推しのラーメン屋をみつけたい

医療系の研究施設で働いている。およそホワイトカラーな仕事が多い。立場は派遣社員だ。とはいっても出向元の会社の正社員ではある。会社は出向先からお掃除系の業務も請け負っている。僕もその業務に就いていた。つまりは出向と共に働き方もブルーからホワイトへ変わったというわけだ。

心配なことは肥満だ。あきらかに運動量は落ちている。けれども食欲は変わらない。迫るカロリー超過。減量の実施も視野に入ってくる。20代前半といえども、この生活習慣の変化には敏感にもなるのだ。

とはいえ食の欲望を抑えることは不可能。夜中に連絡があれば出かけることもある。深夜営業のラーメン屋は待ってはくれないのだ。

幹事を任されている草野球チームの選手層は厚い。もちろんラーメン通な選手もいる。彼の嗜好性を把握しておくのも幹事の努め。運動不足が心配であろうと、深夜に連絡があれば一緒にラーメン屋へ行くのである。

23時すぎの国道は閑散としていた。昼間は渋滞もする道なのだが、この時間になると静かなもの。人通りも昼間のそれからは想像できないほど淋しい。照らすのはオレンジの街灯だけ。商店も皆閉まっている。変化があるのは誰も必要としていない信号機だけであった。

そのラーメン屋だけは明るく、遠くからも確認できた。外には10人ほどの行列もできている。椅子も用意されていたが、誰も座ってはいない。寒いのだ。おそらく座ってじっとしていれば眠くなる。そのまま目覚めない恐れも想像できた。椅子よりも縄跳びを用意してほしい。それくらい寒かった。

しばらく待ってからお店に入った。赤いカウンターに丸い椅子。店内は10人ほどの客で満員。厨房では3人の兄さんが懸命に働いていた。席につくと水の入ったグラスが届く。目の前には割り箸ボトル、ニンニクの瓶、胡椒にラー油。メニュー表はなく、壁に貼られたお品書きから選ぶシステムだった。

「ミソラーメンと餃子をふたつづつ!」。僕に選択肢はなかった。それでいい。いや、それがいい。ここでは悩むより先人の教えにしたがった方がいいのだ。そもそも味噌ラーメンが美味しい店。餃子も他と違って癖になるそう。はじめから選択肢なんてものは無かったのである。

「はい!どうぞ!」。思っていたより早い到着だった。店内は暖かいとはいえ、外の寒さで冷えた体を早く温めたい。最初の一口はそんな想いの方が勝っていた。けれども美味いのである。

さっぱりの中にもコクを感じる。スープに甘さを感じるのは野菜を多めに入れているからだろう。その甘さと白味噌の上品さがベストマッチ。そう、白味噌なのである。鶏ガラベースのスープとの相性も抜群だ。

炒った胡麻がトッピングされているが、それもいい仕事をしていた。チャーシュー2枚の厚さも考えられたものだろう。すこし薄めがこのラーメンに合っている。美味さはもちろんのこと、高次元での「調和」が楽しめる一杯であった。

そして餃子である。見た目から少し違っていた。細くて棒状なのである。鉄鍋餃子、もしくは春巻きのような姿をしていた。箸でつかむとその柔さが伝わってくる。

「じゃぼんと浸けてくださいねー」。厨房の兄さんが教えてくれた。言われた通り、出されたタレに「じゃぼん」してから口へ運ぶ。美味い。溢れる肉汁。小籠包もびっくり。けれどもしつこくない。肉汁というよりスープだ。

おそらくキャベツから出た水気をそのまま包み込んでいるのだろう。焼くのは難しそうだが、美味さは抜群だ。あっという間に6個と1杯を完食した。ごちそうさまでした。

店を出てからラーメン通は言った。「昔はもっと美味しかったんだけどね」。なんですと? たしかに美味しかったけれども、もうすこしコクというか奥深さがほしかった気もした。

聞けば人気店になってから味はすこし落ちたらしい。僕が残念がっていると、別日に他の店へ行く約束もしてくれた。

そして別日。あいかわらず時間は日付が変わりそうな頃。この店も外には数人の行列ができていた。ここのラーメン屋は、いわゆる”家系”で醤油豚骨が売り。ラーメンは美味しかった。けれども何かが足りない。店を出てからラーメン通に聞いてみた。やはりここも昔はもっと美味しかったらしい。

そもそもこの地域のラーメンブームは少し前。僕は流行りに乗り遅れていたのである。人気が出て味が落ちることはよくあること。繁盛店にすることは難しいが、忙しい中で味をキープし続けることはもっと難しいみたいだ。

その後、地域のラーメン屋をいくつもまわり、お気に入りの店もできた。別の友達ともよく行く。味は普通に美味しかった。行き過ぎた「可」はない代わりに「不可」もない。無難な店。けれども有難い店。変わらない味に信用があったのだ。

結局チェーン店。すこし下に見ていた節もあったが、変わらないということは大切で大変なこと。あとは「推しがチェーン店」ということを恥じなければいいだけだ。

いいではないか、推しのラーメン屋がチェーン店でも。誰かに語っても仕方のない店かもしれないが、不具合と言えばそれだけなのである。


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