産後クライシス? | ジャーナリングがいつしか夫への愚痴ノートになっていた
こんばんは、ゆうゆう産休を堪能しているひーままです。
産休・育休中にどれだけnoteの記事を書けるかチャレンジの3記事目はジャーナリングをやってみた経過について書いてみようと思います。
ジャーナリング、筆記開示、日記などとにかく頭の中の思考をノートに書き出すとメンタルに良かったり願いが叶ったりするんだよという世の中の発信がされています。
最近ではyoutubeで「ジャーナリング1000日やってみた」系の動画を見かけたり、本で読んだりして、手元にあるノートに思考の書き出しを始めてみました。
大体今年の4月くらいから時間がある時や、思考・感情の整理をしたいタイミングで無地のノートにボールペンでわーっとその時の考えていることを書き殴っています。
最初は自分の現状から将来の展望、やりたいことややるべきことなどを書いた意識高い系の内容でしたが、今年の春くらいからだんだんと内容偏りが出てきました。
そう、それは“夫の愚痴“です。
今日ももやもや・イライラが溜まっていたのでジャーナリング用ノートを開きつらつらと書いていたら、書き出して3行目から夫へのイライラをノートに書き連ねていました。
いや、ノートを開いたタイミングではね、今日はなんだか態度が悪かったから私がイライラさせてしまったのかも?反省、ぴえん。みたいな気持ちだったんですよ。
でもペンを握って感情を吐き出してみると怖い怖い、デスノートですかみたいな内容になっていて、これは見せられぬぞという表現がいくつも含まれておりました。。
そのことに書きながら気付いた私は、なんだか夫に申し訳ない気持ちが湧いてきてこう書き加えました。
「尊敬が大事。でも尊敬できない部分は愛で補っている。ただ、愛は消耗してしまうので、自分に余裕がないと尊敬が足りなくなってしまう。相手への配慮は自分の心の余裕がないとできないんだなあ。これも産後のホルモンバランスの乱れのせい?」と。
そしてその結果、「こんなイライラする気持ちはきっとホルモンのせいー。落ち着こう自分。」という気持ちが湧き、自分の思考が偏っているなと気づき、イライラした感情を落ち着かせてリセットすることができました。
私のジャーナリングノートはとても他人(特に夫)には死んでも見られたくない、見られてはならないノートですが、こうやって定期的に頭の中を書き出すのはとても良いですね。
ただ、昇華がうまくできないと、その思考の偏りがその後の日常生活まで響いてしまうので、ただ愚痴を書くのではなくそれをどうしたらよくできるのか?を考えて書いていかないといけないのかなぁと思った次第です。
このnoteも続けていったら何か自分にいい影響があるんじゃないかと思って継続すべきなんだろうなーとなんとなく思っています。
とは言えこれで負の感情を数時間で解消できているので産後ママは産後うつ防止のために自分のメンタル調整にジャーナリングやってみてもいいんじゃないかな。
以上、#3 ジャーナリングやってみた的なお話でした。おーわり。
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