声劇台本「海へかえる」ジャンル:ホラー 4人用台本(3:1:0)
原案:じんもふ
脚色、文章:棚霧書生
登場人物
隼斗 中学一年生。海辺の町で両親と暮らしている。赤ん坊の頃、身内に起こった事故のことは知らない
愛斗 隼斗の実兄。すでに亡くなっている
美咲 隼斗の戸籍上の母。血縁上は祖母にあたる
光太郎 隼斗の戸籍上の父。血縁上は祖父にあたる
プロローグ
隼斗:海の音が聞こえる。ザーッザーッと波の音。ミャーオと低くウミネコも鳴いている。その音がときたま人の声に聞こえる
隼斗:ハヤトもこっちにきてよ、そう呼ばれている気がする。僕は海に呼ばれている。でも、これは全部気のせいなんだろう
ーー
自宅、朝
美咲:隼斗早く起きないと朝ご飯を食べる時間がなくなるわよ~
隼斗:いま着替えてる!
光太郎:隼斗も中学生か、子供の成長は早いな
美咲:そうね。このまま無事に大きくなってくれれば、御の字ね
光太郎:あの事故から何年経ったかな
美咲:やめましょうよ。今日は隼人のハレの日、入学式なんだから
光太郎:ああ、そうだな……あの子の成長を見ているとどうしても……思い出してしまって。
美咲:……隼斗には話さないと決めたのだから、あの子に変な態度をとらないように気をつけてくださいね
光太郎:わかってる、わかってるよ、あのことは私たちだけの秘密だ
隼斗、リビングに入る
隼斗:父さんと母さんは、式に来るんだよね?
美咲:目一杯おめかしして行くわよ!
光太郎:今日のために有給をとったからな、式が終わったら帰りは焼肉屋によって、たくさんお肉を食べよう
隼斗:うん、ありがとう。すごく楽しみだよ
ーー
入学式
隼斗:(入学式には新入生の保護者が多く来ていた。参列している他人の父親や母親を見て、やっぱり、うちの父さんと母さんって老けてるよなぁと思う)
隼斗:(僕は遅くにできた子供だから、父さんと母さんが年をとってるのは仕方のないことだけど、ほんのちょっとだけ気になる)
隼斗:(小学生のとき、からかわれたのが嫌な記憶として残っているせいかもしれない。お前、本当は拾われた子なんじゃないの……と)
美咲:隼斗〜こっち向いて
隼斗:(下を向いて花道を歩いていたところに、母さんの明るい声につられて顔を上げる)
光太郎:カメラはここだ。スマイル、スマイル!
隼斗:(僕はなにをくだらないことを考えていたのだろう。カメラを構えた父さんに向けてにっこりと笑う)
ーー
初夏、夕飯時
隼斗:今度、学校の授業で海に行くことになったよ
光太郎:海に?
美咲:どうして、また海なんかに……
隼斗:夏休みを前に、安全に海水浴を楽しむための講習を受けるんだよ。どうしたの母さん、怖い顔して
美咲:海は危険なのよ……その授業休めないの?
隼斗:えっ、わざわざ? 救命の資格を持った人が来て、教えてくれるんだよ、みんなもいるし危ないことはないと思うけど
美咲:それでも、絶対安全ってわけじゃないでしょう、当日は休みなさい。そのほうがいいわ
隼斗:母さん……僕が言うのもなんだけど、それは過保護すぎると思うよ
美咲:ええ……そうね、そうかもしれないけど……
沈黙
光太郎:……昔のことになるんだが
美咲:ちょっとお父さん、その話は……
光太郎:お父さんとお母さんの大切な人が海で亡くなったことがあってね。それが悲しくて悲しくて私たちは海を嫌いになってしまったんだ。お母さんが心配するのはそのせいなんだよ
隼斗:そうなんだ、全然知らなかったよ。海の近くに家があるのに、家族で海水浴に行ったことがないのって、もしかしてそれが理由?
美咲:……ええ
光太郎:どうしても思い出してしまうからね。隼斗には話してなかったが、お前が大きくなったらこの家は売ろうと思っている
隼斗:海の見えない場所に引っ越すの?
光太郎:すぐにじゃない。隼斗もそのうち家を出るだろう、引っ越しはそのあとの話だよ
隼斗:知らなかった……僕、なにも知らなかった……
美咲:話してないのだから、知らなくて当然よ
隼斗:父さんも母さんも海が嫌いだったの?
光太郎:大切な人の命を持っていかれたからな
隼斗:(僕はこのとき、父さんと母さんに話すべきだったんだろうか、ハヤトもこっちにきてよ、と海に呼ばれていることを)
ーー
海
隼斗:(父さんも母さんも海での講習に不安げな顔をしたが、ズル休みはよくないと説き伏せて僕は講習に参加していた)
隼斗:(海で安全に過ごすための講習は滞りなく進み、余った時間で海に入って遊べることになった)
隼斗:(海に胸まで浸かって、手で水鉄砲を作って遊んでいたら、そいつは前触れなくやってきた)
愛斗:ハヤトもこっちにきてよ
隼斗:……え?
愛斗:ずっと待ってるんだよ、お父さんとお母さんとマナトで、ハヤトのこと待ってる
隼斗:君、同じクラスの人じゃないよね……。どちらさま?
愛斗:マナトのこと覚えてないの悲しい。でもずーっと離れてたからしょうがない。マナトね、お兄ちゃんなの!
隼斗:お兄ちゃん?
愛斗:マナトね、ハヤトのお兄ちゃんだよ!
隼斗:なに言ってんだよ……。僕はひとりっ子だ
愛斗:ボクとハヤト、双子だよ! ほら、よく見て、お顔そっくり!
隼斗:たしかに顔は似てると思うよ……。けど、突然現れて双子だなんて、そんなことあるわけない
愛斗:信じてよ、マナトのこと信じてハヤトもこっちにきてよ
隼斗:こっちって、どこだよ……
愛斗:海! 海の底!
隼斗:(背筋が寒くなる。ようやく僕はまずいものと話していることに気がついた。これは相手にしてはいけないたぐいのものだ)
愛斗:あっ、待ってよハヤト!
隼斗:ひっ……
隼斗:(兄を名乗るマナトという少年が僕の体にしがみついた。バランスを崩して海の中に倒れ込む。重くて動けない。顔が水に浸かる。息ができない)
ーー
海?
愛斗:やったぁ、ハヤトがこっちにきてくれた!
隼斗:ハッ……ここは?
愛斗:ボクらの海へようこそ。ここは楽園だよ、学校もないし、お仕事もないんだ! ハヤトもボクと一緒に遊んで暮らそ
隼斗:僕は帰らないと……
愛斗:なんでさ! お兄ちゃんより大切なものがあるっていうの!?
隼斗:父さんと母さんが待ってる
愛斗:キャハッアハハハハハハ!
隼斗:なにがおかしい
愛斗:だってハヤトのお父さんとお母さんはこの海にいるんだから、帰る必要なんてないでしょ
隼斗:僕の父さんと母さんは海にはいないよ
愛斗:ハヤトが言ってるのは偽者のこと? やめときなよ、ハヤトはあいつらに騙されてるだけなんだから
隼斗:くだらないことを言うな!
愛斗:くだらなくなんてない。全部本当のこと。マナトとハヤトは双子で、産んでくれたお母さんは海にいる。もちろん、お父さんもね。
愛斗:ハヤトはね、小さい赤ん坊のときに陸の人間に盗まれたの
隼斗:デタラメを……
愛斗:デタラメじゃない! お父さんとお母さん、ハヤトがいなくなっていっぱい悲しんでる。だからマナトが陸からハヤトを取り返そうと思った
愛斗:マナト、たくさん呼びかけた。ハヤトに届くように、気持ちを込めて、たくさんたくさん……
隼斗:海が呼んでると思っていたけど、あの声は君だったのか
愛斗:ここでハヤトの本当の家族と暮らそう? それが一番幸福だよ
隼斗:……できないよ。僕は陸に帰る
愛斗:偽りの家族のもとに?
隼斗:……父さんと母さんは僕の本当の家族だよ
愛斗:あの二人は嘘つきだ。ハヤトを騙してる
隼斗:そんなことない
愛斗:騙されてるのに
隼斗:(マナトはふてくされた表情でどこかに行ってしまう。僕との問答に飽きたのだろうか。マナトは、ここを海と言っていたけれど、息も会話もできて不思議な感じだ)
隼斗:(とりあえず上にいけばいいのだろうか。頭上の光に向かって、泳いでいく。ある地点を越えた途端に普通の水の中と同じように息ができなくなった)
隼斗:(だけど、水面はあと少しだ……。このまま泳ぎきれる。僕はバタ足を速めた)
愛斗:ハヤトー? どこ? ボクたちのお父さんとお母さん、連れてきたよ! これでマナトのこと信じてよ
隼斗:(振り返るとマナトを真ん中に挟む形で男性と女性が手を引かれている。あれが僕の……いや、そんなはずはない。あれはマナトの両親だ)
隼斗:(苦しい……早く水面に出ないと……)
ーー
車、夕方
隼斗:迎えに来てくれてありがとう、父さん
光太郎:学校から電話が来たときは心臓が飛び上がったよ
隼斗:ごめん、驚かせちゃったね
光太郎:隼斗、念のため病院には行っておこう。短い時間とはいえ、溺れたんだろう?
隼斗:すぐに助けてもらったから大丈夫だよ。少し、海水を飲んじゃっただけ
光太郎:やっぱり、海はダメだな
隼斗:ねえ、父さん
光太郎:なんだ?
隼斗:マナトって知ってる?
光太郎:……どこでその名前を聞いた
隼斗:知ってるんだね
光太郎:誰から、愛斗のことを聞いたんだ。答えなさい
隼斗:マナト本人だよ
光太郎:はっ、ありえない。親に嘘をつくのはよくないな
隼斗:父さんは……僕の父さんだよね
光太郎:…………
隼斗:父さん……黙ってないで教えてよ
光太郎:家で話そう。母さんも交えて
隼斗:……わかった
ーー
自宅、夜
光太郎:少しだけ母さんとふたりきりで話させてくれ
隼斗:(父さんはそういって母さんと寝室に入っていったけど、なかなか出てこない。時折、言い争うような声が聞こえてくる)
美咲:どうして、こんな急に!
光太郎:仕方ないだろう!
美咲:……あれを話すの?
光太郎:変にこじれるよりは……
美咲:ああ、隼斗……きっとショックを受けてしまうわ……
隼斗:(マナトに言われたことを思い出す)
愛斗:あの二人は嘘つきだ。ハヤトを騙してる
隼斗:そんなわけが
愛斗:ハヤトはね、小さい赤ん坊のときに陸の人間に盗まれたの
隼斗:父さんと母さんは……
愛斗:お父さんとお母さんとマナトで、ハヤトのこと待ってる
隼斗:僕の家族は……!
愛斗:ハヤトもこっちにきてよ。本当の家族と暮らそう?
光太郎:包み隠さず全部話そう。誰が教えたのかはわからないが、隼斗はすでに愛斗のことを知ってしまったんだ
美咲:私たちが本当の親ではないと知ったら、あの子がどんな顔をするか……
光太郎:隼斗の両親は、海斗と汐里(しおり)さんは愛斗と共に車ごと海に沈んだ。不幸な事故だった……。すぐに受け入れるのは難しいかもしれないが、時間が味方をしてくれるさ
美咲:息子夫婦が双子を授かったときは嬉しかった……愛斗と隼斗が生まれて、孫がいっぺんに二人できたって有頂天だった……それなのにどうしてこうなってしまったの、あの日、海斗たちが夜中に車で病院に行くのを止めておけば……!
光太郎:その話は、何度もしただろう! 赤ん坊の愛斗と汐里さんが40度近い高熱を出していたんだ。二人を病院に連れて行くために海斗が車を出すのは当然だったんだよ
美咲:だけど、まさかガードレールを突き破って海に落ちるなんて……! ああ、ひとり残されて可哀想な隼斗……
光太郎:いいや、可哀想だなんて考えるんじゃない。隼斗は幸運だったんだ、私たちに預けられて、事故に遭うことなく生き残ったのだから
美咲:本当の両親を亡くして、双子の兄も亡くして……ねえ、こんな悲しい事実はなかったことにしておくのが一番よ。私、話せないわ……隼斗に本当のこと話したくない……
光太郎:けれど、隼斗は私たちが本当の両親ではないことに気がついているようだった。黙ったままでは憶測を呼ぶ。隼斗を無闇に不安にさせたくない。ここは素直にすべてを打ち明けるべきだ
美咲:胸が張り裂けそう
光太郎:私から話す。君はその場にいてくれるだけでいい。とても大事なことだから、家族がそろった状態で話をしたいんだ。わかるね?
美咲:ええ、これは家族の問題よ、私だけが立ち向かわないわけにはいかないわ
光太郎:私は隼斗を自分の息子だと思っている
美咲:その気持ちは私も一緒。隼斗は私たちの大切な息子よ
光太郎:覚悟はできたね?
美咲:ええ……
光太郎:隼斗、待たせてしまって、すまない……隼斗?
美咲:あの子、どこにいったの?
光太郎:おーい、隼斗! 自分の部屋にいるのか?
美咲:お手洗いにはいなかった
光太郎:こっちにもいない。……隼斗の靴がなくなってる
美咲:外に出たの?
光太郎:……隼斗を探そう
美咲:なんだか嫌な胸騒ぎがするわ……
光太郎:……行こう
――
海
隼斗:(今夜は波の音が大きく聞こえる。僕を強く呼んでいる……)
愛斗:ハヤト〜!
隼斗:(海の中から上半身だけ出したマナトが僕に向かって、手を振っている)
隼斗:(僕は服が濡れるのも構わず、海へと入っていく。マナトのところに行くために)
愛斗:来てくれて嬉しい! マナトのこと、信じてくれて嬉しい!
隼斗:(月明かりが僕らを青白く照らしている。波の音、自分の心臓の音、マナトの声、ぜんぶが溶けあっていくように感じた)
隼斗:マナト……
隼斗:(僕と姿形がそっくりな彼は幸せそうに微笑んでいる。まるで鏡に向かって自分が笑いかけてるみたいだ)
隼斗:そっちは幸せ?
愛斗:もちろんだよ! お父さんとお母さんとマナトで楽しく暮らしてるんだ! でもね、一つだけ欠けてるものがあるの
隼斗:それは、なに?
愛斗:ハヤト! マナトの双子の弟! お父さんとお母さんのもうひとりの息子! ハヤトが戻ってきてくれたら、ボクら家族はもっと幸せ!
隼斗:僕と君は家族なんだね
愛斗:最初からそうだよ! 隼斗だけが陸の人間にさらわれちゃったから、少しの間離れていただけで、ボクらはずっと家族さ!
隼斗:マナトのお父さんとお母さんは、こんなに大きくなった僕を受け入れてくれるかな
愛斗:当たり前だよ! お父さんとお母さんはマナトだけじゃない、ハヤトのお父さんとお母さんでもある。ハヤトが帰ってくるのをずっとずーっと待ってるんだから!
隼斗:……そうなんだ
愛斗:まだ迷ってるの? マナトと一緒に本当の家に帰ろうよ?
隼斗:……だけど
愛斗:ハヤトは今日、自分の足でここまで来てくれた。それって、陸の家族を信じられなかったからなんじゃないの? 嘘つかれてるって気がついたから、マナトのほうが信じられると思ったんじゃないの?
隼斗:そうだね……
愛斗:お父さんとお母さんのところに帰ろう。迷わないようにお兄ちゃんが手を引いてあげる!
隼斗:(マナトと手をつなぐ。不思議と恥ずかしいとは思わなかった。どうしてだか僕はとても安心していた)
隼斗:マナト兄さん
愛斗:うふふ、なぁにハヤト?
隼斗:僕を家につれて帰って
愛斗:そのために迎えに来たんだ! 手をしっかり握って、はなしちゃダメだよ!
――
数日後、自宅
光太郎:警察から連絡があった……。隼斗は海で
美咲:やめて!!
光太郎:……
美咲:やめてよ、聞きたくない!
光太郎:また、連れていかれてしまった……
美咲:ううっ……うあああああ…………(むせび泣く)
光太郎:はあ……ああっ、海なんか大嫌いだ……!
終わり
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