。

小笠原:クレームは宝なんかじゃありません。できれば、無いほうがいい。

責任者:どうしてですか?

小笠原:一口にクレームといっても、非難と悲鳴は別ものです。

責任者:非難とは?


小笠原:いちゃもんの類いです。いやがらせとか、業務妨害とか。

責任者:悲鳴とは?

小笠原:助けてもらいたい叫びです。

責任者:それを非難と受け取ってしまうことがあるんですね。

小笠原:受け取る側には、受け取りたいように受け取る自由がありますから。

責任者:耳の痛い話には、耳を塞ぎたくなりますし。

小笠原:でも、顧客の困惑は、クレームじゃありません、悲鳴です。

責任者:悲鳴だから、助けてあげるんですね。

小笠原:そう。困っていることを解決してあげるんです。取引で。


責任者:わかってきました。ソリューションとか言われてもピンとこなかったけど。

小笠原:困っていることを探り出してこそのソリューション営業でしょう。

責任者:営業活動五階層の「リサーチ機能」ですね。

小笠原:そうです。コンタクトポイントの重要な役目です。

責任者:お客様と接するスタッフに、調査能力が必要とは、初めて聞きました。

小笠原:難しい話じゃありません、顧客の声を分析していますか?って話です。

意識と戦略

責任者:分析?エクセルとか使って?

小笠原:いいえ。よーく考えましょうってことです。顧客のことを。

責任者:いつもながら専門用語なしのシンプルな答えですね。

小笠原:テキストマイニングやラダリングったって分りませんでしょう?

責任者:用語の意味は分かりますが、文脈の中に出てくると混乱しますね。

小笠原:結局は、考えること。常に、意識の中へ留め置くことです。

責任者:意識かあ。仕事と顧客、どちらも大切ですが、仕事のプロは、仕事を大切にするあまり、プロ意識が働き、顧客視点に欠けてしまいがち。

小笠原:あなたはプロでも、顧客は素人。

責任者:だんだん分ってきました。仕事のプロと、顧客のプロの違いが。

小笠原:仕事は一回きりの取引ですが、顧客との取引は何度も続きます。


責任者:たとえば理容なら、髪を切るのが一回ごとの仕事。

小笠原:その技術を高めようとするのはプロとして当然。

責任者:髪を切る仕事中心に考えるよりも、お客様を人として考えれば、髪はまた伸びる。

小笠原:伸びたら切るのではなく、伸びたらまた来てもらうのが、顧客のプロ。

責任者:そうは思っているんですがねえ。

小笠原:思っているだけ。その自意識が、顧客第一という言葉遊びになるだけ。

責任者:確かに、思っているだけじゃ、実現しません。

小笠原:なので、顧客満足を勝ち取るための戦略戦術が必要なんです。

弱き者、その名は顧客


責任者:そう考えれば、自分の過ちに気づけます。

小笠原:どんな?

責任者:これまでは、満足してもらえる仕事をするために一生懸命でした。

小笠原:それは間違いではありませんよ。

責任者:はい。間違いではありませんが、優先順位は二の次でした。

小笠原:優先順位の第一位は?

責任者:お客様でした。自分の仕事のためより先に、お客様のために仕事していることに、気づいているようで、気づいていませんでした。

小笠原:おわかりになったようですね。「私が、私達が、弊社が」

責任者:知らず知らずのうちに、自分の都合を優先していました。

小笠原:顧客第一の落とし穴に気づくのは、簡単なようで、難しいものです。

責任者:そうですか?

小笠原:はい。顧客とは何ぞや?何年も考えまくりましたもの。


責任者:お客様とは、商品を買って下さる方って思うと、現金支払機になってしまうんですよね。

小笠原:そうです。もちろん、取引ですから、お金を払わなければ、顧客ではありませんし、飲食店なら無銭飲食という軽犯罪になりますから、取引という基盤の上に成り立つ相互関係であることは間違いありません。

責任者:お客様とは何か?の解釈ですよね。

小笠原:はい。私の導き出した答えが「弱き者、その名は顧客」

責任者:立場の弱い味方。

顧客十戒一行詩


小笠原:いつだって売る側が強いんです。開店時間にしても、買い方にしても、ルールは売る側が作ります。それを顧客十戒のような一行詩にすると、

「私が間違って行動しても責めないで下さい。あなたが布いたルールを知らない
だけなのです」

責任者:なるほど。翻せば、ルールを知らせない売る側の落ち度でもあるわけですね。

小笠原:ならば、買い方などのルールを示せばよいだけです。

責任者:今すぐ出来そうな単純な話ですね

小笠原:自分が知っているから、顧客も知っているだろうと思うのは大間違い。

責任者:ですね。


小笠原:それを顧客十戒のような一行詩にすると、

「あなたは自分を世界一ご存知でも、私は、あなたのことを知りません。教えて下さい。理解させて下さい。信用させて下さい。でなければ買えません」

責任者:なるほど。翻せば、情報を出さずに信じろったって無理な話ですよね。

小笠原:ならば、徹底的に情報開示することです。正しい接触の連続で。

責任者:商品知識、企業風土、業界慣習、社是社訓…伝えることは、幾らでもあります。

小笠原:それを顧客十戒のような一行詩にすると、

「あなたは業界のプロでも、私は素人です。あなたにとって当然の常識が、私にとって非常識な衝撃になることもあります」

相対的顧客戦略

責任者:なるほど。それにしても、十戒って、十だけじゃ済みませんね

小笠原:十の例示ですから。百の煩悩にすることもできますよ

責任者:100!とても全部は覚えきれません。

小笠原:覚える必要ありません。顧客は自分よりも立場の弱い味方という基本さえ意識していれば。

責任者:意識します。そして、困らないようにお手伝いするよう気を配ります。

小笠原:トップセールスに限って、大雑把なようで、細かく気配りできる人が多いのは、顧客の味方という同じ彼岸に立っているからでしょう。

責任者:トップセールスである理由ともリンクするんですねえ。


小笠原:顧客は人ですから、人を中心に考えれば、すべてがつながります。

責任者:人を中心に考えれば、どんな商売にも当てはまるんですね。

小笠原:そうです。それが相対的顧客戦略。

責任者:よし!商品や仕事を中心にではなく、人を中心に考えるようにします。

小笠原:忙しいときに借りたい猫の手には猫もついてきますが、仕事には人がついてきます。人すなわち顧客。

責任者:顧客がお金を払ってくれるんですものね。

小笠原:はい。仕事はお金になるから、みんな、仕事のために頑張りますが…


責任者:お客様は直接お金にならないから、仕事が終わったら見向きもしないのでは本末転倒。でも、それが当たり前のようになっているかもしれません。

小笠原:優先順位は顧客が第一。仕事や商品は二の次。それが、顧客第一主義。

責任者:直接お金になる仕事や商品を第一にして、お金を払ってくれるお客様を、実は、二の次にしていることに気づきました。

小笠原:これぞ、顧客満足が、お題目に終わりがちな主因です。

責任者:お客様と仕事へ対する考えが変わりました。ありがとうございました。


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