贖罪 朝

【小説】

 

 昨日がガラガラと音をたてて崩れ、今日を行く僕を明日へと追いたてる――そんな夢を見て目覚めると窓の外はまだ薄暗い。何かに追われる夢ほど寝覚めの悪いものはない。目覚まし時計のスイッチをオフにしてベッドから起きあがり窓のサッシを開ける。室内にこもった熱が外へと逃れ、代わりに夏の早朝の涼やかな空気が流れてくる。
 昨夜眠ったのが三時を過ぎていたので、まだ二時間も寝ていない。でも最近はそんなもんだ、とも思う。眠らないことに身体が慣れてきている。もうふた月以上も睡眠の分断が続いている。何時に眠ろうが二時間以内に必ず起きる。毎日。時間があればその後しばらくしてもう一度眠るが、何度寝ても二時間以内に起きる。だから昨夜のように遅く眠った日は一回の眠りだけで起きることにしている。
 カジュアルな服に着替えて外に出る頃には日が射し始めている。今日も暑くなりそうだ。マンションの近くを流れる川沿いの小路を歩く。犬を連れた人やジョギングをする人とすれ違う。この時間帯はこの時間帯なりの世界がある。怠惰ではなく、嘘をつかず、まっすぐに未来を見つめた世界だ。僕が生きる世界ではないことはよくわかっている。でも、こうして彼らに混じって早朝の道を歩くと、もしかしたら僕もそうした人になれるのかもしれない、という勘違いを脳のどこかが訴えてくる。たぶん、それは小学生の頃の夏休みの記憶に照して「おまえもそんなふうに生きられるんだよ」と誤った判断を脳が提案しているだけだ。僕はもう二度とそこへは戻らないし戻れない。だから脳が勘違いをするたびに僕は彼を戒めるために、吸いたくもない煙草に火をつける。

「僕はもう汚れきっているから無理なんだよ」
「そんなことないさ、まだやり直せる」
「やり直しなんて利かない、それにこれは僕だけの問題じゃないし」
「そのことはもう忘れちまえよ」
「忘れるわけにはいかないんだ、僕は早朝に散歩していい種類の人間じゃない」
「そうか、ならいいさ、でも、また提案させてもらうよ、きみのことが心配なんだ」
「ありがたいと思っているよ、じゃあ、また」

 日射しが強くなっている。夏は嫌いじゃないんだ。でも、夏を嫌いじゃない気持ちでさえ、僕は心に宿してはいけないんだ。

 

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tamito

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