釣れなかった

医療系の研究施設で働いている。独り現場で、おまけに独り暮らしだ。24時間ぼっち状態である。だがしかし"喋らない奴"の僕にとっては何の問題も無い。楽しく暮らさせてもらっている。ただ、そう思える努力はしているつもりだ。

仕事場の研究員であるM兄さんには「釣り」を教えてもらった。あまり強くは惹かれないものだったが、その趣味人口の多さから考えれば経験しておくに値するものと思えた。

僕が教わったのはブラックバスを疑似餌で釣るもの。所謂スポーツフィッシングと呼ばれるものだ。ポイントは魚との対話、もとい騙し合いである。いかに疑似餌で獲物に興味を抱かせられるか。その一点だと思う。

方法はふたつある。ひとつは疑似餌の工夫だ。疑似餌というのは"ルアー"のことだと思っていた。魚の形をしたプラスティック製の玩具のような奴だ。けれどもそれだけではなかった。ゴム製の虫っぽいものもある。「ワーム」というらしい。それを針に付けて魚を誘い出す。しかし、単純に付けるだけではダメだ。それでは魚も騙されない。針を隠して虫っぽく見えるように工夫が必要。ときにはワームを切ることも必要だろう。

疑似餌で獲物に興味を抱かせる。もうひとつの方法はムーブだ。釣竿の動かし方で水中の疑似餌の動きも変わる。じっとしていては駄目だ。竿を動かし糸を引く。糸を引ききったら、また投げる。これの繰り返しだ。バスフィッシングに暇な時間はないのである。

いろいろと試行錯誤は繰り返してみた。おそらくこれが釣りの醍醐味だろう。近くの湖は入漁料があるため頻繁には釣りができなかった。おのずと考える時間の方が多くなる。そのため「これは釣れるだろう!」と思って竿をふることが多かった。

だがしかしだ、そんなに甘いものではない。大抵は釣れないのである。自作のルアーも作ってみた。水中での動きも確認済みである。それっぽい動きもしてくれた。でもどうだ、実際に投げてみると獲物の反応は一切ない。これが現実である。

すこし飽きてきたころ、所属している草野球チームで釣りが話題に上がった。話の流れで数名の選手が僕の住む町に訪れることとなった。釣り部の誕生である。選手の中に詳しい者がいたので、その彼が部長となった。

朝早くから訪れた。ボート2隻を借りてのスタートである。結果から言うと1匹だけ釣れた。それもブラックバスではなく「ブラウントラウト」という魚らしい。もちろんリリースした。4時間も船の上に居て1匹である。けれども楽しかった。目的のあるボート遊び。湖面に浮かんでいるだけで心地よい。なかなかの休日となった。

けれども「午後も釣り」とはならなかった。やはり釣れないと面白くない人もいるらしい。僕もすこし飽きている。故に急遽、観光へと切り代えた。地元民しか知らない景勝地へ案内した。山菜採りもしてみた。アイスも食べた。温泉も入った。夜は美味しい店へも行って、その日はお開きである。

「また来るよ」。帰り際に釣り部の部長は言った。振り返ってみれば釣りよりも、そのあとの方がおもしろかった。おそらく部員の面々も同じ意見であろう。

言葉通り、数か月後に再び釣り部は集まった。あの日と同じく釣れたのは1匹。午後からは観光となった。やはり楽しかった。この頃になると僕も釣りからは距離を置いていた。僕には合わなかった。けれども面白い部分も理解は出来たつもりだ。はまる人もいるだろう。ちなみに、その後釣り部は観光部となった。

釣り竿は家で埃をかぶっている。けれどもやってよかった。合わないことが分かったからだ。釣り好きな人の気持ちも数%は理解できたと思う。いい経験となった。今後もこの調子でいろいろと挑戦していこうと思う。そのうち僕の好きなことにも出会えると思うからだ。

今のところドライブと料理がそれ。そこで満足せずにもっともっと好きなことを見つけるのだ。それが24時間ぼっち状態を乗切る秘訣だと思っている。

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