決闘!ヒーローショー ~惨劇~

【小説】

※本作は3回にわけて掲載する2回目です。1回目を読む

※本作には物語の必要上、過激な暴力表現が含まれています。


目が覚めると僕は病院のベッドに寝ていて、点滴の管が腕に刺さり、全身至るところが包帯やら湿布やらで覆われていた。少しでも動こうとすると身体中の筋肉が悲鳴をあげる。

僕は何故ここにいるのか、ぼんやりとした記憶をたどる。靄のなかから輪郭が浮かび上がる。五色のヒーローたち。確か後楽園で闘っていた…。

アイタタ…。思いだそうとすると頭がズキズキと痛む。

それにしても、このひどく傷んだ体はなんだろう。手も足もほとんど感覚がなく、全身がぐったりと重い。僕はいったいどうしてしまったのだろう。決闘に負けてしまったのだろうか。

磨りガラスを通して窓からが入るやわらかな日射しが病室を包む。それにしても静かな病院だ。

あれ? 窓に鉄格子がはめこんである。どうしてそんなものが病院の窓にあるのだろう。

「ようやく目が覚めたようだな」

ゆっくりと顔の向きを変えると、保安官が助手をひとり連れて立っていた。

「痛むか?」保安官は憐れむような表情で訊いた。

「保安官、僕はヒトの形をしたココロを持たぬモノと闘っていたはずなんだ。こんなひどい怪我をしていて、僕は負けたのだろうか」

保安官はゆっくりと首を振った。

「勝ったさ。だけどその話は後でいい。まずはゆっくりと休むんだ」

保安官助手が医者と看護師を連れてきた。僕は体のあちこちを医者に触られ、眼鏡をかけたサディスティックな看護師に体温計を口にねじこまれた。

「どこか特別に痛むところはあるか?」と尋ねられたが、どこもかしこもとても痛むので特別に痛む場所はない。だけど僕の口には体温計が入れられていて、いずれにせよ話すことができない。

僕は「うごごぎがぎ」と答えたが、「そうですか、では安静にしていてください」と医者は言い、サディスティックな看護師が体温計を口から引き抜くと、ふたりは病室から出て行った。

保安官は「明日また来る」と言い、「何か欲しいものはあるか」と尋ねた。

「レティシアには、レティシアには会えますか?  レティシアを呼んでください」僕は無性に彼女に会いたかった。

保安官は窓を顎でさした。

「鉄格子があるだろ。ここは病院とはいえ、拘置所のなかなんだ。面会はまだできない」

「保安官、でも僕は、ヒトの形をしたココロを持たぬモノを倒したのだから、罪に問われることはないですよね」僕は驚いて訴えた。

「ヒトの形をしたココロを持たぬモノと闘う際の、法整備がまだ追いついていないんだ。そんななかでお前はやりすぎたんだよ。子どもたちも含め多くの目撃者がいるなかで、お前はやりすぎたんだ」

そんなバカな。僕はみんなを救ったんじゃないのか。それがなぜ? 釈然としない思いで、僕は保安官を見つめた。

「しょうがない。もう少し回復してから見せようと思ったが…」

保安官は助手に指示してポータブルDVDプレイヤーをサイドボードの上にセットし、身動きのとれない僕の右手にリモコンを辛うじて掴ませた。

「そこにすべて記録されている。できれば、もうひと眠りさせてやりたかったが、まあ、仕方ない。じゃあ、俺たちは行くから。明日、事情聴取にくるよ」

保安官は助手を連れて病室から出て行った。

僕はポータブルプレイヤーの画面を見つめた。このなかに、すべてが記録されている…。リモコンで再生ボタンを押すと、シュルシュルとディスクが回転する音がして画面が立ちあがった。


映像は客席から撮られていた。

舞台上では五色の奴らが、怪人役のスタントマンを殺害寸前にまで痛めつけている。

赤い奴がマイクを持ち演説を始めた。そこへ、僕が舞台の前に現れた。僕は五色と何かを言い合っている。そして舞台にあがると決闘が始まった。

僕は奴らに数発しか入れられずに倒されて、羽交い絞めにされた。僕のヌンチャクで身体中を打たれ、最後にこめかみを強打されると、あっけなく舞台に沈んだ。

その間の観客の声が異常だった。僕を5人がかりで痛めつける奴らに対し、気色の悪い興奮した怒声がいくつもあがった。カメラがその声の主を探して会場に向けられると、ひとりの男を捉えた。

5歳くらいの男の子を連れた男が全身から怒砲を発し続け、自らの腕や胸を掻きむしり、激しく体を揺らして荒い呼吸をしていた。

(これは、変態するな)

僕は映像を見ながら思った。

そして、僕の観測どおり男は変態した。爪が鎌のように伸び、自らの体を服ごと切り裂くと、次にまわりの人たちを襲いはじめた。

凄まじい悲鳴があたりを包み、人々が逃げようとパニックが起こった。

と、カメラが向きを変えると、今度は頭にツノを生やした奴が目から血を流しながら吼えている。同様に観客席のあちこちで、ヒトの形をしたモノへと変態する様子をカメラは捉えた。そして緑色の太い腕が画面を覆ったかと思うと、カメラは床に倒れて人々の足元を映し続けた。

(そうだった。僕は闇に共鳴した奴らを舞台上から見ていたんだ)

僕はその時の恐怖が脳裏に甦り、リモコンのスイッチを切った。


僕は染みひとつない真っ白な天井を見つめた。

心臓が早鐘を打った。僕はヒーローなんかじゃなかった。死の恐怖に怯えるどこにでもいるただの男だった。

レティシアは僕を選ばれたヒーローだと言ったが、それは間違いだった。僕はあの時、怖くて怖くて身を屈めて、レティシアに助けを求めていたのだ。

でも? どうして僕は助かったのだろう? 保安官は僕が闘いに勝ったと言った。そして、やりすぎたと言った。

僕はポータブルプレイヤーの暗い画面を見つめ、再びリモコンのスイッチを入れた。


映像は、倒れた最初のカメラから、別のアングルのカメラに切り替わった。舞台袖から撮られたであろう映像は、五色に嬲られ続ける僕の姿を真横から捉えている。

画面の左端に映る観客席では、変態した奴らが暴れている。奴らの怒砲と人々の悲鳴の大きさが惨劇の様子をリアルに伝える。

そして、赤い奴がカメラとは反対側の舞台袖に下がり、しばらくして携帯用の電気ノコギリを手にして戻ってきた。四色が僕の体を押さえつけながら、右腕を横に伸ばした。

僕は映像を見ながらゾクッと背筋が寒くなった。

赤は電ノコのスイッチを入れると、僕の右腕に向けて降りおろした。

僕は思わず目を閉じた。凄まじい悲鳴が聞こえてくる。間違いなく僕の声だ。僕は恐怖に全身が硬直する一方で、自分はこんな声色の悲鳴をあげるのかと、他人ごとみたいに感じた。

目を開けると、赤が僕の右腕を高く掲げて、興奮して叫んでいた。

すると突然、僕の悲鳴が怒砲に変わった。同時に体を押さえつけている四色が飛び散って倒れた。

僕は右腕の切り口を押さながら、天に向かって凄まじい声で吼えている。

カメラがズームで僕の顔を映す。目がつり上がり、髪が逆立ち、首の筋が何本も浮きだち、全身から湯気がたつように熱を帯び、輪郭がぼやけている。

再びカメラが引き画になると、僕の体はひとまわりもふたまわりも大きくなったように見える。身体中の筋肉が限界まで膨れ上がっているようだ。

僕は赤の首を左手で掴まえると、そのまま一気に握り潰した。(なんて握力だ!)。赤は不自然なかたちに頭をダラリと胸元に垂らした。

そして切り取られた右腕を切り口に合わせると、叫びながらかがみこんだ。合わされた切り口が赤い光を発し、互いの細胞が混ざりあうように盛り上がってゆく。

それを見ていた青が僕と目が合う。(えっ!)次の瞬間、僕は数メートル離れた青の目の前に移動していた。そして、青の頭を左手で掴むと、グシャリ、頭蓋を握り潰した。

僕は画面に釘付けになった。まるでテレポーテーションのようだ。ほんのわずかな残像しか残さずに瞬時に移動している。そして、あの握力、身の毛もよだつような残虐性…。

画面のなかで、さらに僕は荒れ狂った。電ノコで五色を次々とバラバラに刻んでは床に叩きつけた。そしてヌンチャクを拾うと、今度は観客席に目を向けた。

(なに?)僕が舞台から飛んだ! ジャンプという距離ではない。文字通り"飛んだ"のだ。カメラが僕を見失い観客席をさまよう。

(いた!) 僕は鎌のような爪の奴に脳天からヌンチャクを降り下ろし、頭蓋を真っ二つに割って十指の爪をすべて剥がした。次にツノの生えている奴のところへ瞬時に移ると、ツノを掴み、力任せに引き抜こうとした。すると頭蓋が背骨ごと身体から引き抜かれた。僕は見ていて胸がむかむかとしてきた。

それに気づいたハルクみたいな緑の巨漢が僕の左腕を捕まえて、大口を開けて頭から喰らいつこうとした。僕は癒着して間もない右腕で奴の心臓に力強くパンチを繰り出す。よろけて左腕を離した奴に、今度は両手で連打するが、その腕がまるで見えない。何発繰り出したのだろう。奴はすでに白眼をむいていておそらく絶命している。

残る奴らがワラワラと僕のまわりに集まってくる。

3体との格闘の中で、僕はいきなり吼えたかと思うと1体の肩に思いきり噛みつき、そして肩の筋肉をまるごと噛み切った。

(喰ってる!) 画面のなかの僕が、噛み切った奴の肉を咀嚼しながら他の奴らと闘っている。これじゃあ、まるでエヴァ初号機の暴走だ。

僕は吐き気を催し、思わず停止スイッチを押した。


これは、本当にあったことなんだろうか。作られた映像なんじゃないか。僕は信じられなかった。だいだい、記憶がまったくないのだ。

この映像のなかの僕は人ではなかった。ヒトの形をしたココロを持たぬモノそのものだった。いったい奴らと僕とで何が違うといえるだろうか。

恐ろしくて気が狂いそうだった。僕のなかに奴が目覚めてしまったのか。僕の心の闇から"あいつ"は出現したのか。もう、僕は人ではないのか…。

病院のベッドで身動きが取れないまま僕は、絶叫した。


(続く)

「決闘!ヒーローショー ~覚醒~」


※本作はシリーズ作品です。過去のシリーズはこちら。

「真昼の決闘」

「3分間の決闘」


tamito

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