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税理士・本郷尚先生の”相続する人・させる人”~関わるすべての人が幸せになる方法~ ケース1

亡くなった人から資産や負債を受け継ぐ「相続」は、多くの方にとって、「まだまだ先のこと」と感じられるかもしれません。しかし、相続は皆さんが思っている以上に「身近な出来事」です。そして、十分な話し合いや対策ができなかったがために、相続で悲しい思いをする方も少なからずいらっしゃいます。

そこで、資産税の専門家である税理士の本郷先生が、相続にまつわるエピソードを紹介。さまざまなケースを取り上げながら、「相続をする人も、相続をさせ人も、関わるすべての人がしあわせになるための方法」についてご紹介します。

<プロフィール>
本郷 尚氏
税理士法人タクトコンサルティング 税理士
1947年生まれ、神奈川県出身。大学在学中に、税理士試験合格。1973年、税理士登録。1975年、横浜に本郷会計事務所開業。その後、東京に進出。2002年、税理士法人タクトコンサルティングとして新たに組織を発足。資産税に特化したコンサルティングに強みをもつ。『相続の6つの物語』『資産税コンサル、一生道半ば』を始め、著書多数。


いつまでも元気だと思っていた母に、物忘れの症状が出始めて――。

今回のご相談者は、定年間近の貴一さん。東京郊外にある80坪の戸建住宅に、お母様と奥様と3人で暮らしていらっしゃいます。
 
貴一さんは都内の大学を卒業後、総合商社に就職。結婚後もお父様やお母様と一緒にご実家で暮らしてきました。息子さんが一人いらっしゃいますが、すでに大学を卒業し、神奈川県内にあるマンションで一人暮らしをしています。貴一さんの妹さんも既婚で、都内のマンションに、旦那様と大学生になる娘さんと3人で暮らしています。
 
お父様は5年前に亡くなり、お母様と貴一様が共同名義でご実家を相続されています。貴一さんは定年間近ということもあって、最近、これまでの人生を振り返ることが多くなってきました。

「若い頃は妻もバリバリ働いていたから、おふくろに子どもの面倒やらなんやらで、随分と助けてもらったよな」

家の中のことをお母様と奥様に任せっきりだった貴一さんは、「定年したら妻や母を連れて旅行しよう」と、定年後の人生について思いを巡らせていました。

そんな貴一さんの思いを打ち砕く出来事が起きたのは、今から半年前のこと。お母様がご病気で入院されてしまったのです。

医療費の負担が思いのほか大きく、貴一さんは考え込んでしまいました。

介護施設に入居することになったら、さらにお金がかかるでしょう。

貴一さんは、金銭的な負担が心配になってきました。

「貯金もそんなにないし……」

お母様に物忘れの症状が出てきたことも、気がかりでした。居ても立っても居られなくなり、貴一さんは妹の美佳さんに連絡を取りました。

思い出がたくさん詰まった実家を売るなんて、とてもできない!?

「美佳、おふくろのことなんだけど……」

都内のカフェで妹さんと落ち合った貴一さんは、開口一番こう言いました。

「ママがどうしたの?」

貴一さんは、お母様に物忘れの症状が出ていることを伝えます。

「このまま物忘れの症状が進むようなら、介護施設に入居することも考えないといけないかもしれない。お前、いくら出せる?」

「私、まだマンションのローンが残っているのよね」

貴一さんも美佳さんも、経済的なゆとりはあまりないようです。

「ママの年金だってたかが知れているし、実家を売るしかないんじゃない?」

美佳さんの提案を、貴一さんはまっこうから否定しました。

「いやいや、だめだよ。家を売るなんて……」

「でも、ないものはないんだから。家を売るしかないじゃない」

「お前、冷たいな。思い出がいっぱい詰まっている実家を売るなんて、俺にはとてもできない」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

貴一さんは「うーん」と唸って、黙り込んでしまいました。

生前贈与――それが、関わるすべての人にとっての“しあわせな選択”

結局、貴一さんと美佳さんは、知り合いを通じて紹介してもらった司法書士のもとを訪れます。お母様に物忘れの症状が出ていることを伝えると、司法書士はこんな提案をしてくれました。

「生前贈与をしましょう」

物忘れの症状が出ているお母様には、認知症のリスクがあります。認知症になると、お母様の資産を動かすことができなくなってしまうのです。

「先に生前贈与をすることで、どんなメリットがあるのですか」

「生前贈与でお母様の名義分を貴一さんと美佳さんに変更すれば、いつでもお二人の意志でご自宅を売却することができます」

実家の評価額は1億円。半分がお母様の名義ですから、5,000万円の不動産をお母様から貴一さん・美佳さんに生前贈与することになります。

「でも、贈与税がかなりかかるのでは?」

「相続時精算課税制度という制度を使えば、2,500万円までであれば贈与税を納めなくても済みます。その代わり、お母様が亡くなった時に、生前贈与で得たご自宅と相続するその他の資産の合計から相続税を計算します。相続時に3,000万円の基礎控除が受けられるので、そこまで相続税は多くなりませんよ」

「なるほど。相続や贈与にはいろいろな制度があるんですね」

その後、貴一さんと美佳さんは入院中のお母様のもとを訪ね、今後の方針について話し合いました。

「二人にとって良い方法であれば、それでいいのよ」

病院からの帰り道、貴一さんは美佳さんにこんなことを言いました。

「うちはそれなりに大きな家に住んでいるけれど、金融資産はほとんどないんだよな。おふくろの入院費や介護費用も自分で出せないなんて、情けないな」

「だってうちは資産家じゃないもの。家を買ってローンを払うだけでも、十分に立派よ」

こうして、お母様と貴一さん、美佳さんの3人の気持ちが一つになり、生前贈与の手続きを進めていきました。

生前贈与で名義変更をしたことで、貴一さんはホッと胸をなでおろしました。

生前贈与の手続きをした1年後、お母様が介護施設に入居することになりました。このタイミングで貴一さんと美佳さんは実家を売却し、一部を入居費用にあてたそうです。そして、その3年後にお母様は亡くなりました。司法書士が言ってくれたとおり、相続時精算課税制度を用いたおかげで贈与税はかからず、相続税もそれほど大きな負担になりませんでした。

住み慣れた実家を売却する。それは誰にとっても大きな決断です。しかし、もしも貴一さんと美佳さんが「実家を売却しない」という決断を下していたら、入院費用や介護費用を払うことができずにいたかもしれません。

大切なのは、相続する人にとっても、相続させる人にとっても、「しあわせな選択」をすること。それが、相続において何よりも重要なのです。

【田宮のヒトコト】相続でお悩みのお客さまの心に寄り添う

東京郊外に1億円の不動産をお持ちの貴一さんと初音さん。私たちから見ると、とても経済的に恵まれたご家庭のように感じられます。しかし貴一さんのように、不動産はあっても、現金などの金融資産がほとんどないご家庭は、意外と多いようです。
特に思い出がたっぷりある「ご実家」を相続する場合、ご家族それぞれの思い入れがあることでしょう。だからこそ、相続にあたって、売却などの大きな決断を下すのは決して簡単なことではありません。

けれど本郷先生がおっしゃるように、関わるすべての人々にとって「しあわせな決断」をすることが、相続において何よりも大切なことです。

タミヤホームでは、このような地主のお客さまのお悩みにも寄り添い、相続や土地の有効活用の専門家をつなぐことで、課題の解決に貢献したいと考えています。お困りのことがございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。


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