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【書評】田中小実昌『自動巻き時計の一日』


 田中小実昌について書く。

 「やはり、なにかハッキリさせたいものが、あるんだろうか?おれ自身にも、わからない」

 そうはじまるのが『自動巻き時計の一日』という小説だ。といっても、その題名は出版社の考案で、本人は書いたものに題をつけることはしない。修正そうだった。

 田中小実昌(たなかこみまさ)は本名である。1925年生まれ、2000年に死去。19歳の時徴兵され中国湖南へ。戦闘経験なしに復員となる。父は田中種助。独立教会「アサ」を創設した牧師だが、十字架を持たなかった。

 東大哲学科に戦後復学した小実昌は、学校へは行かず、香具師になり、また米軍横田基地で銃弾運搬作業員になったりして二十代を過ごした。それは彼自身が自らの精神的内実から、また社会的なしくみから完全に自由になれるかを実験するかのようなものだった。

 最後の作品となった『バスにのって』を読んだ。青土社刊で、表紙の写真が作者の人となりをよく伝えている。

 「ぼくはどこにいっても昼間はバスにのり、夜は酒を飲んでいる」

 この人はそう語るのだが、いつも考えることは手放さない。考え、問い、そして時にこんなことをもらす。

 「習慣くらいおそろしいものはない。世の中のことは、たいてい習慣できまってしまう。戦争も習慣だ。世の中の習慣にさからう気持ちがなくては、習慣で戦争に流される・

 また別の時にはこんなことも。

 「歴史とは、奇跡がごくふつうにおこっているのを見ることだろう。しかし、逆に、ごくふつうにおこっていることが、じつは奇跡だということも、歴史をする物は知らなくちゃならない」

 彼の孫の開(かい)さんは、新宿ゴールデン街で酒場をやっている。祖父をしのぶ本屋写真なども置いているとのことだ。

自動巻時計の一日 (河出文庫) 文庫  2004/9/4

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