決闘!ヒーローショー ~覚醒~
【小説】
※本作は3回にわけて掲載する3回目(完結)です。1回目を読む
※本作には物語の必要上、過激な暴力表現が含まれています。
一睡もせずに朝を迎えた。
結局、映像の続きを見ることはできなかった。
昨日から頭のなかを支配するのは、僕は心の闇に堕ちてしまったのか、という問いのみだ。映像のなかの"あいつ"は、明らかにヒトの形をしたココロを持たぬモノだった。アレは決してヒーローなんかじゃない。いったい僕のなかのどんな闇が変態したというのだろう。ただ…。
ただ、僕はいま、こうして人として存在している。自分でそう思うだけでなく、保安官も助手も、医者もサディスティックな看護師も、僕を人間として扱っている。
一晩かけて行き着いた仮説がふたつある。
ひとつは、一度闇に堕ちた(または堕ちかけた)が辛うじて人に戻れたという説。これは『スターウォーズ』のルーク・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に堕ちなかったのと同じ現象だ。
もうひとつは、闇には堕ちたが例外的に人の因子が残り、ヒトの形をしたモノと人間との合の子になったという説だ。これはもはや『デビルマン』以外の何者でもない。望んでなったわけでないが、「永井先生ごめんなさい」の世界だ。
このふたつの説以外は自分では考えられない。そして、できることなら僕は、前者でありたかった……でも。
現実は滑稽なほどに悲しく、また、科学はどこまで行っても非科学と相いれることはなく、そして社会は例外なく個人を枠にはめた。
その日の午後、昨日の4人がやってきた。医者と看護師が昨日とまったく同じ動作で僕を診察したあと、保安官が言った。
「良い話と悪い話がある。どっちから聞きたいか?」
僕はしばらく考えてから「良い話」を選んだ。悪い話は先でも後でもどうせショックを受けるのだから、まず、いい話を聞いて少しでも心を落ち着かせたいと思ったからだ。
保安官の話す良い話とは、僕が送検される可能性がほぼなくなったということだった。
僕が倒した計13体の奴らは、司法解剖の結果、間違いなくヒトの形をしたココロを持たぬモノだった。そして、闘いに巻き込まれた一般人を調べたところ、彼らの死傷に対する僕の関与は認められず、すべて奴らの犯行と証明された。これにより、僕の罪は立件できるものではなくなったということだ。
そして悪い話。僕の細胞を分析した結果、人の遺伝子に食い込むように未知の因子が存在していたこと。でもそれはヒトの形をしたココロを持たぬモノと似てはいるが明らかに異なるものであり、あの闘いのなかでそれでも僕が一般人を傷つけなかったこと、そして、いま現在、攻撃衝動が治まっていること、これらを考え合わせると人類にとって危険な因子とは言いがたいが、あの残虐性を考慮すると野放しにするわけにはいかない、ということだった。
「癌に悪性と良性があるだろ。科捜研の話では、ヒトの形をしたココロを持たぬモノが悪性で、お前が良性という暫定的な判断なんだ。ただ、良性の癌細胞が悪性になる可能性があるように、お前がいつ悪性に化けるか、それが上の連中は不安なんだ。だから、しばらくの間、お前を我々の監視下において、様子をみようというわけさ」
保安官は、話終えると大きく息をついた。
「では、僕はまだ家には帰れないのですか?」
「そういうことだ。一般の病院にも移せないから、少なくとも傷が癒えるまではここにいてもらう」
じゃあ、いつになったら傷が癒えるのかを聞きたかったが、なんだかもう疲れてしまい、僕は喋る気力をなくした。
結局、その日は保安官から形式的な事情聴取を受け、僕は疲れてまだ陽のあるうちから眠りについた。そして、繰り返し繰り返し同じ夢を見た。
五色の奴らに手足を押さえつけられ、電ノコで身体をバラバラにされる夢だ。右腕、左腕、右足、左足と順々に切断され、最後に首を切られたところで目が覚める。僕はそのたびに全身に汗をびっしょりとかき、ナースコールボタンを押した。
次の日も、その次の日も、またその次の日も同じ夢を見た。この悪夢はどうしたら頭のなかから出て行ってくれるのだろう。医者は精神安定剤を点滴に混ぜてくれたが、僕のなかの何かがそれを拒絶し、激しい非適応症状が出た。
僕は覚悟した。これは、夢の中でも奴らと闘い、そして勝たなければ克服できないのだと。
その日からも、バラバラにされ何度も絶命しては目覚め、眠るたびに闘いを繰り返し続けた。そんな地獄のような死闘が続くなかで、ある変化に気づいた。闘いを繰り返すたびに映像が鮮明になり、奴らの動きがよく見えるようになってきたのだ。あるときは押さえられている左腕が抜け、あるときは右足で緑を蹴り倒すことができた。
少しずつ、状況が変化している?
2週間ほど経ったある日、僕はいつも通り絶命して目覚めると、激しい攻撃衝動にかられていた。
この何かが身体にみなぎる感じは、これまでの奴らとの決闘で覚えがある。機は、熟した…。
よし! 決闘だ。
僕は、僕の頭のなかにいる奴らに決闘を宣言した。そして、十分なイメージトレーニングを済ませると、再び夢の中へと入っていった。
夢の中で意識が戻ると、僕はヒーローショーの舞台に立っていた。
? 立っていた?
いつもとは様子が違う。奴らと奴らに押さえつけられている僕を、僕は傍から客観的に見ているのだ。
戸惑った。夢の中の主観の僕には果たして夢の中の実体があるのか、それとも夢の中では幽霊のように意識だけの存在なのか。判断がつかずにいると、そんなことはお構いなしに、奴らはいつもの儀式を始めようとしている。
赤が電ノコを持って現れ、モーターのスイッチを入れる。
四色が僕を押さえる手に力を入れる。
(させるか!)
僕は四色が改めて力を入れる前に、組み敷かれている僕に命じる。
(右足を抜いて身体を捻るんだ!)
僕が身を捻じると四色が慌てた。
(今度は逆に捻って、赤を蹴り倒せ!)
(よし、そのまま勢いをつけて、一気に起きあがれ!)
僕が懸命に手足を動かして、四色の枷から逃れた。
(さあ、倍返しだ! 逆転だ!)
僕が四色を相手に攻撃を開始した。
比較的ひ弱なインテリの緑を、渾身の右ストレートで10メートルほど殴り飛ばし、
返す刀で、いかつい青にまわし蹴りを入れ頬骨を砕き、
巨漢の黄色を担ぎ上げては大車輪の末、舞台下へと放り投げた。
(残るは赤とピンク!)
赤は電ノコをブルブルいわせながら不敵に笑う(たぶん、マスクのなかで)。
ピンクはしなを作ってやたらとセクシーポーズを繰り返す。お色気作戦で僕の攻撃衝動を抑制させるつもりか? 冗談じゃない。僕にはレティシアという素敵な彼女がいるんだ! そこで闘っている僕、決して色仕掛けなんかに負けるんじゃないぞ!
僕が足元に落ちていたヌンチャクを拾った。
(いいぞ、そうだ。僕のペースで闘うんだ!)
赤が電ノコを振り回しながら近づいてくる。
降りおろされた電ノコをヌンチャクのチェーンで受け止める。火花がバチバチと弾ける。
僕が赤の下腹にトーキックを入れると、赤がよろけた。そのとき、ヌンチャクが3周の遠心力をつけて赤の顎を叩いた。
転がりのたうつ赤に向かい、僕がヌンチャクを捨て、電ノコを手にした。
(やっちまえ!!)
僕は、興奮して僕に向かって叫んだ。
そこへ、(ちがう!)と誰かが叫んだ。
声は舞台の下から聞こえた。声のする方を見ると、そこにレティシアが立っていた。レティシアは悲しむような慈しむような目をして僕を見ている。
視線を通じてレティシアの祈りを感じた。
(そうだね、レティシア)
僕は決闘中の僕に向かい、(やめろ!)と命じた。
電ノコは赤の首に当たる寸前で動きを止めた。決闘中の僕が恨めしそうにこちらを振り返って見る。
これでいいんだ。僕はヒトの形をしたココロを持たぬモノではないんだ。僕は決して闇には堕ちない。僕は人であり続けるんだ。
(ありがとう、レティシア)
舞台下を見ると、そこにレティシアの姿はなかった。
(帰ろう、現実の世界へ)
僕は目覚める準備に入った。徐々に眠りが浅くなり目が覚める直前に、ぼんやりとした影を見た。
そして、目を覚ましてすぐに気づいた。
「しまった。ピンクを倒してなかった」
まあいいか。僕がレティシア以外の女性に悩殺されることは100パーセントないのだから。
その日から僕は、あの悪夢を見ることはなくなった。
僕は結局、ひと月間その病院で過ごし、傷を癒し、同時にさまざまな検査を受けた。例の未知の因子は時間経過とともにその量を減らしたが、依然として僕の体内に宿っている。科捜研ではそれを"h因子"と名づけ、研究を続けている。
そして僕は、いつ悪性に化けるかわからない要注意人物として、自由な身となる引き替えに、体内にGPSを埋め込まれた。ひどい人権侵害だが、僕はその条件を受け入れた。
それともうひとつ、僕は政府のある機関に所属することになった。といっても普段は何の役務もない。ただ、"有事"の際に政府の切り札になるという契約だ。いち"有事"につき、高額のギャラをもらえる。レティシアがいうところの職業ヒーローといったところだ。
会社は長く休んでしまったが、貯まっていた有給で処理してもらい幸いにもクビにならずに済んだ。ただ、ここでも条件があった。今回の決闘の経緯を詳細にまとめて出版することだ。僕はこれをレティシアに書いてもらおうと思っている。
そう、レティシアだ。
すべてが終わり家に帰ると、レティシアがテーブルの上に分厚いふたつのプリントの束を置いて僕を待っていた。
表紙をめくりあらすじを読むと、ひとつは、ヒーローとヒーローを支える彼女の話で、もうひとつは、地球上の異常気象のために渡り鳥が宿営地を見つけられずに、大空を飛び続けるという話だ。
前者はだいたいの内容が想像できる。たぶん、ヒーローの彼女がとんでもなく魅力的に描かれた話なのだ。題名は『闇とヒーローと私』。
僕は『闇夜を飛ぶ』という題名の後者に心を掻き立てられた。
僕の頭のなかに、闇夜を飛び続ける一羽の鳥がいた。羽は限界を超えた羽ばたきでボロボロになり、それでも休むことなく飛び続けている。
「人は結局のところ、死ぬまで飛び続ける渡り鳥のようなものなのよ」とレティシアは言った。
僕はレティシアの顔を初めて見るような気がした。そして、いつまでも見つめ続けた。彼女はそれが当然のことのように僕に見つめられ続けた。
あの夢の中で、僕が人として留まることができたのは彼女のお陰だった。彼女は僕のすべてを理解してくれ、そして支えてくれる。
どんな暗い夜だって、レティシアがいれば、僕は飛び続けることができるのだ。
僕はレティシアの頬に左手で触れ、右手で髪を撫で、抱きよせ、そしてキスをした。
(完)
※本作はシリーズ作品です。
過去のシリーズはこちら。
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