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うちわ

歳の離れた友人の話。彼女が何十年も前に野球の早慶戦を観に行ったときのこと(ちなみに早稲田側の応援)。試合開始の近い時間帯で神宮球場は人の往来が激しくなっていた。入口では入場者に応援用のうちわが配られる。慌ただしい人の流れの中で前にいた男性が受け取ったうちわは汚れていた。「え、なんだ、これ」。少し不服そうなその顔を見たときに友人は思わず「これどうぞ」と、自分のきれいなうちわを差し出し交換を申し出た。配布のタイミングでは逆だったかもしれない。きれいなうちわを手にしたのを彼女はちょっとだけ申し訳なく感じたらしい。男性は交換に応じた後どこかに行ってしまい、彼女の観戦仲間も知らないひとコマ。もしかしたら余計なことだったかもしれない。でも。こうした実直な優しさはきっと私たちのまわりに散りばめられている。そして私たちはかの男性のようにどこかに行ってしまう。その優しさに気づかずに、あるいは気づかぬふりをして。

〝う〟で始まる言葉:うちわ

#日記 #エッセイ #コラム #早慶戦 #うちわ

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