引継いだ

医療系の実験補助サービスを提供している会社で働いている。入社4年目だ。今日から新しい職場での仕事がはじまる。1ヶ月後には職場の管理を任されるポジションにも就く。だが部下はいない。独り現場だからだ。 つまり1ヶ月というのは、前任者からの引き継ぎ期間と言うわけだ。

先例と比べると、1ヶ月の引続き期間は長い。仕事は簡単なのにだ。作業はお掃除系がほとんど。備品の発注などの事務作業もあるが、大した作業量ではない。必死こいて覚える必要もないだろう。

そもそも仕事量が少ない。暇をもてあそぶ程ではないが、時間に追われることはないだろう。施設の一角の管理者も兼ねるので、常駐も立派な仕事に入る。そのため居室での待機時間も長いのである。

案の定、引き継ぎはすぐに完了した。あとは僕と前任者で仕事を回していくことになる。当たり前だが、仕事はすぐに終わってしまう。1日の残り時間は2人での居室待機となった。

前任者は"主任"の肩書を持っていた。かなり稀な存在だ。あまり聞いたことがない。係長以上の役職者は親会社からの異動組と聞いたことがある。要は、生え抜きの社員のトップが"主任"ということだ。前任者である兄さんがその人であった。

主任兄さんとの仕事は楽しかった。喋らない奴で通ってきた僕だったが、普通に喋れてると思う。興味関心の対象が似ていたからだ。僕の車にも興味を示してくれた。5ナンバーの4人乗りでマニュアルシフト。アフターファイブにドライブもしてみたが、喜んでもらえてなによりだった。

美味しいお店もたくさん教えてもらった。林道サイクリングもした。山菜の採り方も教えてもらった。釣りも教えてもらえた。その他いろいろである。

主任兄さんは短期転勤族だった。問題のある事業所に赴任し、内から解決をしていくのが使命。この陸の孤島のような事業所は、誰もが行きたくない場所だったので赴任していたらしい。

しかし代わりの者が現れないので、出るに出れなくなってしまっていたのだとか。そこに現れたのが僕である。数年間ずっと独りだったので、僕と一緒に過ごせたことが嬉しかったそうだ。

そう、この仕事場で一番の敵は「孤独」なのである。与えられた作業は簡単だ。経験を積んだ社員なら誰にでもできるだろう。だがしかし誰でも赴任できる事業所ではない。恐ろしく高い「ボッチ耐性」が要求される。加えて心身が健康であるために「楽しむ力」も必要とされるのだ。

つまり、この仕事場で課せられた任務は「楽しく居続けること」。心が病んでしまっても、すぐに交代できるものはいない。それは事業所の撤退に直結するだろう。そこまでして会社がこの事業所を維持するのは、おそらく利益率が高いからだ。人件費の安い僕を充てがえば尚更だ。

主任兄さんはすべてを理解していた。だからこそ、この地での遊び方も、引き継ぎ事項に入れてくれたのだろう。おかげでより一層ここでの暮らしが楽しみになった。事業所が撤退することはないだろう。

あっという間の引き継ぎ期間だった。「たまに遊びに来るよ」。そう言って主任兄さんは事業所をあとにした。それにしても楽しんで暮らすことが任務とは。世間には多くの仕事があるが、こんな任務を課せられる仕事も在るのだなと。まだまだ世界は知らないことだらけだ。

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