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「成功体験を積む・積ませる」への執着

弊社では教育事業を行っており、自分自身もIT技術の教育者である。
子供向けのIT技術への入口から、プログラミングを主としたエンジニア教育やPdMやPMを主とした管理部門までをカバー範囲としている。
その中で「成功体験」という言葉を頻繁に使うため、言葉の定義といかにそれに執着しているを書き留めておこう。

我々、教育者は教えを与えることを生業としているが、現代では「ただ与える」だけでなく意欲や自発性の発達を促すことに重きを置いている。
IT業界では「自走できる」という言葉が流通しているが、ただ単純に「自らを自らの意志で高められる」ことは現代社会を生き残る上で重要なスキルであることは間違いない。


なぜ人は怠惰なのか

自分も含め、ほとんどの人間の根本には怠惰である、怠惰でありたい、というベースがある。
衣食住が満たされ、生命の危機に瀕していない限り、我々はおいしいものを手間暇なく食べて温かい場所で眠りにつくことを願う。娯楽ですら、自ら見つけるのではなく与えられたものを消化し続けていくことを願う。

これらの願いを受けて、社会は徐々に人を怠け者にするために発展していっている。
つまり、根本として人間は怠惰であることを人類全体で願い、それに向かって邁進しているのだ。

この理由は、人類もまた動物だからだと言える。
犬猫だけでなく、数多の動物は生存競争の中で生命の安全、生殖本能(去勢され願望がなくなった場合も含む)さえ満たされていれば別の存在から何かを奪う必要はない。
それゆえ、基本的に日本という国においては怠惰であったほうがお得であることが多いのだ。稀にそれで満足できず、「より多く」を求めて他者を食って奪おうとする存在も現れたり、深い知識欲求を満たすために没頭する傑物が現れたりするが、これは人の怠惰さを考慮する上で有意とは言えない。

我々は怠けることが本分であると言えるだろう。

怠け者への教育

すべての人間が怠け者であるという前提で我々は教育を行う。
そうなると、何を原動力にすればよいのか。「より多く」を手に入れた人間を題材にしてモチベーションを上げたり、「より安全」を謳うことによって本能を掻き立てたりする必要がある。
これは指示を聞いた犬におやつを与え続けることに似ているが、人間はもう少し複雑だ。

だからこそ、「成功体験」という甘い蜜が必要になる。
マズローの欲求階層説でいうところの社会的欲求以上の実現を体験させる。これは一度知ってしまうと精神に根が張り、常にこれを求め続けてしまうという厄介な性質がある。

本来であればそういったところから解脱し、中庸な精神を保った上で健やかなる生活を営めれば十全であるのだが、我々教育者はあえて欲深い人間を生み出すように仕向けている。
そして我々はそれを正義だと信じているのだ。

そして我々は、そうでもしないと怠け者への教育が困難であることを知っている。
なぜなら怠け者である我々教育者もまた、その道に至るまでそうした道を歩んだ(あるいは歩まされた)からだ。

成功体験の細分化

「成功体験」と一言でいえど、受験戦争での勝ち抜きや商社への就職、資格取得といったことだけではなくなったのが昨今だ。
「小さな成功体験の積み重ね」というワードをよく見かけるようになった。プログラミングであれば、「変数の扱いを覚え、使えるようになる」「ブログシステムを構築する」「初めてのミニアプリをリリースする」など。

さまざまな学習が、先を見据えて段階的にステップアップするよう設計されている。
これは学習者にとって良いロードマップとなり、一つできるようになるごとにレベルアップしている感覚を得ることができる。

だが、実はこれこそが「甘やかされた学習者」を生む要因になっている。
「小さな成功体験」は大いにけっこうだが、「やっている感」を与えるだけだと実力が伴わないまま継続してしまうことがままある。学習者の挫折率を下げたり、満足度を向上したりするにはうってつけではあるが、それは目指すべき「大きな成功体験」につながらない可能性がある。

本来であれば、遠くに見える山頂を目指していたはずなのに、五合目にあるロープウェイのある休憩所で写真を撮って満足してしまうのだ。
当然、達成すべき脚力や忍耐力を確かめることはできない。「そこそこ頑張ったこと」を周囲にアピールできるだけだ。

真の成功体験

ここまで書いた通り、教育において成功体験のつなげ方こそが学習者にとって強力な効果を持っていると信じている。
しかしながら、学習者を混乱させてはいけないと肝に銘じる必要もある。

挫折させない、楽しく学習させる、を目的に小さな成功体験だけを積ませて本来の目標を見失わせてはならない。
学習は辛く長い道のりであることを忘れさせてはいけない。常に「わからない→わかる」への貪欲さを持たせ、知的好奇心や自己実現への希望の灯を煌々とさせなければならない。

残念ながら、一生かけても理解できない事柄は世の中にたくさん存在する。
だが、一つでも「より多く」を理解できるようになるだけで、どこかで大きな成功体験へとつながる。

こういったことを考えながら、今日も自身の勉強を続け、自分の講義を受ける人間に少しでも還元できれば嬉しいなと考えている。

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