僕はいつものカフェの窓にいる

【シークエンス】


今年は秋が早くやってきたから

引きも切らずに相談者が詰めよせる

夏はわりと浅い案件がぽつぽつと

だから気軽に請け負えるのだけど

湿った空気がひんやりと沁みるこの季節は

心の奥底に長年溜め込んだものを

きれいに剥ぎ取って見せなくてはならず

それは自分自身への負担も大きい

相談者はみな一様に嘘をついているから

一件あたりの時間もかかる

この仕事にいちばん必要なのは辛抱強さだ

僕はまるで小さな部屋で懺悔を聞き続ける

神父のように話を引き出してゆき

そしてその人の本当にたどり着く

探りあてたときは相談者も僕も

雲ひとつない青空のような心持ちに

だけどどうにもならない失望や虚無

そうしたものに行き着くこともある

それはとても危険なことだから

さらに時を遡り心の深部へと降りてゆき

まっさらな気持ち具体的な記憶に

僕自身が同化して戻ってこなければならない

そんなとき僕はこう思う

人は必要以上に悲しみ苦しむべきではない

あなたたちのなかにも

うららかな春の日だまりはある

まわりを見わたせばさしのべる手があると


さて今日の相談者はどんな嘘を纏い

どんな本当を抱えているのか

僕はいつものカフェの窓にいる


tamito

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