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しずかなきもち①

これからここに綴る風景は、僕にとって、きっと、人生の折々で、何度も描写するもののひとつになると思う。

タイトルは、シンプルに、「しずかなきもち」としたい。

僕には5歳になる娘がいるのだけれど、

5歳の娘には、来月2歳になる、双子の妹弟がいる。

これは、妻が双子の妹弟を妊娠してから出産するまでのあいだのおはなし。まず、時計の針を少し巻き戻さなければいけない。

・・・

妻の双子妊娠6ヶ月のタイミングで、妊婦健診にはじめて同行した。

母子ともに、いたって健康だった。ほっとした。

しかし、まだ何かある様子。お医者さんは少し外しますと言って、少し待たされる。しばらくして、戻ってきたお医者さんから「うーん、日常生活で体動かしてると赤ちゃんすぐにでも出てきちゃうかもしれませんから、今日から出産まで入院ですね」と言われた。

え。今から急に。4ヶ月!?

明日からの、娘の保育園の送り迎え、どうすんの?というのが、心に浮かんだことだった。

僕は当時、①早朝出勤 ②終電近くまで働く③徹夜で働く、のどれか3パターンのシフトで働いていた。どのシフトに入ったとしても、僕ができない方の送りか迎えは誰かにお願いしなければならない。この瞬間を迎えるまで、それは妻が担当していた。

明日のお迎え、誰かに頼まないと(もう、けっこう夜遅い時間だ)。早朝出勤のパターンの時は、朝の6時前には娘を誰かに託さなきゃいけないぞ(そんなこと可能なのか?)

心の中で、おさらい。母子は、健康。病院で、出産まで、安静に、過ごせる。大丈夫。

頭がグルグルしそうになりつつ、なるべく穏当な態度で、お医者さんにまず「保育園送り迎え問題」を告げた。するとお医者さんは返す刀で「病院と繋がっているソーシャルワーカーとご相談ください」と提案してきて、診察から1時間後くらいだったかな、部屋を変え、僕は今度はお医者さんではなくソーシャルワーカーの方とお話ししていた。

ソーシャルワーカーの方に、僕の働き方の現状をお伝えした。ゆっくりと僕の話を咀嚼してくれたソーシャルワーカーの方は、ゆっくりとだけれど間を置かずに、解決の糸口を紡ぎ出してくれる。ひとつひとつ、僕は手元のノートにメモしていった。

・頼れる肉親・親族は近所に住んでいるか?
・民間の保育園送迎サービス&一時預かりサービスを利用する気はあるか?
・地域の見守りを有償・無償ベースでやっているボランティアに相談する気はあるか?
・児童養護施設に預ける気はあるか?

ソーシャルワーカーの方は、特に念入りに、長い時間をかけて児童養護施設について説明してくれた。どうやら、児童養護施設に子どもが預けられるケースは、世間で知られているより(少なくとも僕が知っているより)はるかに多岐にわたるらしい。「お父さんがお仕事に行かなければならない間、娘さんを誰も見られない時間帯が生じるというのは、児童養護施設に預ける事情として十分です」ということを、ソーシャルワーカーの方は、僕に向かって言った(以降、折に触れ、このソーシャルワーカーの方には電話で相談させてもらった。あの時はお世話になりました。ありがとうございました)。

すでに、病院を訪れてから何時間が経っただろう。夜もだいぶ遅い。「この難問を、明日の出勤時までに解決させる?」というひと言を、僕は飲み込んだ。

(あれ、僕はそもそも明日、仕事に行こうとしてるのか?休ませてもらおうとしてるのか?休むとしたらいつまで?娘のお世話の懸念がすべて解決してから?いきなり長期休暇頼むのか?その長期休暇は、どのくらいの期間か概算決めとかないと。そもそも、そんなことして大丈夫なのか、僕の職場の立場は?)

「とりあえず、現状を、職場の方とも相談してください」とソーシャルワーカーの方に言われ、我に返った。「ああ、そうですよね」

・・・

今からふりかえってみると、あの6ヶ月妊婦健診の日が、僕が世の中を見る視点を変える大きな転機になったような気がする。

今まで見えていなかった景色。近所のご年配の方が、じつは地域の見守りボランティアに登録していた。近所に、僕らと同じように、双子のお子さんがいるご家族がいた(使わなくなった双子ベビーカーをくださった!)。

もう少し広い視点に立つと、それぞれの人の顔はだんだん見えにくくなってくる。でも、もう少し広い領域をサポートする人々の存在が、たしかに点描されている。

ソーシャルワーカーの方から授かった解決の糸口というのは、そういった、自分が気づいてこなかった世界への入り口だった。

(つづく)



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