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【読書ノート】 ザ・ゴール

寂れた工場や企業の生産性を爆上げする画期的な方法があったとして、でもそれが公になっていなかったら、その無知がどれだけの損害を与えていることになるか考えたことがありますか?本書はそんな画期的な方法について書かれているのですが、「製造業における最適化に長けている日本企業に知らせたら貿易摩擦が再燃するかも!」との著者の意向により、長く翻訳されていませんでした。出版から17年後にようやく翻訳された秘蔵のテクニック、知りたいと思いませんか?そんな秘密を紐解くためにこの分厚い本を手に取りました。

今回読んだのは、ダイヤモンド社出版の、2021年読書の秋課題図書である「ザ・ゴール」です。イスラエルの物理学者、カリスマ的経営コンサルタント、エリヤフ・ゴールドラット著作の伝説の名著で、2001年に刊行されました。ジェフ・ベゾス率いるAmazon経営陣も読んだとのことで、「真の生産性」について説いた色褪せないビジネス書、ということですね。

物語は、主人公アレックスが工場閉鎖を突然告げられるところから始まります。その工場は、他の工場と同様に在庫の山にあふれ、顧客からの注文はいつも遅れていました。毎日、工場での「火消し作業」に追われていたアレックスが、偶然に大学時代の恩師であるジョナと再会し、それがきっかけでジョナからTOCの原理を教えられていく、というお話です。

TOC(Theory of Constraints)とは生産管理の手法で、日本語では「制約条件の理論」だそうです。TOCにおける一番大切な部分は、工場全体のアウトプットを上げるためには、ボトルネック工程のアウトプットを最大限にする必要があり、まずはそこを改善するべきということ。そしてボトルネック以外の工程では、ボトルネック工程より速くモノを作ってはいけないこと(結局ボトルネックで詰まってしまうので)。また、非ボトルネックが壊れたりして、ボトルネックが何もしていない状況を避けるために、ボトルネック工程の前には適切な在庫を置くこともお忘れなく、ということです。

ボトルネックとは?という話ですが、大辞泉によると「(瓶の首が狭いことから)仕事の進行の妨げとなるもの。コンピューターやネットワークの高速化などの性能向上を阻む要因」。日々の仕事でも時々使う英語表現なので、覚えておくと便利です。

小難しいビジネス書かと思いきや、このようなビジネス上の問題点が小説風に書かれているのが読みやすくしていて、名著となった要因のひとつかと思います。たとえば、ボトルネックがあることによって結局非ボトルネックがどれだけ頑張っても、ボトルネックの性能以上の最終結果はあり得ない、という現象を、息子のボーイスカウトのハイキングに参加したことから学びます。歩く速度が遅い男の子が一番後ろにいても、真ん中にいても、結局はその子のせいで列はどんどん間延びしていきます。つまり全体の速度をその子に標準を合わせない限り、集団行動は乱れる一方なのです。

ちなみに小説仕様ということで、仕事が忙しくなるにつれて奥さんと不仲になる過程なんかも描かれています。家を出て行ってしまった奥さんとは離婚を回避できるのか?!製造業に身を置いたことがない故、知らない専門用語がけっこう出てきて体力使うので、箸休め的なこういうストーリーで一息つけるのはありがたいです。

「企業の目的とは何だ?」という問いが何度も出てきます。生産性、効率性、企業価値などなど、それらしき語彙は外来語も含むと目が回りそうな数の用語を毎日目にしますが、最終的な目標がはっきりしないことには、夥しい数のかっこいいビジネス用語も意味をなしません。「生産性なんてものは目標がはっきりわかっていなければ、まったく意味を持たない」「目標がわからなければ、生産性の意味は理解できない。目標がわからなければ、ただ数字や言葉で遊んでいるにすぎない」とジョナは叩きつけます。ジョナ曰く、「生産性とは目標に向かって会社を近づける、その行為そのものだ。会社の目標に少しでも会社を近づけることのできる行為は、すべて生産的なんだよ。その反対に目標から遠ざける行為は非生産的ということだ。」と。企業の究極の目的とは・・・、そう、お金もうけです。生産性をあげようと努力するときに、それが最終的に利益に結びついていなければ意味がないのです。うんうん、ありがち。

純利益、投資収益率、キャッシュフロー、この三つを同時に増やすことによってお金を儲ける。これが企業の目標です。その目標のための指標が、

スループット
在庫
業務費用

スループットとは、販売を通じてお金を作り出す割合。在庫とは、販売しようとするものを購入するために投資したすべてのお金のこと。業務費用とは、在庫をスループットに変えるために費やすお金のこと。全部にお金が入っている!

これらの指標を満足させるために、製造部門や一工場だけの話にしてはなりません。なぜなら、部分的な最適化には意味がないから。大きな企業にいると、自分の部署の利益だけを重視しがちですが、そしてそれは出世を狙う人たちが自分たちの存在価値を証明するためにどうしても起こりがちなのですが、それを繰り返しているうちは、この本で起こったような奇跡は起こらないということですね。

スループットを決めるのは非ボトルネックではありません。1日24時間、非ボトルネックを動かしても、最終的な生産量はボトルネックが握っているからです。私が働く職場でも、暇な人がチームにいないように、先を見据えてその人たちに仕事を与えますが、確かに仕事が滞るのはいつも同じ場所です。どうしてもマネージメントばかり増やしてしまう我が部署では、それぞれのチェックポイントで仕事を管理する人材は引く手数多ですが、実際の仕事を行う技術職はその多すぎるチェックポイントのせいでますます仕事が遅れます。そのような事例を思い返すと、このTOCが製造業だけに当てはまるわけではなさそうです。

部分的な効率性にこだわらず、スループットこそが一番重要な評価基準だという考え方に転換したことがアレックスの工場がどん底から大成功を収めるに至った理由です。改善とはコスト削減ではなくスループットの向上だったとアレックスとチームが気づいたことがつまりの勝因だったのです。スループットを1番の尺度にする上で、大事なのがボトルネック、つまり一番弱い箇所を探すこと。それをベースに考えると、TOCのプロセスはこんな図式にできます。

[ステップ1] ボトルネックを見つける。 
[ステップ2] ボトルネックをどう活用するか決める。 (たとえばボトルネックが常に稼働できるよう最適化するなど)
[ステップ3] 他のすべてをステップ2の決定に従わせる。 (すべてを制約条件のペースに合わせる。優先順位を徹底するなど。)
[ステップ4] ボトルネックの能力を高める。 (機械を増やすなど)
[ステップ5] ステップ4でボトルネックが解消したら、[ステップ1]に戻る。

こうやってまとめてみると、工場のプロセス最適化が、より可能に見えてきます。ただ今回の成功で出世をしたアレックスにとっては、このプロセスをもっと広範囲でビジネスに応用できるかが鍵となります。そこで前述のプロセスを発展させたのがこちら。

[ステップ1] 制約条件を「見つける」。
[ステップ2] 制約条件をどう「活用する」か決める。
[ステップ3] 他のすべてを[ステップ2]の決定に「従わせる」。
[ステップ4] 制約条件の能力を高める。
[ステップ5]「警告!!」ここまでのステップでボトルネックが解消したら、[ステップ1]に戻る。ただし、「惰性」を原因とする制約条件を発生させてはならない。

制約条件という単語がイマイチ分かりづらいですね。英語だと、Constraintsなんですが、こっちの方がしっくりくるな。企業の成功をを妨げている要素のことです。

この本の要であるTOCのプロセスは初めての知識なので、もちろんそれについて学ぶことは多かったのですが、それよりも興味深い学びとなったのが2つあります。

ひとつは問題に対するアプローチの仕方。英語でThought Process かな。科学者であるジョナは製造業に精通しているわけでもないのに、次々の解決法を提案してきました。その秘密を知りたいがために、科学者のThought Processについて、アレックスはリサーチを進めます。

科学者が、どのように課題にアプローチするかだ。僕たちが普通ビジネスでやっていることと、ずいぶん違うんだ。最初は、あまりデータの収集はしない。反対にまず何か現象、つまり自然界の事実をランダムに取り上げる、そしてそれに関する仮説を立てるんだ。仮説とはその現象が存在する理由、もっともらしい理由を推測したものだよ。ここからが面白い。『If(もし ならば)、Then( ということになる)』という考え方をするんだ。物事の関連性を説く、この考え方がすべての基本なんだ。

なるほど、現象から逆行して仮説を立て、そこから関連性を探っていくんですね〜。奥さんが読んでいた哲学書に出てくる哲学者たちも同様の思考プロセスだそうで、このアプローチは普遍的なのでしょう。私は職業柄データを扱う仕事なので、頭でっかちにデータから導き出されることばかりに集中しますが、その逆のアプローチは考えたことがありませんでした。クリエイティビティが要される職種だと特に、この考え方は役に立ちそうですね。

もうひとつ勉強になったのが、アレックスの部下たちとのヒートアップした話し合いを繰り返して、問題点と結論を行ったり来たりするプロセスです。受け身での勉強と仕事を繰り返してきた私は、受動的に情報を受け取り、それに従ってミッションを完結することに長けていると自負しています。でも、自分の考えをその場の議論の流れに従って柔軟に変更させ、それをみんなの前で発表して議論を深める、そういうようなアメリカ人が得意とする特技が私には皆無です。というより、日本人の中の話し合いでも同様に苦手なので、それほど受け身だということですね(恥)。

自分たちのボスであるアレックスに対して、部下たちは学生時代に習った化学のノートから学んだことを提言したり、経理の観点からの斬新な意見を述べたりします。「この工場での私の経験から言えば、情報を集めて、それでおしまい数字や言葉で遊ぶだけだと思う。これまでとはどう違う取り組みができるかだと思うんだ。」それに対して「そんな大事な法則に偶然出合ったとして、それが大事だとどう気づくんだ?」と素直に混乱を表現することで、さらに議論を発展させる別の部下。この繰り返しの対話があったからこそ、工場の大成功があったわけです。ブレストの大切さも学んだ私です。

最終的に、生産業を超えた思考プロセス、「何を変える?」「何に変える?」そして「どうやって変える?」に行き着いたアレックス。アレックスたちが探し求めているものは、この三つの簡単な質問に答えることのできる能力だと気づきます。逆に言えば、この三つの質問に答えられないような人間に、マネジャーと呼ばれる資格はないと言い放ちます。これからアレックスは出世をし続けるんだろうなぁ。このザ・ゴールには続編があるそうなので、このプロセスが工場の現場だけでなく、企業全体に活用される様子をぜひ読んでみたいと思いました。

#ザ・ゴール


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