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フカフカのワンダーランド

5月末、仕事でお世話になっているグラフィックデザイナー南部真有香さんの個展に伺った。過去にも何度か展覧会に伺ったことがあるが、この方の個展での作品が非常に面白く、企業向けのデザインとはまた性格の異なる自分自身の表現を、実験的かつ前衛的なアートとして、そこにぶつけていらっしゃる。
今回は、木版画とグラフィックのコラボ。そこで不思議と惹き込まれる作品に出会い、滅多にそういうことはないのだが、作品を購入するに至った。

『pithecellobium confertum』
(Mayuka Nanbu、リトグラフ)

タイトルは『pithecellobium confertum』。
訳すと『エバーフレッシュ』という名の観葉植物。どんな植物か調べると、昼は葉を広げて夜は葉を閉じ、4月から9月頃に丸くて可愛らしい黄色い花を咲かせるらしい。花言葉は、歓喜・胸のときめき・家族円満。
よくよく見ると、どこか朝のような夜のような、鳥や花や水のようにも見えるグラフィック。
この抽象的な作品に対して、具体的に「何が良い」ということは説明できないのだが、見るたびに何かインスピレーションを受けそうな気がする。
つまり、なんか良い。
そういう予感と、モチーフが観葉植物ということもあり、毎日いつも目に触れるリビングに飾っている。



その昔、大学一回生の最初の授業(建築概論)にて

あなたたちはこれから「なんとなく」ではなく、なぜ「それが良い」と思ったかをきちんと説明できなければいけない。

と教わったことが、ずっと頭の片隅にこびれついている。

今は仕事上その立場ではないが、それはきっと何かをデザインする者として、常に創造の土壌を耕し、肥やしておくという思考の筋トレが日々必要だと、私自身にどこか思い当たるところがあるからだろう。
しかしそれと同時に、年齢(とし)を経るごとに「説明できない良さ」に出会えることに、むしろ清々しい喜びを覚えることが増えてきた。


説明不可のフカフカ(不可不可)なワンダー感。
それを「摩訶不思議」と呼ぶのだろうか。
でもそれは思い返すと、こどもの頃、感じていた喜びに近い。
世界の輪郭が曖昧だったあの頃。
世界がもっと広かったあの頃。

※イメージ


世の中、カネコアヤノみたいに『全てのことに理由がほしい』といえど、全てのことに絡みつく理由なぞ、むしろ世の中分からないことの方が多いわけで。頭の桐たんすの中にある古道具で適当に繕い理由をつけて、それこそなんとなく説明できてしまう、そのおあつらえ向きに面した陳腐で脆弱な窓枠に、破壊衝動を覚えることがある。
頭では追いつけない、説明できない何かをかき消すために『全てのことに理由がほしい』というのは、確かにこの社会を生きていく上で必要だが、一方でそれは自己欺瞞に徹するということでもある。

『アーケード』(カネコアヤノ)より


もし、「えもいえぬ良いもの」に出会ったとき、そこでどうしても社会人的な態度をとる必要があれば、「説明不可」と一蹴するより、「説明できない良さ」を語り、「説明不可」を肯定する、ということも立派な説明と認めてはよいのではないか、と最近よく思う。
また、「説明できない良さ」を語るとき、それは「語り」でなくてもよいと思う。つまり相手に伝えるための「表現」であればよい。 感情、表情、振る舞いなど、そういう言葉以外の表現で「えもいえぬ良さ」を相手に伝える。受け取った「えもいえぬ良さ」を誰かに伝えるには、それ相応の「エモいえもいえぬ表現」が必要、なのかもしれない。

そして、そういうものを生み出せるアーティストやそういうモノや事象に出会うことができる自分のセレンディピティを祝い、喜びたいと思う。それが生の肯定、生きる喜びにつながるような気がするから。


ちなみにこの視座は、立派な大学の教授ではなく、宇宙・自然に近いこどもたちからご教授いただいた、と勝手に認識している。
なんてったって彼らは意図せずとも、大人が「なんか良い」と思えるものを、いとも簡単に生み出せてしまうのだから。もちろん作者(こども)に「なぜそうしたか」を尋ねても具体的に説明なんて返ってこない。むしろ、さらに既成概念を捻じ曲げてきたりする。


素人は玄人を知ろうとして
苦労して玄人となるが、
玄人は失ったあの頃の素人の素人さを
知ろうとまた苦労する


これは私の約10年前のツイートであるが、今もそう思うし、もはや真理ではないかと思っている。
そういう「シロ」と「クロ」を行き来する世界。
「ネガ」と「ポジ」が流動的に映し出す無限の風景。
そこで感じるフカフカとした曖昧な心地よさ。
フカフカしたインスピレーションの雲。
それがおそらくワンダーランド。
誰もがこどもだった頃、目にしていた風景。
懐かしさ。
その味わいも肯定できれば、また生の肯定もひろがる。
自然へ還るための身支度とでもいうか。


つまるところ、私が購入したのは、
フカフカのワンダーランドである。


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