清算

【シークエンス】


ある女性に離婚した理由を取材しました

いえ個人的な興味からではありません

本人から直接依頼されたのです

わたしの本当の気持ちを探してほしいと

彼女は手紙を書く時間がほしかったからと

アイスティーの氷をかき回しました

手紙を書くことなら結婚していてもできますよね

いえできないのですとストローを持つ手を止め

彼女は僕の視線を捉えました

僕はしばらく考えてから別の角度で質問しました

夫婦関係に問題があったのでしょうか

いえ彼に不満はなくこれはわたし自身の問題なのです

では結婚生活のなかで精神的に手紙を書くゆとりがなかったと

「ゆとり」と彼女はつぶやいて窓の外を見て

それとは少し違うようですと答えました

窓の外には街路樹が並び人が往来していて

でも彼女が見ていたのは別のものなのだろうと

僕も彼女の見る方向に目を遣りました

いくら書こうとしても言葉が浮かんでこないのです

それでも書き進めて読み返してみると

それはわたしではない別の誰かの言葉なのです

彼女は口にするのもはがゆそうにそう話しました

何か手紙を書くときの心の有り様が違うのですかね

彼女は心の奥にしまわれた古い日記帳をめくるように

一頁ごとに長いまつ毛を瞬きさせ

過去を紐といているように見えました

そうですね心の有り様は確かに違うようです

彼女はバッグから封筒に入った二枚の紙を取りだし

これを読み比べてくださいと言いました

僕は時間をかけて二枚の手紙をじっくりと読んだ

彼女はその間焦点の合わない目で

僕を透かして僕の後ろを見ていた

一枚の手紙は論旨も文もきれいにまとまっていて

季節の挨拶から相手への気遣いまで非の打ちどころがない

そしてもう一枚の手紙は手紙ではなかったのです

いえ手紙以前に文章と呼べるしろものではなかった

言葉の羅列のなかに気紛れに疑問符があり

表現しようとする趣旨が多岐にわたり

読了後の気持ちはとてもうら寂しいものだったのです

どちらが離婚後に書いたものかわかりますかと聞かれ

僕は二枚目の破綻した手紙を右手に持って彼女を見ました

ありがとうございますわかっていただいて

ではわたしがなぜ結婚しているときに書けなかったか

そこを教えてもらえませんか?

僕はもう一度二枚の手紙に目を通し言いました

離婚前の手紙には直接表現はないですが

寂しさが浮きぼりになります

いっぽう離婚後の手紙には激しい孤独感を感じます

そしてそこにはなんと言うか

生きる力強さのようなものを感じます

おそらくあなたに必要だったのは

深い孤独だったのではないでしょうか

彼女はたっぷり一分ほどかけ僕を凝視したあとに

うっすらと満足そうな笑みを浮かべて

バッグから謝礼を取り出して僕に渡しました

席を立とうとする彼女に僕は聞きました

この手紙は誰に宛てたものだったのですか?

彼女は大きくひとつ息を吐いて

これは17歳のわたしに宛てた手紙ですと答えた


tamito

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