ユニクロ・レポート/後編

エポック・メイキング

前編では、ユニクロの躍進がフリースのみによるものではなく、顧客の価値を重点に置いた商品の見直しにあると述べた。商品開発である。

商品の開発といっても、世の中に存在しない全く新しい商品を開発したのではなく、ジーンズ、革ジャン、カーディガン、下着といった従来から存在する服を徹底的に見直した再開発である。


中編では、再開発の礎となる「顧客が求める価値」について述べた。

商品とは、売上のためにあるのではなく、顧客へ価値を届けるためにあることをユニクロは知っていたに違いない。

以上は筆者の分析であり、ユニクロが発表したものでも、ユニクロから聞いたものでもない。もしも誤りがあれば筆者の責任であり、ユニクロに責はない。

分析が当を得ているとしても、筆者はユニクロ関連の仕事には一切タッチしておらず、ユニクロの内部に知人もいないため、ユニクロの企業戦略を漏洩したわけではない。
もしも、ユニクロのマーケティング戦略と一致していたならば、それは偶然に過ぎない。

新聞や雑誌や書籍を参考にしたものでもない。よって、メディアの記事などと
食い違っている場合は、純度100%筆者の分析につき、ご寛容に願いたい。

以上をご理解の上、レポートの最終回となるユニクロのエポック・メイキングを御覧いただきたい。


エポック・メイキング(epoch-making)とは、画期的なこと。用例として、

epoch-making product=画期的な製品

epoch-making phase=画期的な局面

epoch-making choice=画期的な選択

のように使われる。では、ユニクロのエポック・メイキングとは何だろう?

それを知るには、ユニクロの主力商品である衣服へ対するインサイトから考え
なければならない。

では、衣服へ対するインサイトとは?

家着のインサイト

どのユニクロの店舗へ行っても、男性より女性客が多い。
(メンズフロアとウイメンズフロアに分けられた銀座店のような店舗を除く)

とうぜん、女性向けの商品が多い。

やはり、衣服に関心が強いのは、男性よりも、女性である。女性のインサイトに絞って考えなければならない。では、女性のインサイトとは?

女性は、財布の許す限り、いくらでも服を、靴を、バックを、帽子を、下着を欲しがる。

イメルダ・マルコス婦人の3000足の靴と500着のブラジャーを例に挙げるまでもなく、女性の衣服へ対する欲求は際限がない。

では、女性の欲求とは?


美であろう。美しくあることが生きがいであり、美しくあることが勝利であり、美しくあることが善である。

その具体的な表現方法の一つが、衣服である。美を表現する方法に際限はない。
化粧も整形も脱毛も然り。

だから女性は、どんなに散財しても、どんなに痛くても、どんなに苦しくても美を追求する。

こだわりは度を越して徹底している。涙ぐましいとも、いじらしいとも、執念深いともいえる。

しかし、それは外出着の場合であって、家で着る家着となると、美など二の次三の次。

着るにしても楽で、脱ぐにしても楽で、洗って干すにしても楽で、収納するも楽という、徹底的に楽な衣服を好む。


らく。
これこそ家着のキーワードであり、至上の価値である。スウェットが典型的。

その対極にあるのが外出着。外出着は、苦しくても着る。痛くても着る。寒くても着る。暑くても着る。家で洗えなくても着る。収納場所がなくても買う。
すべては美のために。

もちろん、外出着を家では着ない。
男性におけるビジネス・スーツといえば、男性には分かりやすいかもしれない。

家着で外出することもない。(近所のスーパーは別。近所のスーパーは主婦にとって台所と同然)

その中間に位置する「家で着られる外出着」となると無い。逆に、外出できる家着も、ない。


「家で楽に着られて、外出できる服って、ナイかなあ」

「外で着られて、家でも着られる服って、ナイかなあ」

この相反する欲求が、衣服へ対する女性のインサイトであり、欲求である。水
と油といっていい。

レベル・ウェア

家で着られて、楽で、ちょっと外出するにも、おしゃれで、恥ずかしくない服。
カッコいい服。美しい服。機能的な服。品質の良い服。

家着と外出着の中間服(インターレベル・ウェア)である。

それが、洋装になって140年間、あるようで、なかった。

その中間服を作り出したのが、ユニクロである。

この、女性のインサイトを叶えた中間服こそ、ユニクロのエポックメイキングではなかったか。

だからこそ、別に本物でなくとも、伸縮性に富んだ伸びるジーンズがあっても良いわけである。

伸びるということは、耐久性に乏しい。ひざが抜けたり、よれよれになったり、擦り切れやすい。


それでも、安いから、気軽に買い換えられる。色違いも欲しかったら、気兼ねなく2着買える。ユニクロへ行けば、購買欲求を満たせる。美の追求という欲
を満たせて嬉しい。楽しい。

買い換えられるということは、財布の痛みを感じずに、流行を取り入れられる。
これもユニクロが提供する価値に違いない。女性は流行に敏感。

流行を提供するということは、定番商品、つまり、在庫を抱えずに済む。在庫が要らないということは、その流通コストを価格へ反映できる=安くできる。

在庫を掃くためのバーゲンやセールも可能。女性がバーゲンに弱いのは、今も昔も変わらない。

在庫がないということは「買おうかどうか迷っていたら、売り切れちゃってて残念だった」との声もあるだろう。


そうすると「売り切れないうちに買わなくちゃ」「いつ無くなるか心配だから、いま買っちゃおう」という購買動機を植え付けられる。

それを促進するのが、時間的差別価格。平日と土日の価格が1,000円も異なる
商品を限定販売。当然、それを土日に買いに行く。

それでは平日に買わなくなると思いがちだが、前述の購買動機が作用し、平日でも下見に来店する。
女性にとってショッピングは狩り。狩り場の下見である。

下見とはいえ、来店してしまえばユニクロのもの。「無くなるかも知れない」「他の人が買ってしまうかもしれない」との恐怖が購買を促進する。

「土日まで待てない」「今すぐ欲しい」とのパニック・バイイング(衝動買い)も起こる。

いかがだろう?見事なまでに、商品と価格と流通と販売が連鎖していることがわかる。

これをマーケティングの成功と言わずして何と言おう?

ユニクロの成功は、マーケティングの成功でもあった。

ユニクロの海外戦略

主題は尽きた。以下、余話として。

ユニクロは、楽しさも提供している。

どの店舗もドレッシングルームの数が多いため、待たずに何度でも試着できる。
もちろん、タダで。

試着は、女性にとって、楽しみなエンターテイメント。これが通販には真似のできない優位性になっている。

ユニクロの店舗スタッフも素晴らしい。接客態度が自然で、自発的な明るさがある。おそらく、ユニクロのイズムが浸透しているのであろう。

たとえば、
「ユニクロを辞めても、どこへ行っても通用する接客のプロになる」

「ユニクロで働いていたといえば、どこでも採用される人材になる」

のような「会社のためではなく、自分のために仕事する」という教育なのかも知れない。イヤイヤでは、あの自然な明るさは作り出せまい。


ここまでユニクロの素晴らしさばかり取り上げてきたため、ユニクロの回し者と思われては心外につき、ユニクロの弱点を挙げてレポートを締め括る。

日本人には、家着と外出着を分ける習慣がある。波平(サザエさんのお父さん)も、帰宅すると、丹前(浴衣?)に着替える。

この習慣は、履物を脱いで入る日本ならではの畳文化が背景にあると思われる。

ご存知の通り、欧米では、靴のまま家へ入り、カウチに座り、ベットに寝転ぶ。
服も、外出着と家着を分けない。(外出のためのドレスアップを除く)

もしもユニクロのエポックメイキングがインターレベル・ウェアだったとすると、外出着と家着を分けない文化圏では、ユニクロは、受け入れられにくい。


ユニクロは、英国、中国、米国、香港、韓国、フランスと海外進出してきたが、日本のような大成功を収めているのだろうか。(ブランド化を目的に出店しているのであれば話は別だが)

日本は、他国の文化を取り入れて改良し、似て非なるものに仕立てるのが得意で、それを国民もすんなり受け入れるが、他国は頑(かたく)なに伝統を守る。

そう考えるならば、ジーンズでありながらもジーンズではないジーンズの価値が他国民に認められるだろうか。


また、一億総中流の日本とは異なり、欧米諸国も中国も、日本より貧富の差が激しい。
それに加え、日本人は、自分だけ突出するよりも、周囲と同じ価値を好む。

こうした、日本と他国の文化の違いを踏まえて考察すると、柳井会長兼社長がいうところの「ユニクロは国民服」が海外で通じるだろうか。

もしも海外店舗が芳しくないとしたら、日本で通じるインターレベル・ウェアとは別の商品コンセプトが求められるであろう。

それを叶えたら、ユニクロの世界制覇も夢ではない。

             ユニクロ・レポート[完]

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