先輩がやらかした

お掃除系の会社に就職した。仕事はお掃除。けれどもそれだけではない。お客様のめんどくさーいを喜んで引き受けるのが僕の使命だ。

「ごみ捨てめんどくさーい」。よろこんで。「洗濯めんどくさーい」。よろこんで。「食器洗いめんどくさーい」。よろこんで。ほぼほぼ家事全般が僕のお仕事。

違いは料理を作らないくらい。あとはひたすらご主人様のめんどくさーいを代行する。気分はメイド。そこに喜びを置けるかどうか。これがお掃除系のお仕事を円滑に進めるコツである。

そんな「めんどくさーい」はご主人様だけが持っているものではない。誰もが持っている。僕も持っている。仕事場の先輩方も持っている。もちろん上司であるノッポの姉さんにもあった。

たしかに大きな洗浄機を動かす業務はめんどい。ベルトコンベアで運ばれてくる熱々の食器を片付けていくだけだが、自分のペースではなくベルトコンベアのそれに合わせる必要があるからだ。

プラスして暑い。蒸気で部屋ごと灼熱になる。それは「めんどくさーい」とも言いたくなる。

でも、上司のめんどくさーいを代行するのも部下の努めであった。

正直、得意である。単純作業の繰返し。覚えた動きを無心でリピート。ひとり人海戦術。長時間もなんのその。

ただ、洗浄機はふたりで行う業務だ。食器をセットして送り出す側と、洗われた食器を受け取って片付ける側に分かれて行う仕事。送り出す側の先輩が食器を密に詰めて、受け取り側の後輩をいじめる風習もある。

「先輩勘弁してくださいよー」からの「まだまだ修行がたりねーな」みたいなやり取りがあるとかないとか。

そこへいくと僕はかわいくない後輩だった。どれだけ密にセットされようが機械のような動きで難なくこなしていく。絶対に緊急停止ボタンは押さない。

きっと天職なんだと思う。得意であり、めんどくさくもなければ、詰まらなくもない。上司のめんどくさーいも解消される。一石二鳥とはこれのこと。さしずめ僕のライバルはロボットだろう。

けれども洗浄機はふたりで行う仕事。あるとき相方になることが多かった巨漢の大関先輩はこう言った。「最近、姉さん洗浄機やらなさすぎじゃね」。

次の瞬間、現場は凍りついた。大関先輩の後ろに、その上司であるノッポの姉さんはいたのである。おそらく大関先輩のぼやきは彼女の耳には入った。

動揺する先輩。「聞こえたかな」。間違いなく聞こえたと思う。居室に戻ると重たい空気。極度のプレッシャーも感じる。姉さんの機嫌は悪そう。僕は心の中で叫んだ。「先輩勘弁してくださいよー」。

次の日から洗浄機の担当は僕とノッポの姉さんになることが多くなった。居室の空気も元に戻った。何事もなかったように。大人の対応だった。叱られることなく、反省会が開かれることもなく。すこし感動した。

それにしても、他人のめんどくさーいを代行するだけでは駄目みたいだ。仕事は複雑。正直めんどくさい。僕のこの「めんどくさい」を誰でもいいから代行してほしい。


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