古舘さんが「産声をあげた」とき
先日、下北沢の本屋さん「B&B」で開かれた古舘伊知郎さんのトークイベントに参加してきました。
古舘さんの新著『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)の刊行イベントで、ひろのぶと株式会社社長の田中泰延(ひろのぶ)さんとの対談が行われました。
本の感想は私が書いたnoteをぜひ読んでいただけたらと思います。ここではトークイベントの感想を。
まず古舘伊知郎さん、本当にお若いです。今年で70歳とは思えません。
会場に現れた瞬間、「颯爽」っていう言葉がこれほどぴったりな雰囲気を放つ人がいるのかと驚いたくらいです。
客席はパッと見た感じだと40代から50代くらいの方がいちばん多く、古舘さんはその場にいた人たちと比べても高齢なはずでしたが、その年齢を感じさせない存在感は異様でした。いい意味で、です。
古舘伊知郎さんがどうして「準備」の本を世に出そうと思ったか。
古館さんは新たな著書を「告白本」であり「遺言」と言っていました。
プロレス、F1、筋肉番付、これまで数々の名勝負を「実況」で言葉鮮やかに彩ってきた古舘さんの喋りは「天才」だと思われてきたし、自分でもそうしたキャラクターでいようとしてきたところもあったそうです。
しかし、古舘さんの喋りは「準備」の賜物であり「アドリブなんてない」と言い切るほどだったのです。たとえばF1実況ではドライバーやマシンの情報、自分が考えたフレーズをまとめてから臨むそうです。
しかし、本番では準備した資料のまま喋ることはありません。準備に縛られることを「準備の奴隷」と本の中では表現しています。
徹底的に準備をすることで「準備の残滓」が自分の中に出来上がり、それが思わぬ形でレース中に出てくる。この本番では準備にこだわらないスタイルこそが、古舘さんが編み出した「準備学」なのでした。
そうしたこれまでの「古舘伊知郎」像をくつがえす試みという意味で『準備学』は告白本だったのです。
2時間のトークでは、内容があっちへこっちへと縦横無尽に変遷しながらも、ずっと古舘さんの喋りに引きつけられました。
「準備」の話から、かつての実況名場面の裏側、番組共演者とのエピソードまで、古舘さんの語りがそのままテレビの昭和・平成史の講義を受けているかのようでした。
その中で心に残った話題がありました。
古舘さんが古巣のテレビ朝日を退職しフリーになりたての頃、当時局にいた先輩の局員さんとたまたま六本木で会ったことがありました。軽く挨拶をしてすれちがった後、その先輩が再び話しかけてきたそうです。
「おまえは一年で潰れる、楽しみにしといてやるから」
と、心無いことを言われた古舘さん、ショックを受けながらもその時に「産声をあげた」そうです。
古舘さんは、どうやらその先輩には会社を辞めることを伝えず「義理を欠いた」から、怒りを買っていたのかもしれないと当時のことを振り返っていました。
しかもその先輩は古舘さんがフリーで失敗しても戻ってこれるようにと席を用意しようとしていたことも後から知ります。
もしかしたら、テレビ朝日の人気アナウンサーだった古舘さんが辞めたことに、残念な気持ちや組織から自由になったことへの嫉妬もあったのかもしれません。
とはいえ、その先輩からの一言がきっかけで、本当の意味で組織から独り立ちした「古舘伊知郎」が生まれた(産声をあげた)のですから、人の人生はどうなるか分かりません。フリーになってからの大成功は言わずもがなです。
今では古舘さんもその先輩にある意味で感謝している様子も、語り口から伝わってきました。(後に再会した時「成功すると思っていたよ」と言われたそうですが)
古舘さんの実況のように誰かの心を熱くするのも言葉であり、誰かの心を傷つけてしまうのも言葉です。
いつもどんな時でも前向きな言葉が出てくるように、日常から「準備」をして生きていきたいと思いました。
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